第五話 目立ってなんぼ、討伐のおしごと
この世界には、魔獣という脅威が存在する。
生きとし生けるものを喰らうために暴虐の限りを尽くす、死と破壊の権化。
およそ百年前に異界からこの世界へと現界するようになったそれは、七人の剣聖のみが扱える刀剣〈真髄〉の力でしか首を斬り斃すことが叶わない。剣聖は世界を脅威から護るべく戦い続けている。
では剣聖に護られている人々が怯えているだけかというと、そうではない。
魔獣の進化前、いわゆる幼形とされている幼魔獣との戦いがあるからだ。
幼魔獣であれば〈真髄〉以外の武器でも討滅し、首を落とすことができる。一体でも多く幼魔獣を斃し、魔獣への進化を阻止するため、人々は武器を取り、生命を繋ぎ、文明を発展させてきた。
幼魔獣の討伐は、人にとっての重要な生業である。
当然、その討伐を果たせる剣客や冒険者は、剣聖に次いで人々の耳目を集める存在となる──
「とったあ!」
ナタリーの勇ましい声が響き渡った。
と同時に、蒼穹を高々と舞うのは、吹き飛ばされた幼魔獣の首だった。
銃剣で斬り込むと同時に撃ち込んだ弾丸の威力の合わせ技。
爆炎に包まれた首なし巨体を前にナタリーはブン、と刀身を振り下ろした。
「ふっふ……どうだ!」
「やるねえ」
戦闘の邪魔にならないところで一部始終を見ていたクシャナが、ぽつりと呟いた。
野ざらしの岩場に腰掛け、太刀にも触れず暢気な見物を決め込んでいる。
周囲は朽ちた建物を転々と残す廃村だった。何年も前に幼魔獣に襲われ潰滅した地域で、ここ最近になって幼魔獣の現界情報が寄せられていた。
対象の幼魔獣に出くわすや、ナタリーが「これならあたし一人でいけるよ!」と飛び出して鮮やかな戦闘を展開、あっという間に討伐して見せたのだった。
「師匠っ、あたしなかなか強かったでしょ」
意気揚々とナタリーが駆け寄ってくる。
──師弟として旅を始めたばかりのクシャナとナタリーは、足を運んだ近郊の町で討伐依頼を見つけては次々に請け負っている。
討伐の成果は、なかなか上々だ。
今回も二人以上の討伐が推奨されていたのだが、ナタリーは積極的に一人で挑んで倒せている。
間合いを詰めることを恐れず、直刀で斬りつけては相手を翻弄し、斬断と銃撃によってとどめを刺すまでの時間はあっという間だった。
「お見事。銃弾は中距離攻撃だけじゃなく、斬りつける攻撃の増幅にも使えるんだね」
「うん。あたしの得物って軽くて速さは出るけど、攻撃力が弱いから銃撃を斬撃に足してるって感じかな。中距離で銃撃も使うけど、斬りつけるタイミングでドカンと攻撃ブーストって感じで!」
元気溌溂な「感じ」による戦術の語りっぷりに、クシャナは笑ってしまう。
「順調だねぇ。この調子なら二等ランクの幼魔獣にも太刀打ちできそうだ」
幼魔獣討伐で人類が駆使する武器は大砲や爆弾などの火薬系、銃火器も普及しているが、大々的なダメージを与え、首を斬り仕留めるためにも近接武器が主流となっている。
ナタリーの銃剣は珍しい武器ではない。しかしいざ実戦で使いこなせるかは別問題だ。飛び道具も併用できる軽量武器だが、使いやすい一方で銃弾や斬り込みの使い時をミスすればたちまち命取りになる繊細さもある。
だが彼女の戦闘センスはその危うさを補って余る成果を上げていた。
──正直、今の戦闘でクシャナがナタリーに指導だのケチだのつける点は特になかった。
「課題とか弱点とかは?」
「んーや、特にないんじゃない? 銃剣の戦闘としてお手本になりそうだ」
「えっへへへー!」
無邪気に喜ぶが、ここまで一人で鍛えてきたのだとしたら、センスのみでは成し得なかったはず。実戦での柔軟な判断は戦いを重ねることで育まれる要素が多い。まさに努力の賜物だ。
「どう、師匠。あたし剣聖になれそう?」
もっとほめて、と仔犬だったら尻尾でも振ってそうな顔を寄せるナタリー。
クシャナはにっこりと断言した。
「百年早いぞ」
「くっそぉー! もう一件!」
「おかわりみたいに言う」
町に戻ったナタリーは、その足で討伐などの依頼書が張り出されている掲示板に向かっていた。
戦闘は手放しで褒めてくれたのに、剣聖のことになると厳しくなるクシャナの態度に悔しさを募らせている。
「もっと強い幼魔獣斃してやるー!」
さらに幼魔獣の討伐依頼をこなすべく、目を皿のようにして掲示板に顔を巡らせる。
「お、ナタリーこんなんあるぞ。迷いネコ。三毛でオスだとよ。珍しい」
「えっ、どこどこ──じゃねーのよ! 幼魔獣は? 手強いやつ! デカくて目立てばなおよし!」
「その規模になると、複数の剣客なり冒険者チームでなら請け負える依頼になるね」
「……むぅ」
掲示板の前でナタリーの動きがぴたりと止まる。
周辺地域に現界する幼魔獣の討伐依頼から難易度や報酬の高いものを見つけたものの、どの依頼も五名から十名以上、あるいは領土騎士の同行必須、といった条件付きだった。
幼魔獣討伐の難易度については、「討伐の必要動員数」と「等級ランク」で判断される。
ナタリーが片付けたばかりの討伐は五名以下でも可能ないわゆる「三等ランク」。
難易度が上がると「二等ランク」に該当する「五人~十人以上」の人員が必要となり、「一等ランク」では「小隊(数十名規模)~領土騎士総動員(百名超規模)」の動員を要する。ランクや必要動員数の詳細な判定は、地元の領土騎士や統治機関が設定している。
無謀な討伐による犠牲者を防ぐための条件は、騎士や統治機関を統括する領土連合によって大陸で共有されている。たとえ単独で高難易度の依頼に挑戦したくとも、討伐動員数がネックとなる。
「師匠は剣聖なんだしさっ、一等ランクの討伐引き受けられないかな?」
ナタリーがやたら意欲的なのは、剣客として名を上げるためだった。
一等ランクで討伐成果を上げると「腕のある剣客」として領土連合で情報が共有されて有名になる。やがては剣聖選抜に指名されることにもつながるわけだ。
剣聖になるべく余念がない彼女の野望はお見通しなので、クシャナの態度はすげないものだ。
「言うても〝元〟だからねぇ」
「〝元〟なんてないよ! 今だって師匠は強い。あたしと師匠なら一等ランクも余裕だもんっ。
やだやだ、今すぐ一等ランクの討伐したいよーっ。強くなって剣聖選抜にスカウトされるんだあ」
「こーれナタリー、掲示板の前で駄々こねないの」
これではおもちゃ欲しがるちびっ子を相手にしているようなものだ。
じたばたしているナタリーを面白がっていると。
「失礼、お話いいですか?」
二人の間に、涼やかな声が差し込まれた。




