第四話 てんやわんや、旅立ち
森で発見された重傷者が運び込まれた夜の町は騒然とした。
クシャナは町を守る領土騎士へ一連の顛末を報告する。森に現界した幼魔獣を討伐したが、現場で発見した冒険者のうち一名は犠牲になったことまで。
医者のもとへ搬送される重傷者を見届けると、騎士のひとりが溜息を吐いた。
「──ったく……元剣聖のくせに、あんたなにやってんだ」
恨みがましい視線とともにクシャナを見やる。
「この辺りは幼魔獣も魔獣も現界していなかった平穏な地域だったのに……あんた、森にいたんだろ? なんで被害が出る前に食い止められなかったんだよ?」
まるで冒険者たちの被害はクシャナの力不足が招いたといわんばかりだが、クシャナは妙に納得していた。
今日まで森で人知れず独りで討伐をしていたツケかね──
すると。
「なに寝惚けたこと言ったんだっ、このボンクラ!」
落雷のような怒声とともにクシャナと騎士の間に割り込んだのはナタリーだった。
騎士に向かって拳銃のようにずびしと人差し指を突きつけて、
「師匠が森の幼魔獣の気配にいち早く気付いたから、冒険者のひとりは助け出せたんだよ!
ぼんやり町をパトロールしてた領土騎士から感謝こそされても、的外れな文句言われる筋合いなんてないっ!」
「……な……っ?」
唐突な、見知らぬ少女からの抗議に騎士は目を白黒させる。
ナタリーはさらにずいずいと詰め寄った。
「そもそもこの辺りが『平穏な地域だった』って本気で思ってたの? そんなわけないでしょ!
師匠がずーーーっと森を見張って、幼魔獣を地道に討伐し続けてくれたからなんだよ!
守られてた立場で、よくもそんな見当違いな──」
「あー待て待て、ナタリー待て、待ーて」
今にも騎士に噛みつきそうな勢いのナタリーの首根っこを、やんわりと衣服越しにクシャナが掴む。
「もうっ、なに師匠っ? 『待て』じゃないっ、あたし犬じゃないんだから!」
「……お前さん、俺の嗅覚は『犬みたい』って褒めてたくせに」
くわっと吠えつくナタリーを半眼で見やりつつ、
「騎士のみなさんがそう言いたくなるのも判るだろ。ひどい犠牲も出たんだ。
今後は森を含めた周辺の警戒は領土騎士のみなさんにお任せするべきって話だよ」
ですよねぇ、とやんわり視線で水を向けると、領土騎士はフンと鼻を鳴らす。
「──当然だ。森に立ち入る冒険者や幼魔獣の現界有無も含め、我々領土騎士が一層の警戒に当たることになるだろう」
今晩を機に、これまで平穏だった東の辺境にも幼魔獣の脅威が明確になった。
大陸各地同様、この辺りの領土騎士たちも幼魔獣と戦う姿勢を強化しなければならないわけだ。
クシャナは内心ほっとする。
「いやぁ、それはよかった」
「やれやれ……元・剣聖はまったく役に立たないみたいだしな」
「まーだそんなこと言ってんの⁉」
騎士の吐き捨てた言葉に、再びナタリーの怒りが点火する。
「今まであんたらは師匠のおかげで幼魔獣と戦わずに済んでたんだよ! いい加減にしろっ、このっ──のほほん騎士! のんき! のんびり屋!」
「この小娘……だったら証拠でもあるのか?」
口元をひくつかせた騎士の問いに、ナタリーは拳を振り上げる。
「あるよ! 師匠がここの領地にいた何年も、幼魔獣が出なかったんだから!」
「それは状況でありただの事実だ」
フン、と騎士はナタリーを見下ろした。
「そこの元・剣聖が辺りの幼魔獣を根こそぎすべて討伐し続けていたとでも? はっ、出来るわけないだろ。そもそもだ、そんなことできるような奴が剣聖クビになるかよ」
「……なん……っ」
今度はナタリーが言葉を失う番だった。
──それにはちゃんと理由が……あるんだよね、師匠?
と言いたげな目で勢いよく振り返ってくるナタリーに、クシャナは軽く頷く。
「騎士殿の言い分はごもっともだ」
「ちょっと師匠っ⁉」
「今後のこの領地周辺の平和は、領土騎士の方々にお任せするのが一番だ。それは間違いない。
よろしくお願いします。では俺たちはこれで」
「いや、ちょ、まだ──師匠ぉお⁉」
へらっと騎士に頭を下げたのを挨拶代わりに、クシャナはナタリーを引きずるようにしてその場をあとにした。
「なんでどうして師匠ー! 今までずっと師匠がっ──あんな言い方されて──っ、あたし納得できないよーーーーー!」
遠吠えのようなナタリーの声は、夜も更けた町の上空へと消えてしまう。
町中を歩くさなかで。
ナタリーはまだむくれていた。
ぶっすーと頬を膨らませて眉間に皺を寄せていると、ただでさえ子どもっぽい顔が幼さを増す。
なだめるクシャナの口調も、無意識のうちに子どもをあやすそれになる。
「ほれ、もう機嫌直しなさいって、ナタリー」
「……どうしてあんな納め方したの、師匠。あれだと師匠が今までずっと何もしてなくて、役に立ってなかったみたいじゃんか」
「……。まぁいいんじゃない?」
「よくなーいっっ! ──て、なに笑ってんの師匠!」
都度怒りを弾かせるナタリーの反応に、クシャナは驚き、失笑してしまう。
「いやー、ナタリーが俺のことでそんなに怒るとは。ぶっちゃけ他人事よ?」
「他人事なわけないでしょ! 師匠が誤解されるなんて許せるかあっ!
なのにあんな、何も解ってない人に嫌な言い方されてさ──暴行罪がなければブン殴ってたよ!」
「そりゃ法律があってよかった」
クシャナは頬を緩める。
「お前さんが怒ってくれるのは嬉しいけど、正直これで手っ取り早く引継ぎができたんだし何も問題ないよ」
「引継ぎ?」
「そう。今回の幼魔獣討伐で、森を中心にした脅威と周辺の警戒態勢の必要性を領土騎士団に知らせることができた。やっぱり俺ひとりじゃ討伐にも限界があったんだよ。
ひとりでどうにかするやり方じゃ、いつかガタがくる。独り善がりに先はないって話だね」
「……それはっ……むーう」
渋い現実だがそれが事実だ。ナタリーも上手い反論が浮かばず呻いてしまう。
なんにせよ。
今晩の一件でデクストラの領土騎士団が幼魔獣を警戒し、周辺地域への防衛意識が確立した。
今までクシャナがひとりでやってきた幼魔獣討伐を、今後は彼等が担うことになるわけだ。
つまりは辺境の守り人役の引継ぎが完了したということになる。
「俺もさすがに森に入った冒険者たちのことまでは面倒見切れなかったな。犠牲者が出たのは、悔やむべきところだが」
「そんなの、師匠のせいじゃないよ」
すかさずナタリーは言い切った。
「さっきの人だって、師匠のおかげで助かったんだよ。師匠はできること全部やってる。悔やむことなんて何にもないんだからっ……きっと、あのときも──」
「そりゃ嬉しいね。ありがとう」
クシャナはお礼を返す。彼女の真っ直ぐな言葉にこちらも素直な気持ちを引き出された心地だ。
ナタリーは、何か続きを話しかけたところで言い淀んでいた。
『あのとき』──彼女が言いかけたのは、クシャナに訊ねたかったことだろう。
十年前。彼が剣聖を退くことになった、その理由。
しかしクシャナは先んじて話を区切ってしまった。理由を答えないために。
ナタリーはその意を察して、続きを口にせずじまいになる。
ちょっと気まずくなりかけた空気を換えるべく、クシャナはひょいと領地と外界とを隔てている境壁外へ指を差し示した。
「ナタリー、今晩のうちにちょっと野暮用片付けてもいい?」
「野暮用?」
「そう。俺、森の手前に屋台置きっぱなしだから、撤収しないと」
「……あ!」
──すぐさま納得したナタリーとともに、クシャナは森の片隅に置き去りにしていた屋台を引いて再び町へと戻ってきた。
すると、屋台を目にした通りすがりがわらわらと集まってきた。
夜に町を歩き回る、いい年をした赤ら顔の酒呑みたちだ。
酔っ払い集団に気圧され、ナタリーがクシャナの背後に隠れていると、
「おいマスター、今日も売れ残ってんのかぁ? 一口くれよ」
「なんだよ~、寸胴鍋パンパンじゃねぇか。全然儲かってねぇなぁ~」
わはは、と軽口と笑い混じりに絡みだす男たち。クシャナは慣れたもので、
「おっさんらは嬉しいだろ、今日は特別、大盤振る舞いだ。ごちそうするよ」
「えっ、てことはタダかあ?」
酔っ払いの大きな声に、周辺の者までわらわらと寄って来る。
にわかに大人がごった返す状況にびっくりしたナタリーが「わわわ」と身を竦めた。クシャナはさりげなく屋台の端、客にも巻き込まれない安全圏に彼女を置いてやると、つぎつぎと手を伸ばす酔っ払いたちにおでんをふるまっていく。
急に始まった炊き出しサービスに、人々がゆるやかに沸き立つ。
「うまいうまい」とおでんを頬張る酔いどれ連中を、クシャナは満足そうに眺めた。
「うめぇけどよぉ──急にどうしたんだよ、マスター?」
スープをすすった歯抜けの男が、ごきげんな声で問う。
「実は今日で閉店なんだ」
「えっ、閉店? もう屋台はナシってこと?」
「心機一転、旅にでることにしてさ。長いこと、残りものを平らげてくれてありがとうなー」
それを聞きつけた者たちが、「なんだよー」と落胆していく。
「どこに行くの?」「なんでー?」というあちこちからの問いにクシャナは適当に答え、相手もぼんやりと納得しつつおでんをしみじみと味わっている。
──ナタリーは、ほっとしたものを覚えていた。
騎士からは元・剣聖呼ばわりされ、ぞんざいに扱われていたクシャナだがこの土地で彼なりに親しまれているのだと感じ取れたのだ。
「なんだー、寂しくなるなー」
「今までありがとうなー」
クシャナにかけられる言葉から、ふと彼等のうち誰かは、実は彼が密かにこの土地を守っていたことを知っているんじゃないのか、とすら感じる。
──なんて。師匠をひいき目に見たいあたしの都合いい解釈かも、などと思い直していると。
「ナタリーも食べるか?」
すい、とクシャナからおでんのお皿を差し出された。
道楽で屋台を営んでいた男にしか見えない、素朴な笑み。
それは不思議と、彼女にとっての英雄となんら齟齬のない笑みだった。
「うん! いただきます」
なんだか嬉しい気持ちいっぱいで、ナタリーはお皿を両手で受け取る。
ほくほくとした湯気は出汁の香りに満ちていた。
この夜でじっくりと味がしみたおでんを、ナタリーは美味しく味わう。




