第三話② 晴れて弟子入り、師匠デビュー
瀕死の負傷者を背負い、クシャナは森をあとにした。
町へと向かう夜の道を、ナタリーが先導している。
「──ふっふ、驚いたでしょ師匠。まさかあたしが帰ったフリして森まで追っかけてきたって」
「そーだなぁ。尾行に気付かなかった自分の迂闊さには反省してる」
「森が真っ暗だったから、すぐ見失ったんだけどね!」
「それで俺が気付けなかっただけかい」
が、結果オーライとばかりにナタリーの口調は溌溂としている。
「師匠は見失ったけど、森の中で瘴気の気配には気付けたから。それを辿って師匠を発見できたよ。師匠はいつも森の外から幼魔獣の気配、察知してるの? 今日も屋台の地点から森の奥の幼魔獣に気付いてたんだよね」
「匂いがしたっていうのかね、そこは長年の慣れみたいなもんで」
「すごい! 鼻が利きすぎる。師匠、犬みたい!」
「褒めてんだよね、それ」
一応問うが、邪気のないナタリーの笑顔からして賞賛の類みたいだ。
クシャナはふっと気の抜けた息を吐くと、気を取り直して彼女に訊ねる。
「──どうしてあんなところまで追いかけてきたんだ?」
そもそも弟子入りは諦めたはず。
だが、乱入してきたナタリーはかなり前から森に入るクシャナを追うつもりだったように見えた。
するとナタリーは当然のように、
「そりゃあ師匠があんなところでしけた隠居生活しているだけとは思わなかったからだよ。はっきり答えてくれなかったから、こっそり追いかけたの。
師匠が辺境で隠居してるって噂耳にした時点で、『絶対何か理由があるな』って思ってたんだっ」
「……それは買いかぶりすぎじゃない?」
「でも実際行ってみたらそうだったし!」
さくさくと軽やかな足運びとともにナタリーは続ける。
「ラクして隠居、なんて師匠は言ってたけど屋台の梁に刀隠してたでしょ。剣客としては今も現役なんだって判って嬉しかったな」
「おっと。よく見てたなぁ」
無邪気ながら、なかなか目聡い。にひ、とナタリーは歯を見せて笑う。
「あたしの予想した通りだったね。あの屋台は、森に棲息する幼魔獣から人々をこっそり守るため、むしろ人の目から自分を欺く擬態じゃないかなって」
「そんなかっこいいもんじゃないよ」
──単に目立ちたくなかっただけだ。元・剣聖が道楽で営んでいる屋台なんてそもそも人は感心を寄せない。実はそこに別の目的があろうとも。
人知れず幼魔獣を討伐するのに、都合がよかったのだ。
「あはは、たしかに擬態にしては屋台のお料理美味しすぎたし」
でも、とナタリーは続ける。
「師匠なら剣聖を剥奪されようと、誰かを守るために今も戦ってる気がしたから」
──それが、彼女の行動の根拠だったのか。
十年前にクシャナに助けられた──ただそれだけの縁にも拘らず、ナタリーはあのときのままに今もクシャナを信じていたのだ。
『三日剣聖』という汚名で世間に認識されている、元・剣聖だなんて一切関係なく。
彼女にとっての、英雄として。
「そもそもさ、この大陸で幼魔獣や魔獣に脅かされていない場所なんてありえないよ。『東の辺境は幼魔獣が全然出ない』が当たり前になってること自体おかしいんだから」
「……なるほど」
隠居生活で気楽だなんて三文芝居、ナタリーには通用していなかったわけか。
「ねっ、ところでさ、どう師匠、あたし弟子としてけっこう見どころあるとか思ってくれた?」
「そうだなぁ。ひとりでもあの大きさの幼魔獣相手に立ち向かえる度胸も、のびしろたっぷりの戦闘も──言うことなしだ。お前さんは立派な剣客だよ。
だから俺が教えられるようなことは何もない」
「……ちょっとお⁉」
認められたと思いきや、突き放すような回答にナタリーは声を荒らげた。
「あるって! 色々教えてよ師匠! のびしろあるんでしょ、あたし!」
「お前さんなら判ってくれるだろ、ナタリー。俺はこの先もひっそりこの辺りの守り人をやらせてもらうつもりなんだよ。この世界はどこに行っても幼魔獣と魔獣の脅威にさらされてる。だからせめて身近な範囲の平和だけでも──」
「なに温いこと言ってんの師匠!」
大人の態度でいなそうとしたクシャナを、ナタリーの一喝が遮った。
「そんなの、今のことしか考えてないだけだよ!」
自分に向けていた笑顔が一転、力のこもった眼がクシャナを見据える。
「たしかに今までみたいにこの辺の平和は守られるだろうけど、師匠はずっとここにいるの? 他の場所は? この先は? 世界中には魔獣がいて、たくさん人が犠牲になってる。だから剣聖くらい強くて戦える人が、なるべく多く、この先の未来のためにも必要なはずだよ」
「……」
背負った怪我人の様子を気にしつつも、クシャナは立ち止まってしまった。
ナタリーは向かい合うように前に立つと、
「あたしは師匠くらい強くなりたいんだ」
はっきりと、強い声で言う。
「強くなって、師匠が今日までやってきたみたいに戦って、人を守りたい。
あと、強さを極めるためにも剣聖になりたいし、〈真髄〉を手に入れて魔獣も斃したいし、なにより師匠の弟子として剣聖になった暁には『三日剣聖』なんて師匠のダサい通り名を訂正したい!」
「多いなぁ、野望が」
「そうっ。あたしには実現したいことがたくさんあるの」
ナタリーは力強く言い切ると居住まいを正した。
「──お願いします、師匠。
もしもあたしに可能性を見出してくれたなら、師匠の弟子にして! 強い剣客に鍛えてほしい!」
最初と同じその言葉は、最初と変わらず真剣さに溢れている。
──可能性か。
それなら、彼女には、ある。満ち溢れるほどに。
「…………わかった」
クシャナはその言葉を口にしていた。
「……!」
一拍間を置いて、言葉の意味をじわじわと理解したナタリーが、ぱあっと顔を輝かせた。
怪我人を背負い直し、クシャナは再び町へ向かって歩き始める。
「しかし大丈夫かね……俺が人にものを教えるなんて」
自分には弟子を取った経験自体がない。
だがナタリーは、確実に今以上に強くなるだろう。その成長を助けるくらいなら力にはなれる。
「師匠!」
ナタリーが仔犬のように周囲を弾んだ足取りで歩きまわる。怪我人を気遣いつつも、抑えきれない喜びで目は輝いていた。
「うれしい! ありがとう! 師匠ってたくさん言いまくってみるもんだね! 弟子になれたー!」
「……洗脳を施されてたのかい、俺は」
まるで師匠呼びに乗せられて弟子を取ったみたいだぞ。
半眼で内心つぶやくと、クシャナはひとつ大事なことを思い出す。
「──そうだ。一つだけ条件がある」
「なに、師匠? なんでも聞く!」
大真面目なんだか楽観的なんだか──機敏に反応するナタリーに、クシャナは断言した。
「俺はナタリーの剣の腕を鍛えるが、剣聖として育てるつもりはない。
剣聖なんてなるべきものじゃないからな」
──剣聖になるのはやめとけ──
それは当初から明言していたことだ。
ナタリーのたくさんある野望のひとつとはいえ、これだけはクシャナも譲る気はない。
「わかった」
ナタリーはただ頷いた。
理由を訊ねるときが来るとしても、今ではないと感じ取ったのだろう。
代わりに驚異的な速度で気持ちを切り替えていた。
「じゃあ師匠には強く鍛えてもらうとして。剣聖になるのは、あたしが自力でなんとかする!」
「……話聞いてた?」
果たしてナタリーは本気で剣聖になるつもりなのか。
そして自分は、師匠として彼女を強くしていくことができるのか。
漠然とした不安を内在したまま──しかしクシャナは弟子を取ることになった。
今とは違う未来と可能性を、思いがけず手にしたことは確かだった。
次回からは毎日1話ペースで更新予定です!




