第二十七話 我が弟子を、新しい英雄にする事情がある
先を走っていたナタリーが、ふうふうと息を切らせ振り返って来る。
「師匠! へばってる暇ないよっ。はやくはやく!」
「いやー……一日で二つも山越えたんだし、もう休憩しても大丈夫じゃないかね?」
「なに言ってんのっ。ベアトリクスが急いで早く遠ざかれって言ってたでしょーが」
「そうだった。いやー、忙しない……」
と言いつつ、小高い丘を登り切ったところでクシャナは一度来た道を振り返った。
山の尾根が重なったさらに先にあるエーベンの都市は、もうここから臨むことはできない。
──魔獣討伐の翌日、正確にはアーノルドとの決着を黎明に果たしたその日のうちに、クシャナたちは急かされる形でエーベンをあとにしていた。魔獣討伐部隊の負傷者の救出には参加出来ずじまいの、逃走じみた形で。
しかしアーノルドが「戦死」した以上、クシャナがしれっとあの都市に居残ることはできないという判断だ。
『大至急、この都市から離れてください』
二人にそう言って出立の手はずをひっそりと整えてくれたのは、決着の結果を知ったベアトリクスだった。牢の前でクシャナに見せていた動揺は失せていた。
『〈七聖〉の使いの者が今回の事を知ればきっと介入するはず。危険であることは確かです』
先生であるアーノルドの最期──その顛末に関わったのはベアトリクスも同じだ。覚悟はしていたのだろう。ナタリーが彼女のことを心配すると、ベアトリクスは冷静に頷いてみせた。
『ご心配無用です。わたくしもこの地を去ります。もうわたくしは先生の生徒ではなくなっただけ。どこかで剣客として一から出直す所存です』
クシャナは彼女の厚意に甘えることにした。ここに留まっていれば〈七聖〉が自分に目をつける。悠長にしている場合でないことは確かだ。
と同時に、〈七聖〉がクシャナを「剣聖殺し」として即刻お尋ね者にすることはないと見ている。なぜクシャナがアーノルドを殺すに至ったのか、その理由が明らかにされると分が悪くなるのは〈七聖〉の方だから。
同じ理由でベアトリクスを処分する、という野蛮な真似もしないはず。
剣聖の戦死直後の関係者の不審死なんて、無用な小火を生むだけだ。
すべては推測だが、人の命などなんとも思っていない〈七聖〉なら、『三日剣聖』や剣聖の徒弟などという些末な存在にさほど関心を動かさない、という確信が根強い。──あの組織の中枢であるノウマンに触れたことのあるクシャナとしては、そうピントの外れた話ではないと思っている。
確かなことは。
元・剣聖のクシャナは〈七聖〉とこれから緊張関係になろうとしている、という現状だ。
お尋ね者にして命を狙うとしても、相応の根回しを施すだろうから焦る必要はない。今は、まだ。
「やることは変わらないか」
クシャナは視線を進む方向へ戻すと、歩き出した。
少しペースを落としたナタリーがその横に並ぶ。
「次の討伐もがんがんやってこうって話? そうだ師匠っ、まずは銃弾の補充しないとっ」
「そうだねぇ……あ、でも今回の討伐の報酬受け取ってないから、当分は貧乏だぞ」
「……! そうだった! 剣聖とか魔獣とか、いろんなことに気を取られすぎたぁ!」
ナタリーがわーっと頭を抱えて大騒ぎする。
「じゃあ銀弾もあんまり買い足せないっ? どうしよう、使い切っちゃったのに。魔獣も撃ち貫くすんごい武器、早く手に入れないとだよっ」
「まぁ、慌てずにね」
のんびりした口調とは裏腹に、クシャナは思考していた。
──銀弾のことは、もっと知る必要がある。
幼魔獣だけでなく魔獣にすら通用する武器。銀の性質か、あの弾にのみ含まれる火薬以外の成分でもあるのか。〈七聖〉が〈真髄〉に代わり得るこの切り札だと知っていて、あえて世間で「お守り」扱いに終始させていたのだとしたら──
今後、銀弾を知った自分との争奪戦は避けられないだろう。
緊張状態なんてものじゃない。
銀弾を巡って、いずれ〈七聖〉とは本気でぶつかることになる。
「とにかく、次の領地に着いたらやることは一つだよね、師匠!」
ナタリーの明るい声がクシャナの意識を目の前に戻す。
「二等か一等ランクの討伐で、じゃんじゃん幼魔獣を斃してこうよっ!
それが剣客の生きる道──だよね!」
強くなる、成長する、その先には彼女が目指すべき剣客としての姿がある──
そう信じて疑わない真っ直ぐな瞳だった。
ナタリーの眼差しの光に導かれるようにクシャナは頷き、歩きだす。
「そうだな」
自分は、この弟子を過去にない、比類もない、既存の規格をはるかに越える最高の英雄にしていく。
それは彼女がずっと掲げてきた野望であり。
今はクシャナ自身の大切な目的になっている。
不肖な師匠として、弟子と世界を変える新たな可能性を掴むべく、今は進んでいく。
踏みしめる足取りに決意をこめると、ナタリーがひょいと覗き込んできた。
「ところで師匠、あたしに可能性があるって言ってくれてたけど、それってつまり師匠を超える見込みがあるってことだよねっ。あたし、どんくらいで師匠越えできそうっ?」
ついでに褒められようとうきうき顔で訊ねるナタリーに、クシャナはにっこり顔を返した。
「二百年は早いぞ」
「それ良いのか悪いのかどっちなん⁉」
休みなく歩き続けているというのに、弟子は元気よく文句を炸裂させてくる。
ありがとうございました!
ここまででいわゆる【第一章】となります。
おじさん師匠とわからせ弟子の旅は続いていきます。
合間を置いて、続きを更新予定です。
またお会いできたら嬉しいです!




