第二十六話 痕跡との再会
『三人目』の剣聖アーノルドが戦死した。
その報せはたちまち大陸中を駆け巡った。
魔獣の討伐に臨むも、相打ちにより命を落とす──援護した騎士や剣客らの犠牲も甚大で、壮絶な討伐の果ての戦死であるという語りが流布されていく。
数日後、ひとりの剣聖が魔獣から守られた都市エーベンに現れた。
〈七聖〉の指令によるものではない。彼はただ、同じ剣聖として戦いに殉じたその死を悼むために赴いていた。
アーノルドとはお互い気が合う感触はないままだった、それでも人を守るために戦い、死を迎えた男への敬意に偽りはない。
領地騎士の出迎えに、剣聖は丁寧に頭を下げた。
「〈七聖〉の『六人目』セオドールです」
黒い髪と銀の瞳。透明で涼やかな目元と、静かな夜のような翳りを合わせ持つ青年は、圧倒される騎士へとさっそく問いかける。
「アーノルドの御遺体は──埋葬前と聞いていますが」
「はいっ、こちらにございます。ですが、本当にこの土地で埋葬を進めてよろしいので?」
「ええ」
セオドールは優しく頷く。
「この土地を守れたことが、彼にとっても救いになるはずです」
──正直、亡き剣聖の弔いについて〈七聖〉が指示することはなかった。戦死の報せを受け取るだけで、弔いになんら感心も寄せない組織の在り方は、セオドールの気に留まるところだった。
〈真髄〉を手にしたときから非情な組織であると解っていたつもりだが──抵抗感は今も拭えない。
甘いやつだ、感傷的だと、他の剣聖からも事あるごとにからかわれる。
それでもセオドールは気持ちを変えることができなかった。
〈七聖〉が自分の与り知らない行動や判断をする組織であると漠然と感じ取っていても、いまだにその全貌を知らされずにいるのは、自分が温い存在と見なされているからだろう──
だが剣聖として自分が籍を置く組織には、裡に途轍もない闇があるのは確かだ。アーノルドはその闇を知る存在だったのだろうか。
棺に納められたアーノルドと対面した瞬間。
「…………!」
セオドールは息を呑む。
亡骸となった、かつての剣聖。
丁寧に清拭されているが、身に着けているものは生前のままだった。迂闊に装束を変えることは恐れ多いという判断だったのだろう。
そのおかげか、命を落とした瞬間の姿をセオドールは目にすることになる。
「この、傷は……」
強張った声を漏らしながら、それを凝視する。
右下から左肩へ斜めに走る斬り上げ、一筋の斬跡がある。見紛うことなき致命傷だ。
その斬り様の、あまりの美しさに圧倒されてしまう。
咄嗟に過ったのは「これが魔獣の攻撃だなんてありえない」という思いだった。
鍛え抜かれ、迷いなく、強い。瞬きすら欺く速さでもって斬らなければ、ここまで綺麗な痕を残すことなんて不可能だ──
「…………っ」
セオドールは呼吸を忘れて硬直する。
アーノルドを葬った傷。その痕跡から突如記憶を遡ってきたのは、ある男の存在だった。
今でも思っている。
あのとき、自分が選ばれた剣聖選抜で、本当は誰よりも強いと思っていたあの──
「お待ちしておりました」
背後から、静かな声がぬるりと差し込まれた。
セオドールが振り返ると、部屋の奥でいつのまにか気配を消して佇んでいたのは黒い礼服の男だった。
個性を徹底排除しているので誰なのかは判別しがたいが、その衣装と気配を徹底しているのは〈七聖〉の使いだけだ。
敵ではないのに反射的に身構えていたセオドールに、〈七聖〉の使いは静かに語り掛ける。
「『六人目』セオドール殿。剣聖であるあなたに申し上げたき儀がございます」
「アーノルドの死に関することか」
「左様に」
剣聖に対する応答は不気味なほど丁寧だ。
警戒を解かないセオドールに対して、〈七聖〉の使いはゆったりと告げた。
「『三人目』アーノルドはある者の手で殺されました」
「──!」
脳裏に過ったかつての存在と、その言葉が不穏に重なり始める。
瞳を揺らすセオドールの反応を見つめながら、〈七聖〉の使いは続けた。
「彼奴はこの世界を脅かす魔獣に次ぐ脅威となり得ましょう。どうか、御対処を──」




