表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/46

第二十五話② 決着・『八人目』と『三人目』の剣聖

 ゆっくりと、前へ踏み出す。

 刀身に殺気を迸らせているアーノルドとの間合いを詰める。


 剣聖アーノルドの〈真髄〉は騎士がよく手にする斬撃に特化した諸刃の長剣だ。先の討伐でも三体の幼魔獣(コクーン)を一度に葬った重剛(じゅうごう)な斬撃を生む力がある。


 超常の斬撃──魔獣(ジャバウォック)(くび)を斬り落とせる、という唯一性以外の力が、〈真髄〉にはある。


 その刃と真っ向から挑み、クシャナはゆっくりと太刀を抜いた。

 足取りはそのまま、アーノルドと同じく正眼で太刀を構え──ついに相手の刀身の間合いに入ると。


 刃が(いなな)いた。


 太刀の鋼と〈真髄〉の白骨じみた刀身とが喰らい合う。

 両者が力に弾かれ合い、しかしすぐさま刃を振る。一撃ごとの剣戟(けんげき)が烈しく爆ぜる。

 牙を剥く獣の獰猛さで、両者の刀剣が激突し続けた。両者その場から間合いを離さない。刃で斬り結ぶ以外の道を、互いに許さないかのように。

 次の刃が噛み合った瞬間、二人は両腕に力をかけてぎりぎりと押し合う。

 火花を散らしてこすれ合う刃。競り合う両者の身体が迫近した。刃越しに、クシャナはアーノルドと睨み合う。


 相手を殺す決意を据えたクシャナの目と。

 万死を与えるべき者を捉えたアーノルドの目が。

 競り合う刃より烈しくぶつかる。


 詰めた息に代わり、互いの刃だけが叫び合う。刃が食い込み、みりみりと軋んだ異音が耳元を侵蝕する。それが自分の膂力(りょりょく)──力んだ筋肉と骨による音だと感知した、瞬間。


 アーノルドの長剣がひときわ強く押し込まれた。

 クシャナの太刀の反りをあえて滑り、上へと弾くべく翻す。


 太刀が上へ流れる。アーノルドの剣(さば)き、その力の放出を受けたクシャナの身体が一瞬ふっと浮く。

 軽くもない己の身の不覚に、クシャナが動じる、より先にアーノルドの回し蹴りが胴体に叩き込まれた。


 どふ──と鈍い音。骨が折れて肉が潰れてもおかしくない蹴撃。しかしクシャナは宙で瞬時に身体を捻り、蹴りの威力を受け流していた。人体破壊は免れる。

 吹っ飛んだ身体を着地と同時に弾かせる。跳ね返った身体で、アーノルドへ太刀を振り上げる。

 アーノルドは刀身でそれを受け、次には身体ごと後ろに跳んでいた。

 大きく間合いが出来る。


 着地の瞬間、アーノルドはその場で〈真髄〉を振り上げた。

 白い閃きが迸り、ズド、と野太く重い音が地面を激震させる。

〈真髄〉が刀身から放った衝撃波だ。衝撃は地面を裂き、空気を破り、その先にいるクシャナに迫る。


 不可視の波動を捉えたクシャナは刃をかざし、擦り合わせる。

 ギャリ──ッ、と噛み合わない歯車がぶつかり合ったような不協和音が響いた。

 巨大な幼魔獣(コクーン)の攻撃に刃を合わせてきたクシャナの受け流しが、〈真髄〉の衝撃波をも斬りいなす。

 真横に流れたクシャナの刃。次にはその隙を狙ったアーノルドが一足飛びに間合いを潰して迫った。


 巨大な建物が倒壊するような轟音。

 それは一対の刃が結ばれた瞬間の音だった。

 交わされ合う刀剣越しに、アーノルドとクシャナが再び睨み合う。


「やはりあのとき、お前は斬り捨てておくべきだったのだ」


 刃の向こうから噛みつきそうな形相でアーノルドがクシャナを睨んでいた。

 徹底した泰然と冷静は、もはや影もない。


「許さん。彼の御意志を否定するなど──天に唾するに等しい愚かな行いだ……!」


 徐々に怒りと殺意で声が焦げ付く。


「必ずこの場で斬り殺す!」


 竦み上がるような凄絶な殺気を前にクシャナの目は静かだった。

 力の競り合いで細かく震える刃を挟み、アーノルドに冷たく冴えた声を放つ。


「──俺に喋りかけてる場合かね? 殺し合いだぞ」


 人の死を(いた)み犠牲を恐れて戦ってきたクシャナだが、誰一人死なずに済む世界を目指す──なんて甘いことは抜かすつもりはなかった。やるべきことのためには、対峙する者に刃を向け、場合によっては殺す覚悟を据えるべきだと。


 汚点の烙印を押された元・剣聖で在る前に、自分は剣客だから。

 なすべき目的、突き進むべき道、獲得すべき可能性のためには──斬る。

 目の前の男が、たとえ剣聖であろうとも。


 覚悟に据わったクシャナの目に忌まわしいものを感じたアーノルドの顔がぴくりと歪む。


「ノウマンが導く最適解の世界を──愚弄するかァ!」

「そうだよ! 気に喰わないなら殺してこい!」


 両者が吼え、大きく刀剣が弾かれ合う。

 途端、大気が歪むような衝撃波が飛び散った。

 互いを大きく後ろに退かせるほどの、凶暴化した空気の暴走。

 かまわずクシャナは吼えた。


「それがノウマンの本質だ! てめえの意に添わないものを殺し尽くす──それだけだ!

 何が最適解だ! 御意志だ! ふざけた考え方を有難がってるんじゃねえぞ!」


「────クシャナァァァァアアアアア!」


 ついに顳顬(こめかみ)に血管を浮き上がらせたアーノルドが〈真髄〉を手に疾駆(しっく)した。

 突進が空間を裂く。アーノルドがクシャナに迫る。


 クシャナは迫る気配を前に、太刀を鞘に納めた。


 低く腰を溜め、相手の動きを全身で捉えることに意識を研ぐ。

 目で迫近する姿を。耳で唸る空気を。鼻で気配を嗅ぎ、皮膚で圧し迫る殺気を感じる。


 先に到達したのは、アーノルドの剣先からの衝撃波だった。

 ──たった一撃で幼魔獣(コクーン)を三体葬った、あの斬撃と同じ閃き。

 突進によって刀身の切っ先から押し出されるように放たれた〈真髄〉による衝撃波だ。


 クシャナはそれを紙一重で躱す。

 ぐっと地面すれすれに伏せた肩を、衝撃波が掠めクシャナの表皮と肩の肉を捌き断つ。


 這うような体勢から、クシャナは抜刀した。

 地面を潜るに等しい地点からの斬撃。

 鞘から火花が散る。クシャナの抜刀が疾速(はや)く重く鋭い刃を(はし)らせた。


 火花と閃きを置き去りにした刀刃が──斬る。

 左下から右肩にかけて斜めに断つ、斬り上げの一刀。


 クシャナを貫くべく真っ直ぐに突き進んだアーノルドの刃は、空を切る。

 殺意と憤怒に歪んでいたその顔面が、飛沫(しぶ)いて視界に広がる己の鮮血に瞠目(どうもく)する。


 自分が斬られたのだと、信じられないような表情。

 その目は抜刀を果たし背後にいるクシャナを見ていなかった。


 見るのは、遠くに(たお)れた魔獣(ジャバウォック)の亡骸と。

 ノウマンの理想の実現を遂げられず半壊になった森だ。


 朝日を迎え、陽の光に射抜かれた鮮烈な世界を前に──アーノルドはその場に崩れ落ちた。

 何を言い遺すでもなく。

 剣聖アーノルドは絶命した。







 血に濡れた刀身を、クシャナは一振りした。

 ふと視線を巡らせると、距離を取った地点から身動きしないナタリーの姿がある。彼女はクシャナの決着を見届けている。そこは自分が介入すべき世界ではないと、踏まえているかのようだ。

 クシャナは折った肘窩(ちゅうか)を使って、ぐっと刀を包みように刀身を拭うと──太刀を鞘に納めた。


 そして振り返る。

 天を受け入れるように仰臥したまま息絶えたアーノルドがそこに在る。

 剣聖である彼を斬り殺したことは、クシャナにとって決意を確たるものにさせた。


 ──俺はこの先、戦う。

 アーノルド、あんたが仰ぎ信奉しその魂を捧げ命をも懸けた、今ある世界の形──ノウマンの思想が支配するこの世の在り方そのものと。

 世界を守りうる、新しい力とともに。


 ──クシャナは無言で、アーノルドの見開かれた(まぶた)を撫でて閉ざす。

 永眠(ねむ)る者の表情を浄化するように、朝日の清明(せいめい)が包み込んでいく。

 その姿を灼きつけるようにクシャナはしばし見つめ──立ち上がる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ