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第二十五話 決着・『八人目』と『三人目』の剣聖

 首を失った魔獣(ジャバウォック)の身体が、土へ落ちる。

 大地と空気がまるごと震えた。


 クシャナは静かに太刀を鞘に納める。

 ──その生死を確認するまでもない。弟子とともにこの手で()(おお)せた魔獣(ジャバウォック)の巨大な(くび)は、離れたところに転がっている。


「やっ……や、やった……!」


 ぜーぜーと肩で息をしながら、()れた声をナタリーが零す。

 ふらつく足を根性で支えている。銃剣を握る手は見て判るほどに震えていた。


「たおした、とうばつした……魔獣(ジャバウォック)を……! やったよ、師匠……っ!」


 クシャナは目を細め、そっとその肩を叩く。


「たいしたもんだよお前さんは」


 ナタリーはほっとしたように膝に手を置いて息を整える。


「へへ……もっと、こうさぁ……師匠、いい感じにほめてよ」

「……いい感じ?」

「あたしはさ、師匠の、弟子なんだよ?」


 屈んだ姿勢から覗き込まれ、クシャナは少し考えてからこう言った。


「さすが俺の弟子だな、ナタリー」

「……へへー!」


 途端、ナタリーは眩しい笑顔になった。

 もらった言葉で元気を取り戻したように、ぱっと身体を起こす。


「すごかった! 銀弾(アルゲント)魔獣(ジャバウォック)の頸の骨を撃てた手応えがあった! 剣聖じゃないのに、〈真髄〉なしで、魔獣を斃せた! こんなことあり得るんだね……!」

「ああ……ほんとに」


 クシャナはあらためてその事実を確かめるように、首を失った魔獣(ジャバウォック)の骸を見た。


 ──銀弾(アルゲント)が、魔獣(ジャバウォック)に通用した。


 この事実は、今まで誰にも知られずにいたのだろうか?

 ノウマンが〈七聖(セプテム)〉による世界の均衡維持のためにこの情報を握り潰していた可能性は高かった。だとしたら、銀弾(アルゲント)による対魔獣(ジャバウォック)および幼魔獣(コクーン)への効果は究明していくべきだ。


 銀弾(アルゲント)は、剣聖の〈真髄〉を不要とする新しい力となる。

 それはすなわち、〈七聖(セプテム)〉によるコントロールと支配から世界が脱却しうることを意味する。

 この可能性を、逃すわけにはいかない──


「!」


 ふと。遠くに気配を感じクシャナはそちらを見た。

 森の奥からゆらりと近付く長身。

 魔獣(ジャバウォック)に破壊され荒野と化した大地を恐れもなく歩み、近付いてくる。


「うっ」


 背後でナタリーが小さく呻いた。

 この瞬間この場に近付いてくる存在は、彼女にとっても警戒し脅威すべき存在だ。

 魔獣(ジャバウォック)を使ってこの地の破壊を促そうとした、正真正銘の剣聖。


「……師匠、」

「ナタリー。今回は絶対に下がってろよ」


 近付く者を見据えたまま、クシャナはナタリーに告げた。


「決着の相手が、向こうからお出まししてくれたよ」


 それだけ言うと、クシャナは歩き出す。

 荒れ果てた土の平原に、その男と向かい立つ。相手の顔はくっきりと見えた。

 視界が晴れているのは、魔獣(ジャバウォック)に森を一掃されたからだけではない。

 夜のほどろを迎え、空が音もなく明るみを帯びていたからだ。

 押し昇る朝の気配を前に、クシャナはアーノルドと対峙する。


「……〈真髄〉を隠し持っていたとでもいうのか?」


 アーノルドの声は、驚愕を堪えるように低く抑えられていた。

 魔獣(ジャバウォック)(たお)したことが未だ信じられないといった様子だ。無理もない。

 この世界では〈真髄〉だけが魔獣を斃すことのできる刃なのだから。


「最近見つけた奥の手だよ」


 クシャナは簡潔に答える。


「悪いな、アーノルド。俺はこの方法で戦うことに決めた。もう〈七聖(セプテム)〉も〈真髄〉も必要ないやり方で、世界を守って戦っていけそうだからな」

「この世界の秩序を乱すつもりか」

「その秩序はノウマンの思想だろ」


 すかさずクシャナは吐き捨てるように言う。


「あいつが〈真髄〉を作るやり方は、(はな)から許せなかったんだ。人を犠牲にしてまで得るべき力なのか──でも実際俺たちには〈真髄〉しか魔獣(ジャバウォック)を斃せる術がないと思っていた」


 許せないとしても、他に方法はないのだと。


「その妥協に耐えられなくて俺は一度、戦うことから下りた。ろくでもない、情けない、『三日剣聖』なんてあだ名も生ぬるい、卑怯な真似だった」


 あのときセオドールのことを助けたかったのは事実だが、今になって思えばそれを逃げ道にした卑怯者と言われても当然だ。事実、それから十年自分は隠居の体で「戦う」という姿勢を見せることから逃げていた。


「でも、可能性を見つけた」


 それは突然のことだった。

 光そのもののような存在が、クシャナのことを仰ぎ、飛び込んで来たのだ。

 そして妥協するしかないと思っていたクシャナに、銀弾(アルゲント)という新たな道ももたらした。


 クシャナは決意する。自分の弟子は可能性そのものだ。一度妥協してしまった自分とは違い、彼女なら〈七聖(セプテム)〉を凌ぐ剣客になれる。〈七聖(セプテム)〉の支配を脱却した世界を切り拓ける。

 自分は師匠として、この弟子を既存の規格から外れた英雄にするために全力を尽くす。


「〈七聖(セプテム)〉や〈真髄〉に頼らなくても世界を守れる可能性だ。そのためなら、俺は──

〈七聖〉とも戦う」


 ここから先を切り拓いて進むためにも、覚悟をこめてクシャナは口にした。

「守る」という形で世界を掌握しコントロールする──〈七聖(セプテム)〉を真っ向から否定するために。

 剣聖アーノルドを斃す必要がある。

 なぜなら彼は〈七聖〉のやり方、いや、ノウマンの思想の体現者だからだ。


「度し難い」


 アーノルドは吐き捨てるように言った。

 大衆の前で泰然を堅持していた英雄が、今やクシャナを前に憎悪と殺意を露わにする。


「剣聖の汚点が、ここまで救えない愚か者だったとは」


 クシャナの決意を、アーノルドは最も忌むべきものとして扱う。


「──やっとお前を殺さない理由がなくなった」


 不意に、その声音から温度が失せる。

 静かに佇むクシャナを前に、アーノルドは鞘を解き、長剣を正面に掲げた。

 輝くように白い刀身が、クシャナを差す。


()の御意志を(けが)し否定した者など──万死に値する」


 この男のノウマンに対する信奉は本物だ。ノウマンを、その意志を否定することが、今クシャナを斬り殺す理由になっている。

 この殺意に見合う──いや、それ以上の決意のもと、自分はこの男と戦わなければならない。

 クシャナは静かに腰を落とし、太刀の鯉口を切った。

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