第二十四話② 討伐・ご隠居剣聖と押しかけ弟子
「──⁉ ナタリーこら待て!」
「これは待たないっっ!」
頭上に振りかぶった銃剣を、魔獣の頭頂部へ飛び込むと同時に振り下ろす。
ごづっ──と硬くくぐもった音。
ナタリーの刀身は頭頂部を僅かに逸れ、右側頭部へ。顎に触れるぎりぎりに差し込まれていた。
「! 狙って刺したのか⁉」
クシャナは驚愕のあまり叫ぶ。
下手をすれば顎に自ら飛び込み、その牙の餌食になってもおかしくない。頸を狙うためとはいえ、ナタリーは一瞬で死の瀬戸際を選び、銃剣を刺してぶら下がっている。
死をも恐れぬ一手──いや、仕留めてやるという意志による渾身の一撃だ。
右の側頭部を刺された魔獣が派手に吼えながら立ち上がろうとする。だが、すでに両手を失い足元はバランスを失ったままだ。頭を振って邪魔なものを掃おうとする魔獣、その動きに先んじて、ぶら下がったままのナタリーが腕に力を籠めた。
ガキン、と小さな金属音。魔獣に突き刺した直刀から銃本体を取り外すと、左手で直刀を握ったまま銃を右手で身構えた。
銃口は、魔獣の頸元へ。間髪入れず、魔獣の身体で最も分厚く硬い鱗に向かって連撃する。
銃声と咆哮が荒々しく掻き混ざった。
吼えて揺れる魔獣の顳顬で、ナタリーは直刀を支えに身体を維持し、引き金を絞り続ける。
初撃は鱗に弾かれていた銀弾だが、めげずに懲りずに同じ地点に撃ち込むにつれ、じわじわと弾丸がめり込んでいく感触へと変わっていく。
一点突破をねらった銀弾の銃撃。その弾切れ寸前、ぎりぎりで。
鱗が弾け、頸の肉へと弾頭が喰らいつく。
「──! っっと、」
追い打ちに引き金を絞ろうとした瞬間、大きな揺れがナタリーを震わせた。
絶叫しながら魔獣が巨体を大きく揺らし、ナタリーを顳顬から振り落とそうともがき出す。
揺れた魔獣の牙が、ゆれて振り回されていたナタリーの脚に迫る。
「──っ」
強張った足元で、斬閃が疾った。
顎下目がけて斬り上げられたクシャナの一刀。アッパーカットの衝撃が魔獣の顎を撃った。
顎をもろに撃ち込まれた魔獣の下顎がガクンと垂れ下がる。
──今。
着地し、真上を見上げたクシャナと、魔獣にへばりつくナタリーとが同時に勝機を見出した。
ナタリーは中断させられた銃撃を再開する。銃に残る銀弾を魔獣の頸元、鱗が割れて肉が覗く一点へ、一気にすべてを撃ち込んでいく。
銀弾がその力を炸裂させる。
魔獣の体内に潜り込むと当時に膨れ上がり、爆散を勃発させていく。
たちまち魔獣の頸が爆裂に呑まれる。
まるで銀弾が魔獣の血肉を好物としているかのようだった。銀の閃きは破裂して千切れる肉を焼いて、喰らい、飲み干していく。
魔獣の天敵のごとき凶暴な破壊力。
ごぎん、と鈍い音が響く。魔獣の中核である硬い軸──髄が折れたような音が。
だがついに銃身に装填していた銀弾が底を尽きる。
リロードしている暇はない。顔前に迫る熱風に皮膚を炙られながら、ナタリーは左手に握っている直刀を魔獣の顳顬から引き抜いた。
と同時に、魔獣の内部で最後の銀弾が爆発。ふっと浮いたナタリーの身体を大きく上空へと吹っ飛ばした。
ナタリーは宙で鋭く旋転、体勢を整えると落下する勢いに回転を足し、上から下へ直刀を落とす。
鈍い音が刃から掌、両腕へと伝播する。
ナタリーの刃は違いなく魔獣の頸へと斬り込まれていた。頸の中で脛骨が最後の銀弾に撃ち貫かれた手応えがある。あとはこの頸を肉ごと斬断すれば──!
だが、軽い身体から繰り出される斬撃の威力には限りがある。このままでは巨大な柱のような魔獣の頸を刃が通過できない──
瞬間、真下から重剛な衝撃が突き上げてきた。
太刀を振るう、クシャナの斬撃だ。
その刃がナタリーの斬撃を助け、その裂帛を確実なものにする。
クシャナとナタリーの喉から迸る叫びが織り交ざり──
ついには一点に斬り結ばれる。
魔獣の頸が、荒れ果てた土くれの上に落ちた。
────時を同じくして。
アーノルドが向かった黒い瘴気のもとにベアトリクスは到着していた。
「先生…………っ!」
黒く濁っていた瘴気は徐々に薄れ、その場の光景を夜空に晒していた。
そこには斬り伏せられ沈黙する大量の幼魔獣と。
一人残らず斬り断たれ動かない騎士や剣客たちの姿があった。
「…………」
ベアトリクスは茫然自失とする。
自分の眼球は見るものを正常に映している。アーノルドが殺した者たちの亡骸を。
だからなおさら、何の感情を動かせばいいのかわからなくなる。
こわごわと動かした視線の先に、白く照り輝く長剣〈真髄〉を手にしたアーノルドが立っていた。
「ベアトリクス。境壁で待機と言ったはずだ」
いつもと同じ、静かな声が彼女の肌を粟立てる。
「……どうして、先生……ほんとうに……、魔獣にこの都市を潰滅させるために……?」
「〈七聖〉の使いに聞いたのか」
意外でもないのか、アーノルドは目をわずかに細めるだけだった。
「ならば話は早い。魔獣が森にとどまっているのなら、今から境壁の大砲を撃ち込ませろ。攻撃に引き付けられた魔獣を領地へ引き寄せやすくなる。あとはその衝動を促し、漏れなく破壊を尽くすだけだ。エーベン規模の都市ならば夜明け前に片が付く。逃げる者は一人残らず掃討し全滅させる」
淀みない語りは、長年そうやってきた経験と蓄積すら滲んでいた。
なんのためらいもなく。
アーノルドは剣聖の使命のひとつとして魔獣による都市潰滅を行って来たのだ。
剣聖ノウマンが唱える世界の調和、その「最適解」を維持するために。
「ベアトリクス」
静かな声が耳に差し込まれ、びくりとする。
アーノルドが、平静な目で見ていた。
「──できないのか」
「……わたくしは……っ」
崇敬すべき剣聖を前に、ベアトリクスは反射的に首を横に振っていた。
「あなたが、人を守る英雄だと、最高の剣聖だと、ずっと信じていたのです……!」
剣聖は、世界で唯一、死と破壊の脅威たる魔獣から人々を救える力を持つ──
最強であるからこそ、剣聖とは気高く清廉な存在であると信じてきた。
だが、剣聖こそが最も清く美しいと同時に、最も冷酷で残忍だった────
純然たる破壊のままに生きる魔獣と何の違いがあるのか解らなくなるほどに、容赦も慈悲もない。
その事実を、ベアトリクスは呑み込むことができなかった。
もう、アーノルドを「先生」と呼ぶことは、できない──
「そうか」
アーノルドは終始平静だった。
言葉を続けられずにいるベアトリクスの心境を悟り、長剣を鞘に納めると歩き出す。
震えながら辛うじてその場に立つかつての「徒弟」に、すれ違いざまに短く告げた。
「──この地にあるものはすべて殺す。命が惜しければ立ち去り、二度と剣を取らないことだ。
これがこの世界の最適解だと理解しろ」
とどめのような冷たい言葉に、ベアトリクスは凍り付く。
その反応を見ることなく、アーノルドは森を行く。
──森に気配が留まっている魔獣の様子を確かめるために。




