第二十四話 討伐・ご隠居剣聖と押しかけ弟子
クシャナは一度太刀を鞘に納め、荒れ地で吼える魔獣を見据えた。
「──効いたな、銀弾」
ナタリーはこくこくと頷いた。
「うっ、うんっ。通用したっ、でも撃たれても攻撃してくるから通用しなくて──あれっ?」
「落ち着きなさいて。気持ちはわかるぞ」
直前までのことを捲し立て、自分の言葉に混乱するナタリーの肩を軽く叩いてやる。
「問題は鱗の硬さか。魔獣の体内で炸裂させる──銀弾に仕事してもらうためにも、ダメージが必要になるか」
右腕を斬り断てたものの、致命傷である頸には程遠い。
銀弾を頸近くに撃ち込むための、前段階とも言える攻撃が必須になる。
「うん、そうなんだけど──師匠、どうやって脱獄したのっ?」
「話せば長いが、魔獣仕留めた後で決着つけなきゃならん相手ができてなぁ」
「──! あの剣聖っ? やっぱりアーノルドが……っ」
「その辺り察したか。さすがナタリー」
説明する手間が省けて助かる。詳細はあとにして、まずは──
「その前に、討伐だ」
ふっとクシャナの目が魔獣を射る。その視線に呼応するように魔獣が咆哮する。
轟音の濁流。しかし手元で鯉口を切る音だけは鮮明に耳に届いた。
自分の意識が太刀を共鳴しているような感覚を覚える。目の前のものを斬るべく必要な要素を何一つ逃さないよう、五感は完全に研ぎ澄まされていた。
隻腕の魔獣がさらに猛る。全身が猛り、鱗がビキビキと音をたてていた。蠢く遠雷のような音に、空気が恐怖するように震える。
クシャナは腰を低く溜め、傍らの弟子に告げる。
「ナタリー、距離をとりながら狙える箇所撃ってくれ。そこを俺が斬る」
「了解っ──」
クシャナが疾く駆けた。
右腕を失った魔獣も気配に反応して疾り、両者の間合いは一気に縮む。
ナタリーはその場で銃剣を身構え、まずは右脚に狙いを定める。
膝関節──可動域のため鱗の薄い箇所への連撃。
撃ち込まれた銀弾は着弾、直後破裂した。狙いを絞った銀弾が大いに効果を発揮する。
疾走していた足を大きく挫かせることに成功した。
大きく傾いだ巨体の懐にクシャナが迫り、斬り込む。
詳細な作戦を共有などしていない。だが、二人の動きは互いの意図を予め把握していたかのように滑らかで微塵の躊躇いもなかった。
ぞず──と鈍い音が太刀の刃を震わせた。
ひしゃげた膝を半分以上斬裂する。刃閃の通過直後、膝から大量の黒い瘴気が噴き散った。
瘴気が視界を塞ぐ。視覚の効かない間合いで、クシャナは刃を横一文字に閃かせた。
魔獣の右脚の腱に、一閃が迸る。
足首の斬断には至らずとも、刃は腱を裂くに至った。鱗の硬い箇所を避けたナタリーの銃撃同様、関節部分狙いで斬撃を繰り出したのだ。
魔獣が怒号とともに、裂傷から瘴気を噴く脚で蹴りつける。痛覚とはまるで無縁の脚が容赦ないスピードで迫る。
まともに受け止めれば吹っ飛ばされる──
クシャナは迫る脚、その爪先をぎりぎりまで見切った。刃で迎える箇所──その一点にある力、勢い、流れを見極めて競り合うために。
クシャナの刃と蹴撃が文字通りぶつかる。魔獣と鋼が噛み合う凄絶な音が空間を圧した。
威力で弾かれ合うでもなく、両者はその場で互いを圧し合うように競っていた。クシャナが魔獣の脚を太刀で抑え込んだといってもいい。刀刃が、魔獣という巨体を制した瞬間だった。
そこへ魔獣の軸となっている左脚に、ナタリーが立て続けに銀弾を叩き込んだ。
攻撃自体は巨大な魔獣からすれば礫に等しい。だが脚部に狙いを定め、重ねた弾丸は着実に脆弱点である関節を砕いていく。
致命傷の箇所である頸から遠ざかるほどに鱗の硬度は下がる。さらに柔軟な稼働のため関節部分の硬度は低い──つまり脚とは攻撃が比較的通る狙い目なのだ。
巨大な幼魔獣相手の討伐が、ここで大きく活きた。
連撃により魔獣の身体が傾き、左手で地面につく。
バランスが崩れかけた身体の安定を図り膝立ちになると、斬り裂かれた部分から圧縮された瘴気が噴出、足元にいたクシャナの視界を完全に塞いだ。
「──師匠っ!」
ナタリーは吼え、地を蹴った。突風のように瘴気に呑まれたクシャナに駆け向かう。
全力疾走しながら、瘴気の外から魔獣へと弾丸を撃ち込み続ける。
轟音が耳を潰し、指先を痺れさせる。一発とて無駄にできない。魔獣に攻撃するということは、狙いを外せば死ぬ確率が格段に跳ね上がることを意味していた。
銀弾はクシャナに向かって殴りかかろうとする左腕に集中させた。肘や手首といった関節狙い。いずれも着弾とともに炸裂し拳の勢いを削ぐことに成功した。
のみならず、着弾は瘴気に囚われていたクシャナに魔獣の拳の動きを報せていた。
四方不覚の瘴気のなか、クシャナは頭上の銃声と着弾した弾丸の気配を察知する。
拳を振り下ろす魔獣、攻撃の位置と角度、速度とを感知すると──
正確無比なタイミングと力でもって、黒い闇のなか魔獣の拳を太刀で撃ち弾く。
激しい衝撃に、空気を濁す瘴気が一瞬で消し飛んだ。
叫び、仰け反った魔獣の左腕がブンと宙を掻く。
露わになった左脇に、ナタリーはさらに銃弾を撃ち込んだ。魔獣への間合いを縮めていく。
狙いはさらに絞られた。同じ箇所を撃ち貫き続けることで左腕の付け根が火薬の凄惨な炸裂とともに裂けていく。
──その機をクシャナは逃さなかった。
瞬時に太刀を納刀、その場で膝を深く折って屈むと助走なしで垂直に跳ぶ。
ドン、と銃声に似た踏み込みとともに跳躍し、その勢いを乗せて太刀を抜刀、天を衝くように刃を振り上げる。
魔獣の左腕が上空を掻くように千切れ飛ぶ。
絶叫する魔獣は両腕の断面から瘴気を噴き散らかしていた。撃たれ、斬られ、削られた両脚をよろめかせながら、それでも倒れることはない。
満身創痍もいいところなのに、それでもこの魔獣を前に勝機を見出せないのはなぜなのか。
クシャナは太刀を握る手に力を籠め、緊張感を高めていた。
刃で、斬れる。銀弾で撃ち貫ける。
だが、どんなに攻撃を重ねようと、首を獲る以外に斃すことは叶わない──
やつの頸を斬るには、〈真髄〉の刃しかないからだ。
その事実は、過去の現実としてクシャナの意識に刻まれている。選抜での魔獣討伐。〈真髄〉未満の武器では、どんなに手を尽くし斬りかかろうとも頸を落とすことはできなかった。
剣聖選抜で目の当たりにした、犠牲になった仲間の姿が脳裏にこびりつき、決して消えない。
〈真髄〉以外で戦えば犠牲が出る。俺は、それを恐れているのか──
「そろそろ倒れろぉおおっ!」
強い声が鼓膜を貫いた。
ナタリーだった。距離を取れと言っていたのにどんどん魔獣に迫り、果敢に銃弾を撃ち込んでいく。
二本足だけで上体のバランスを保っていた魔獣の足元を連撃で狙いまくっている。
野太い声とともに魔獣が殺意ごとナタリーに押し寄せた。地面を割るように踏み散らかし、轟然と突進、ナタリーに蹴りを叩き込もうと右脚を大きく振り上げる。両手が失せようと破壊の猛威は不変で、獰猛を増すばかりだった。
クシャナは動いた。思考よりも速く、意志が全身を衝き動かしていた。地を蹴って空を裂き、魔獣が軸にする左足に後ろから迫ると渾身の抜刀を鞘走らせる。
斬る。
ただその純然たる一意で。
ドン────、と銃声のような音が再び空気を震わせた。
クシャナの抜刀が魔獣の左脛を斜めに駆け抜けた。骨に至らずとも肉と筋は確実に斬り裂いている。巨体を支えるには無視できない深い斬裂だ。
とうとう魔獣はその場に頽れた。身を支えるべき両腕がない上体が前のめりに突っ伏すと、すかさずナタリーはその頭に飛び掛かった。




