第二十三話② 絶望に通用するもの
「──効いたっ」
魔獣の肉体に銀弾が通用した。狙うべき地点さえ定めれば、ダメージを与えられる──!
ナタリーは耳を聾する大音声のなか、荒らされた土の上を駆けた。
まだ辛うじて木々が残る森の淵へ飛び込むと、相手を攪乱すべくさらに奥へと疾駆する。
森の中にも、ところどころで騎士や剣客の亡骸があった。負傷し、ここまで逃れたのだろうがほとんどがこと切れている。
「……っ、ごめん、使わせて!」
そのなかの一人が携帯していた信号弾を素早く拝借する。
境壁からあるはずの大砲による援護射撃がまったくない。こちらが信号弾を出す前に潰滅状態を迎えたからとはいえ、未だ何の援護もない状況はおかしくないか。境壁の側も混乱している?
「とにかく、これで──っ」
ナタリーは信号弾を頭上に掲げて引き金を絞る。
ボン、と音が弾け、花火のような音とともに夜の天に高々と信号弾が──
発射されない。
「……あれえっ⁉」
ぱちぱち、と何度も引き金を引くが、信号弾はぴくりとも反応しない。
思わず手元に戻して検めると、ナタリーは夜目で辛うじて見えた銃身に息を呑む。
「細工されてる……⁉ これじゃ信号弾が発射できない……っ」
そうだとしても、なぜ。
どう見ても人為的な細工だ。討伐で信号弾を出せないようにする、援護を阻害するような真似──
「──⁉」
背後から急激に迫るものに、ナタリーはぞくりと反応した。
敵意や殺気よりも明確な──死の気配。
身構えると同時に、衝撃波がナタリーに襲い掛かった。
魔獣の現界直後の初撃と同じ。巨木を武器のように振りかざし、森そのものを掻き回す攻撃だ。
「──────っ!」
ナタリーは銃剣を抱きしめるように身を丸めて頭を抱えると、あとは蹂躙する力のなされるがままだった。
身体が絞られ千切られようとしているのを感じながら、必死で意識を保った。
「──んぶっ」
土に叩きつけられ、激しく転がる。身体は辛うじて繋がっている。
圧迫された臓腑から息を吐き、次の回転の流れを活かして立ち上がった。
「ぶへっ、く、っそぉ……!」
どうにか生き延びた、という状況に震えた声が漏れた。
死ぬかと思った。怖い。ただ腕を振り回しただけの動きで──再び周囲の森だったものが破壊に晒され、辺りにあった亡骸は細切れになっていく。
あんなのと──どうやって戦うんだ……!
身を隠すことの叶わない荒れ地。逃げ場を破壊されたナタリーは再び魔獣と対峙する。
「……ぅぐう……!」
反射的に銃口を向けながら、森に出る直前のクシャナの言葉を思い出す。
『絶対に無茶はするな』
無茶もなにも、他に選択肢がない。
『魔獣に関しては〈真髄〉を持つアーノルドに任せろ』
──師匠、それは無理みたい。
この討伐の一連の状況は、あの剣聖が仕組んだものではとナタリーは感付く。
何が目的かはさっぱりだが、これは魔獣があえて暴れ尽くすための細工なのだと。
でなければあの瘴気──竜巻雲のような魔獣現界を特定できる瘴気を剣聖が見逃すわけがない。
ナタリーは息を静かに吐く。
絶望している暇はない。ここで自分がやり切れるまで戦わなければ。
真正面には、手にした大木で辺りを破壊し尽くした魔獣が立っている。
荒れた更地に、ただひとりナタリーだけが対峙していた。
ナタリーを見とめた魔獣は、ぼろぼろになった大木を後ろに放ると前屈みの姿勢で疾走した。
木で叩き潰すより、手で掴み生きたまま喰うつもりだ。
真っ直ぐに、死の化身が迫る。
ナタリーは正眼で銃剣を掲げ、銃口を据えた。
先に迫る突風が全身を叩いて髪をなぶる。
そんなもの意にも介さず、ナタリーは静かな眼で狙いを研ぎ澄ました。
この距離で、銀弾が最も有効に通用する箇所を狙って。
ぎりぎりの間合いで、引き金を絞る。
閃きとともに銀弾が迸る。空気を裂いた弾頭が、最初に魔獣にダメージを与えた右脇に再び喰らいついていた。
右腕の付け根が鋭い閃きとともに派手に爆ぜる。
爆風と轟音。目の前で赤黒い花を咲かせた銀弾の炸裂を熱風に炙られつつ見届け、リロード、再び同じところに狙いを定める。
このまま連撃すれば、腕一本はもらっていける──!
銃口を掲げたその瞬間。
「っ!」
頭上から、鋭い風。
銀弾の被弾による痛みなどないかのように、魔獣が力任せに右腕を振り下ろしてくる。
千切れかけた右腕による攻撃を想定していなかった。ナタリーは咄嗟に動けない。
拳が、眼前に迫る──
その刹那を。
瞬きが裂いた。
銃剣を身構えて硬直するナタリー、そこに拳を叩き込む魔獣の腕をすり抜けて。
目では追えないものが駆け抜ける。
それが次に足を踏みしめ、大地を震わせる踏み込みとともにその場から垂直に飛ぶ。
刀が鞘を走る。疾かれた刃は、千切れかけの右腕を疾り、斬り断つ。
斬断の動きがすべて果たされると。
瞬きの主は土に着地した。
数瞬後、魔獣の右腕が跳ね上がり、はるか後方へ吹っ飛ぶ。
絶叫とともに魔獣がその場から大きく退く。腕の欠損は重大なダメージに至ったか、瘴気を噴く右腕の付け根を抑えながら、夜空に向かって吼えている。
茫然と、瞬きを忘れた目でナタリーがその光景を見つめていると。
小走りでこちらに駆け寄って来たのは──
「悪いねナタリー。やっぱり脱獄してきたよ」
聞くものを安堵させる緩い声だった。
「師匠…………!」
大きな目を潤ませながら、ナタリーは掠れた声でクシャナを呼ぶ。




