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第三話 晴れて弟子入り、師匠デビュー

 ナタリーは銃剣(じゅうけん)を翻して幼魔獣(コクーン)に向かって身構えた。


 刺突の構えで携えられた黒い直刀。硬度を重視した「極黒(ごくこく)」と呼ばれる刀身の素材は、間近で銃の火薬が炸裂しても削れない剛健さがあり、爆散を加算した斬撃にも転用できる。

 かなり使い込まれた武器であることは、暗がりでもはっきりと判った。


「──じゃなくて」


 クシャナは当然のように討伐に参戦しているナタリーに声を張った。


「ナタリー! なんでお前さんがここにいるんだ?」

「師匠のあとをついてったからだよ」

「そうだろうけど、説明にはなってないぞ」

「大変だったんだからもう! 森真っ暗だし、足場悪いし、途中で師匠は見失うし!」


 どうやらナタリーは、クシャナが森に入った時点から追跡していたみたいだ。

 弟子入りを諦めていたはずなのに。

 しかも師匠呼びが復活している。


「それよりっ、その人、生きてるのっ?」


 前方の幼魔獣(コクーン)に注意を払いながら、ナタリーは後方に目をやった。

 血塗れの生存者は、武器装備こそぼろぼろだが、辛うじて息はある。


「相当消耗してる。すぐ医者に運ばないと」

「じゃあ早く斃そう!」


 力強く宣言したナタリーに呼応するように、幼魔獣が咆哮を轟かせた。




 ナタリーの銃剣攻撃を喰らった幼魔獣の首筋からは真っ黒な血が噴出している。が、致命傷には及ばなかったのか、体勢を整えるや地を揺るがしながら突進してきた。


「──ふっ」


 呼吸を固め、ナタリーは地を蹴る。一歩目から最速の疾走で幼魔獣(コクーン)に向かって直進。

 急速度で接近した小さな標的へ、幼魔獣が反射的に手を振り下ろす。


 だがナタリーの疾駆(しっく)の方が速かった。


 巨木のような腕の一撃をかいくぐり地面を滑る。瘴気まみれの幼魔獣の(ふところ)に臆することなく胴体の真下を駆け抜けて背後をとる。

 駆け抜けざま、後ろ脚に銃剣の斬撃を叩き込むというおまけつきで。


「尻尾がないっ、ラッキー!」


 クシャナが斬断した尻尾の痕を見るやナタリーは銃剣をくるりと回転、銃口を尾の断面に向け引き金を絞った。


 ド、ドン────! と連続二発。


 斬り断たれて中身が剥きだしの断面で、火薬の花が派手に炸裂した。

 絶叫とともに幼魔獣(コクーン)が大きくのたうった。巨体をうごめかせながらナタリーに首をもたげる。

 攻撃の矛先が完全にナタリーへと注がれた。


「──ナタリー、ちょっと時間稼いでくれよ」


 クシャナは瞬時に展開された彼女の鮮やかな戦闘に目をやりつつ、虫の息の負傷者を窪地の端へと移動させていく。


 ナタリーは正面対峙した幼魔獣にも怯まず、その口元を狙って銃弾を撃ち込んだ。

 爆発のような銃声と幼魔獣の絶叫とが重なり合う。

 ──音こそ派手だが、銃撃一発ずつの威力は大きくない。

 次には火薬で口元を真っ赤にした幼魔獣が、爆煙を破ってナタリーへと飛び掛かった。


「や──ってないか、やっぱし!」


 装填(そうてん)が尽き、ナタリーは大きく後ろに跳ぶ。

 幼魔獣(コクーン)から逃れながら、目にも留まらぬ指捌きで細身の銃剣に弾を装填。


 後退していると、背後が窪地の壁に至る。追い詰められたナタリーへ、幼魔獣の突進が加速する。

 懐をかいくぐっての回避はさせじと、幼魔獣は足元の土を蹴散らしていた。

 たちまち土煙が眼前を覆う。


 するとナタリーは腕をのばして背後の岩場に銃剣を突き刺しくるりと全身を使って大車輪、跳躍では届かない高さまで踊り上がる。

 と同時に素早く銃剣を抜き取り、真横の壁を蹴り飛ぶと──


 ナタリーの身体は幼魔獣の頭上を取った。


「っったあっ!」


 裂帛(れっぱく)の気合とともに、振り上げた銃剣ごと落下し幼魔獣の(くび)目がけて上から斬りかかる。


 が、幼魔獣が機敏に反応する。


 ナタリーが頭上へと跳躍するや四肢を急停止、首をもたげ咆哮を上げる。

 宙で落下するナタリーに、幼魔獣が広げた顎で待ち構える。


「──! ゃば、」


 息を呑んだ身が丸ごと呑み込まれる、直前。

 幼魔獣(コクーン)の上体が突如大きく傾ぐ。


「っ!」


 宙空でナタリーが目にしたのは、幼魔獣の後ろ脚元で腰を低く据えているクシャナだった。

 手前には、大樹の切り株──いや、斬断された幼魔獣の片脚がある。

 ナタリーに喰いかかろうと踏みしめていた後ろ脚を、クシャナが斬ったのだ。


「──ふっ!」


 攻撃再開。ナタリーは呼気を固め、銃剣を握る両手に力を籠めた。

 体勢を崩した幼魔獣の頸筋(くびすじ)に狙いを定め直すと。


「ったああああああ!」


 落下と自重を加え、刀の切っ先を振り下ろす。

 硬い刀身がナタリーの初撃を喰らった幼魔獣の頸に上から食い込んでいく。

 刀は剥きだしの肉へ深々と刺さる。そのまま首を落とそうと力を籠めるが──やはりナタリーの軽さでは振り下ろしても斬撃に限界がある。


 その瞬間、足元から重剛な気配が立ち昇ってきた。


 クシャナだ。瞬きの間で幼魔獣の上体まで移動するや、幼魔獣の頸に刃を振るう。

 上からのナタリーの斬撃に嚙合わせるように迫る、下からのクシャナの斬り上がり。

 落ちるナタリーの刃のすれすれを、クシャナの刃が下から上へ。

 交差する刃が閃き合う。上下からの斬撃に挟み込まれた幼魔獣の首は──

 断末魔ごと、斬り断たれる。


 ずどん、と腐った土を震わせながら幼魔獣の首が落ちる。

 斬り断たれた首と胴体、その断面から黒い瘴気が血飛沫の代わりに噴き散らかった。


「──と、」


 幼魔獣の瘴気は、猛毒ではないものの有害だ。着地したナタリーは腕で口元を覆いながらクシャナのもとへと歩み寄った。


「さっすが師匠! 幼魔獣の脚を一発でぶった斬って、頸まで!」


 目を輝かせているナタリーに、クシャナは半眼を返しつつ納刀した。


「いや、大したもんだよナタリー。身軽にもの言わせて危なっかしいところはあったが」

「ほんと、さっきは師匠が脚斬ってくれなかったら、あたし空中で食べられてた!」

「けろっとしてるねぇ」


 ──とはいえ、正確に状況を把握はできている。

 死にかけたはずのナタリーの様子に、クシャナは呆れるやら感心するやらだ。

 巨大な幼魔獣を二人がかりで斃すことができた。ナタリーはそんな成果そっちのけで、眩し笑顔をクシャナに向けている。


「やっぱり師匠はすごい剣聖だね! 十年前と同じ、あたしの英雄だよ!」

「……英雄は大袈裟だって」


 嬉しそうに真っ直ぐな言葉を放つナタリーに、ふはっ、とクシャナは笑ってしまった。

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