第二十一話 囚われの『三日剣聖』
アーノルドの糾弾から終始肩身の狭かったクシャナは、気まずい身柄を鉄格子の牢に納めていた。
こっそり出し抜いて討伐の援護をするつもりだったことを見抜かれていたのだろうか。
領土の治安を担う騎士の詰め所、その収監所でひとりクシャナは考える。
大勢の前で『三日剣聖』と吐き捨て、戦況を理由に戦力から外した──ここまでは剣聖であるアーノルドにとって自分が目障りであることに起因するとして。
捕縛までするのは、排除が徹底しすぎていやしないか?
領地の境壁の守りや、なにより森の瘴気の様子も確認したかった。魔獣が現界する瘴気は一目でそれとわかるからだ。
邪魔はしないと繰り返しても取り合ってくれなかった。戦力はいくらあっても惜しくないはずなのに──ここまで自分を戦線から取り除きたいなんて。
「よっぽど嫌われてたのかね、俺は……いや待てよ」
アーノルドによる軽蔑の眼差しを思い出すと、別の懸念点が脳裏を過る。
「……ナタリーが怒ってアーノルド相手に喧嘩する、はさすがにない、よなー……」
予感の枠外へすっ飛ぶような行動を起こすのがナタリーだ。
討伐隊や瘴気の状況を偵察するよう頼んでいたが、そろそろ自分が捕縛されたことを知ったかもしれない。
頼むぞナタリー、剣聖を蹴ったりしないでくれよ……!
収監されている小窓越しに、宵闇の星空が見える。
囚われの姫よろしく、クシャナが天に祈るように指を組み合わせようとしていると。
「──ありがとうっ。すぐ戻るからっ」
外に通じる扉から、聞き覚えのある声がしたかと思うと。
「──師匠っ!」
通路を駆けてきたナタリーが、クシャナのいる牢の鉄格子に飛びついた。
「ナタリー? えっ、どうして」
「牢の見張りしてる騎士に頼み込んだの!」
ナタリーは一気にまくしたてる。
「さっきの討伐で、師匠が幼魔獣の奇襲から助けた人がいたでしょ? あの騎士が見張り役だったの。
討伐に出る前に師匠に会いたいって一か八かでお願いしたら、こっそり通してくれたんだ」
「……そりゃあ……!」
クシャナはナタリーが自分の身を案じて行動したことにも、融通を利かせてくれた騎士にも驚く。
「師匠のこと、命の恩人だって言ってたよ」
ナタリーは嬉しそうな顔を鉄格子に寄せる。
「どうする師匠? 鉄格子ぶった斬って脱獄する?」
「こら待て待て待て」
背中の銃剣に手を伸ばしたナタリーをすかさず制する。やはり目の離せない跳ねっかえりだ。
「そんなことしたら、ここまで通してくれた騎士にも迷惑かけるでしょーが。脱獄はしないよ」
「じゃあ師匠は今夜このまま?」
「遺憾ながら。情けない師匠ですまんね」
クシャナは深刻さを排した軽い口調になる。
「でも、討伐に関してはアーノルドに任せておけば心配ないはずだ。あいつは俺より長く魔獣と戦ってきた剣聖なんだから。俺とはとことん反りが合わないみたいだけど、魔獣から人を守る存在であることは間違いない。この討伐はナタリーにとってもいい経験になる。無茶だけはするな」
「……うん」
アーノルドの剣聖としての実力は充分思い知っている。ナタリーはクシャナの言葉に素直に頷いた。
「でも……あたし悔しい。だってこの討伐で師匠の活躍を見たら、騎士も剣客もきっと師匠のすごさを知れて『三日剣聖』だなんて呼ばなくなるはずだから」
「いいって、そんなのは。俺は人の目を引く柄でもないし、そう調子よくは──」
「調子とか運でもないのっ。師匠はずっと自分のこと大したことないって言うけど、一緒に戦った人も、助けられた人も、みんな師匠のことをすごい剣客だって思ってるんだよ」
ナタリーはもどかしそうに鉄格子を両手で掴んで身を寄せた。
「もっとちゃんと現実を見ろっ、師匠っ。
あたしが、師匠の弟子として今ここにいるのが何よりの証拠なんだから!」
「……」
クシャナは言葉を失う。力を籠めて自分を見つめるナタリーの目は強く潤んでいた。
「十年前に師匠に助けられた命でどう生きようかって考えたときに真っ先に浮かんだのが『本物の英雄みたいに生きたい』ってことだったんだよ。師匠みたいに、絶望みたいなバケモノを斃したい、たくさんの人を守って傍にいる人のことも救えるような、そういう強くて──優しい存在になりたいって思ったの」
「……優しい?」
思いがけない言葉にクシャナは驚いてしまうが、ナタリーは鉄格子に顔をぶつける勢いで迫った。
「そうだよっ。師匠、あのね、あたし魔獣に村も家族も奪われて、記憶もめちゃくちゃになってもこうして生きてこられたのは、あのとき師匠が瓦礫からあたしのこと助け出してくれたからなんだよ。
バケモノを斬る強さだけじゃなくて、生きてたあたしを引っ張り出してくれた、『もう大丈夫、死ぬな』って言ってくれた、戦うことより先にあたしを助けることを優先してくれた──師匠がそういう人だったから、師匠の優しさにあたしは救われたんだ」
「そんなの、大したことじゃ、」
「大したことなんだよっ、大切なことだったんだよっ。
あのときも、今も、あたしにとっては! この世界で優しく在ることって本当に難しいんだから!」
勢いのまま募らせた言葉に切実が溢れる。ナタリーは止まらなかった。
「だからあたしは剣客になったんだ。師匠みたいになりたいから。
今、あたしがこうして目の前にいることが自分のやってきたことの成果のひとつだって、いつか師匠が弟子として誇れる、そういう剣客になるために!」
ナタリーは自分自身の身の上をめったに語らない。十年前の魔獣による災厄で命以外のすべてを失った。そしてその後、剣客としてひとり武者修行をしてきたと言うが、そこにあったであろう孤独と過酷は口にしない。
あるのは成長のための行動と、明快な野望。転がるとしても前へ、自力で突き進む。
そうやって生きることを、師匠であるクシャナへの尊敬と憧れの証明とするように。
「ナタリー、そうか……そうだったんだな……」
その思いに打たれ、クシャナは言葉を続けられない。
東の辺境の森まで会いに来た彼女からの、自分を師匠と仰ぐ眼差しと同じ熱さを感じながら。
自分のやってきたことを、感謝され認められただけで充分だったのに。
誇らしく生きるための導として、自分を選んでくれた弟子の思いにクシャナは──
「ありがとう、ナタリー」
沁みる思いを噛みしめるように、さらに続けた。
「俺ももうちょっと、師匠らしくやってかないとだなぁ」
──でないとこの弟子にふさわしくない。
「お前さんをもっと強くしていけるように──剣聖にさせるつもりはないけども」
「うん! それで充分だよっ」
剣聖にまつわる複雑な思いを知ったナタリーは、満足そうに頷いている。
「じゃあ──まずはこの討伐片付けてくるから」
すっきりした表情で、ナタリーはちらりと出入口の扉に目をやる。
騎士が融通してくれた面会時間のギリギリといったところだろう。
「悪いな。今回は援護できないけど、ナタリーなら大丈夫だ。銀弾も惜しまず使ってけ」
「うん。魔獣にもばんばん使っていけたら、」
「絶対に無茶はするな。人が太刀打ちできる存在じゃないんだ」
「!」
魔獣という言葉に、クシャナの反応は鋭く厳しかった。
「魔獣は〈真髄〉を持つアーノルドに任せろ。距離を必ず取れ。逃げてもいい」
「わ、わかった──」
いつにない迫真に、ナタリーは反射的に頷く。
クシャナが可能性を見出し大量入手した銀弾が魔獣に通用するか試す絶好の機会だと考えていたのだろう。
だが、積極的に攻撃することをクシャナは禁じた。慎重であるべきだ。
魔獣は、いくら実力があろうと挑むべき存在ではないのだ。〈真髄〉を持つ者以外は。
「とにかく任せてね、師匠っ」
真剣なクシャナに、ナタリーは張り切った笑顔を見せた。
「師匠の分まであたしが活躍しておくから!」
そう言うと、きゅっと踵を返して扉へ颯爽と駆けていく。
クシャナはその後ろ姿が見えなくなるまで、見送る。
頼もしい背中になったものだ、なんて感じながら。
──ここで自分が無理に脱獄して波風を立てるよりも、アーノルドに任せるべきだとは解っている。
〈真髄〉を持つ剣聖さえいれば、魔獣を圧倒することは容易いのだから。
論理的に考えればなんの違和感のない話だ。それでも。
得体の知れない胸騒ぎがあった。




