第二十話② 弟子と徒弟の問答
「へ?」
このまま尋問で追い詰められるかと思いきや、意外な質問だった。
「なぜって……あたしにとって、師匠は最高の剣聖で英雄だからだよ。あたしは師匠みたいになりたいの。あたしが剣客として最強になることで師匠の汚名も返上したいんだ」
「──あなたを見ていて、気になっていたのです」
ベアトリクスはじっとナタリーを見る。その目に敵意がないことに気付き、ナタリーはおやと思う。
「なぜクシャナなのかと。剣聖は先生を含め七人いる。名の知れた剣豪もこの大陸には数多いる。
あなたがそこまで彼を師と仰ぐことにこだわるのか。理由が気になりました」
「……なら、そっちの理由ってなんなん?」
「わたくしにとっては先生こそが最高の剣聖です」
ベアトリクスはナタリーにも負けない滑らかさで言い切った。
「わたくしは昔、魔獣により潰滅寸前だった都市にいました。先生は魔獣を斃し多くの人の命を守り救った英雄です。あの人のようになりたいとわたくしは研鑽を積み、師事を仰いでいます」
「ぉお……、そうなん……?」
これにはナタリーも不意を突かれた。感じ悪くて偉そうな剣客かと思いきや、ちょっと境遇に通じるものがある。あんまり認めたくはないが。
「剣聖の長である『一人目』ノウマンを仰ぎ、その意志を実現すべく剣を振るう清廉な忠信の心。
平和と秩序の守護を貫くノウマンの思想が世界の調和を実現していると信じておられるからこそ、己は強いのだと先生は仰っています。
確かな思想を礎とした一途で崇高な精神こそ、世界を守る剣聖のあるべき姿。
なかでも剣聖アーノルドはその理想をもっとも忠実に実現しているとわたくしは思っています」
「…………」
ノウマン、という人物の名前にナタリーは反応を押し殺す。
ベアトリクスはノウマンを平和守護者のごとく語るが、クシャナの話を聞いたことで自分は全く別の認識を抱いている。
ノウマンとは、剣客を犠牲に〈真髄〉を作り出す残忍なシステムを作り出した張本人だ。
──あれからナタリーはクシャナの剣聖選抜から『三日剣聖』になることを選んだ過去を教えてもらっていた。
深刻な喪失と悲惨な事実。剣聖が多くの犠牲によって成立する存在であること。
クシャナが仲間の剣聖を救うために自ら『三日剣聖』になることを選んだことも。
世界の平和の礎を担っている剣聖の選抜における真実は、ナタリーにとって衝撃だった。
剣客の最高峰たる剣聖というものの認識は、すっかり変わってしまった。
クシャナの汚名を雪ぐために剣聖になる野望は、果たして最適と言えるのかと。
世界を魔獣から守る剣聖。その救世主を見出すこと自体が、多くの犠牲から〈真髄〉を生み出すシステムの一部なのだと知ってしまった以上は──
「剣聖はやめとけ」と断言していたクシャナの言葉の重みをあらためて思い知る。
……考え直さなければいけないことは多い。しかしナタリーは今そこに迫る危難である魔獣の討伐援護に集中することにした。クシャナもそのために行動すると言っていたし。
ナタリーは色々な考えでごちゃついた頭を軽く振った。
「あたしは剣聖の徒弟の考えに意見するつもりはないよ。あのアーノルドって剣聖がこれからも魔獣を討伐するために戦い続けてくれればあたしも特に文句はない。
お互い仰いでいる人は違うけど、一緒に戦おうって話だよ、ね?」
剣聖になるという野望はナタリーのなかで様変わりしてしまったが、今もなお不変の事実がある。
ナタリーにとって、クシャナは憧れであり、師匠であるということだ。
自分は剣聖だからクシャナを慕い仰いでいるのではない。
剣で戦うひとりの人として、尊敬している。だから弟子でありたい──
「……異論はありません」
ナタリーの言葉に、ベアトリクスも静かに首肯した。
なんだ、敵意まんまんのケンカ腰で絡んできたわけじゃなかったんだ、とナタリーは安心する。
自分と同意の心を垣間見せたベアトリクスの表情は多少和らいで見えた。
「妙なことを訊ねてしまいました。ただ、一瞬だけクシャナという人間に興味を抱いただけです」
「……へ?」
「先生が仰るように、彼が犯した十年前の〈真髄〉紛失は剣聖最大の汚点です」
「んあ?」
一瞬凶暴な目になるナタリーだが、ベアトリクスはまったく構わず続ける。
「その一方で、先の討伐で彼の振る舞いを見た限り、過去に類例を見ない汚点を作り出した最悪の人物であるというようには思えませんでした。彼は強く、人命を重んじている。他者に誠実であると見受けました」
「……褒めたいのか貶したいのか、わかりにくいんやが」
ナタリーは複雑な表情でベアトリクスを見た。
この女の人、怜悧で堅物──といえば聞こえはいいが真面目で天然なのかもしれない。弟子である自分に真正面からクシャナの人柄や印象を述懐するなんて。
でも、クシャナの人柄を誠実だと認めつつ「過去に類例を見ない汚点」って……一言余計だ。
「少なくとも剣聖の徒弟は、師匠にそんな悪い印象持ってないってことでいいの?」
「はい」ベアトリクスは首肯した。
「ですが、本討伐への扱いは先生の下された判断を遵守するまで。
余計な行動はせず、大人しくするよう彼にもお伝えください」
それだけ言うと、ベアトリクスは踵を返して境壁の歩道を歩み去る。
──そろそろ森に発生中の二点の瘴気に分隊で討伐に向かう時間だったと、ナタリーは思い出した。
「ど……どうなんやろ? あの剣聖の徒弟ってのは敵じゃないって判断でいいんかな?」
アーノルドの生徒である彼女を「敵対者」扱いしていたつもりが、思うところを聞いてしまったせいで混乱してきた。
「……もうわかんない。師匠に相談しようっ」
周囲の状況報告もかねて、ナタリーはクシャナが待つ宿へ駆け出すのだが。
そこにクシャナはいなかった。
「──あれ?」
宿場に訊ねると、騎士に引っ立てられてどこかへ行ってしまったという。
「──なんで?」
慌てて領土騎士の本部へ飛び込んでみると、騎士があっさり答える。
「『三日剣聖』? ああ、あいつなら剣聖様の命令で捕縛したぞ。討伐の邪魔にならんよう、今夜は収監することになった。あいつ今牢屋にいるよ」
「────なんだそりゃあああああああ!」
ただでさえ混乱しかかっているというのに──面倒な事態を前にナタリーは吼えた。




