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第二十話 弟子と徒弟の問答

 領地を囲む境壁の歩道から、ナタリーは森に目を凝らす。


 夜の底でしんと眠る深い森。その両端に濃厚な瘴気が二か所発生していた。

 剣聖アーノルドの見立てでは、このどちらかから魔獣(ジャバウォック)が現界する可能性があるという。夜が更けるにつれ、瘴気はその特徴を実体化し始めていた。


 一方は視界の効かないほどの沼底のような黒い(もや)

 もう一方は森の木々より二回りは高さのある竜巻のように蠢く灰色の靄だった。


「中央の瘴気は完全に消えてるな……」

「剣聖様が完全に討滅(とうめつ)したからな……聞いたか、一振りで三体の幼魔獣(コクーン)を斃したって」

「剣聖様の御力は恐ろしい──あの方がいれば魔獣(ジャバウォック)が現界しようと余裕で──」


 近くの城壁塔で見張りをしていた騎士の声が耳に届く。

 ナタリーは「ふんだ」と鼻を鳴らす。


「あたしの師匠も幼魔獣を瞬殺したんだから」


 アーノルドのせいでこの領地におけるクシャナへの風当たりは芳しくない。

 悔しさが抑えられず、ナタリーは(ひと)()ちてしまった。


 ──気を取り直して、領地境の防衛を確認して回る。

 森に面した境壁に備えられている大砲は十八門。瘴気が発生している二か所への援護射撃もできるし、領地侵略への防衛体制も万全に整っている。

 領土を守る境壁は盤石だ。現界した魔獣(ジャバウォック)が森に留まるうちに斃せれば、問題もないわけだし──


「何をしているのですか」


 涼やかな声にナタリーはびくっとする。

 振り返ると、そこに立っていたのはベアトリクスだった。

 相変わらず感情の読めない無表情で、たじろぎもせずじっと見つめてくる。


「『三日剣聖』の付き人でしたね。こんなところで何を」


 ナタリーは反射的に彼女に指を突きつけていた。


「また何の用だあっ、剣聖の家来!」

「わたくしの立場は、剣聖アーノルドの徒弟です」

「へー。だったらあたしは付き人じゃなくて師匠の弟子だから、そこんとこよろしく。それじゃっ」

「お待ちを」


 そそくさとその場を走り去ろうとするナタリーの動きを、鋭い声が阻止する。

 ナタリーは不承不承、といった動きで立ち止まって振り返る。


「なんなん? 別に話すことないんやが」


 剣聖アーノルドは師匠を人前で貶し、言いがかりで戦線から外したイヤなやつだ。

 さらにその徒弟・ベアトリクスは森での討伐前に余計な釘を刺してきた面倒なやつ。

 二人揃って、ナタリーの気を悪くする存在と化した。剣呑になるのも無理はない。

 威嚇混じりに西の(なま)りで応じると、ベアトリクスは怜悧な眼差しで受け流す。


「あなたの話ではありません。『三日剣聖』は今、何を」

「クシャナだよっっ!」


 ナタリーは噛みつきそうな表情で激する。


「次その呼び方したら──蹴るぞ」

「暴行ですか。野蛮な振る舞いに付き合うつもりは毛頭ありませんが」

「そっちが煽るような口きくからでしょーが!」


 がるるーっと唸るナタリーを、変わった生き物でも見つけたようにベアトリクスは眺める。

 自分が怒らせたというのに、まったく素知らぬ顔だ。


「時間の無駄なので、話を戻します。あなたの師匠である剣客はどこにいるのですか」

「さあねーっ。師匠にもプライベートってもんがあるんだよっ。

 どっかの誰かさんに討伐から外されたから、今ごろ三角帽子をかぶってすやすや寝てるかもねっ」


 ナタリーはぷいっとそっぽを向く。


 ──境壁の様子や騎士たちの動きを確認してくれとクシャナに頼まれたと答えてやる義理はない。

 師匠は討伐から外されていようとも、魔獣(ジャバウォック)が現界する脅威を前に指をくわえて大人しくするつもりはなかった。

 とはいえ波風が立たないようにと、討伐部隊の動きや森の瘴気の状況については彼に代わってナタリーが偵察を頼まれたのだった。


 つまりはアーノルドを出し抜くつもりだ。


 ──そんな思惑を、剣聖の生徒なんかに知られるわけにはいくものかっ──

 と眼差しに強い意欲を燃やしていると、ベアトリクスが怜悧な目で見つめてきた。


「何かたくらんでおられるのでは?」

「な⁉ たたた……たくらみ⁉」

「はぐらかし方があからさまでしたので。今も動じておられる──なるほど」

「くっ、こいつ……、謀ったんか……!」


 ナタリーが思いっきり動揺してしまった時点でこの問答は詰んでいたのだが、それを指摘する存在はこの場にはいない。


 かくなる上は、ここで剣聖の徒弟を封殺するしかない。ええっと、どうやって……

 ナタリーがぐぬぬと睨みつけて考え込んでいると、ベアトリクスはぽつりと問うてきた。


「なぜあなたは、『三日』──いえ、クシャナを師と仰いでいるのですか」

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