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第十九話 〈真髄〉の産声

 (くび)()ねた魔獣(ジャバウォック)の骸を前に、セオドールは膝をついたまま動かなかった。


 傍らには、血塗れのまま動かないクロエの亡骸がある。


 辛うじて太刀を握りしめているだけの背中を見ながら、クシャナは負傷で動けずにいる残り九人を介抱する。

 介抱と、言うべきなのだろうか。

 みなが身体のあちこちを欠損させ、四肢を失い、あるいは血塗れで、息の絶える寸前だった。

 今際に在る者にそっと触れ、名前を呼び、最期の言葉を聞き受ける──

 介抱ではなく介錯に近い。クシャナはゆっくりと冷たくなっていく仲間たちを弔うことしかできなかった。


 記憶の限り、クシャナは魔獣(ジャバウォック)に猛攻を注ぐ彼らを援護し、あるいは囮になり、盾代わりに攻撃を凌いだ。仲間が全力を発揮すれば魔獣を(たお)せると信じて。

 みな、間違いなく強かった。攻撃を受けようとも怯まず魔獣に立ち向かい、刃を振るった。


 だが、彼らは目の前で次々と犠牲になっていった。

 これが現実だと、まだ思考は受け入れられない。

 ただ、血塗れの仲間たちの反応がクシャナに現実を突きつける。


「…………ぅ…………」

「ルイス。聞こえてるよ」


 細かく震えるその唇に耳を寄せると、か細い声が絞り出された。


「……た、のむ、クシャナ……」

「……」


 言葉の意味を理解したクシャナは、無言で己の太刀を取ると。

 その刃で、仲間にとどめを刺す。

 クシャナは躊躇(ためら)わなかった。これが仲間への慈悲だなんて崇高なことを宣うつもりもない。

 ただ、魔獣(ジャバウォック)に恐れず戦い生き尽くした者を苦しみから解放したい一心で。

 クシャナは息の残っていた仲間の望みを受け、彼らを刃で弔った。

 魔獣を斃すべき刀は仲間たちの血を吸い、その命を奪う。






「二人か」


 死に包まれたその地でどのくらい時が経ったのか。

 その男が佇んでいた。

 頸を斬った魔獣の骸を確かめ、周辺で息絶える候補者たちを眺め、生き残った二人の男を掘りの深い眼窩(がんか)から鋭い視線で刺す。


 夜霧に佇む、幽鬼のような不気味な気配だった。

 血の気のない白い肌に、銀髪のオールバック。骸骨を思わせる細身だが、歩く姿には重々しさすら感じられる。老齢にさしかかろうかという相貌には年齢を無視した威圧がある。


 傍に控えている黒服──〈七聖(セプテム)〉の使いとしてクシャナたちの案内を担っていた者がそっと耳打ちすると、白銀の男は進み出た。


「魔獣を仕留めたのはお前だな」


 膝立ちのまま茫然とするセオドールは何も答えられない。

 白銀の男は彼が手にする太刀を鋭い目で見ると、小さく口の端を吊り上げた。


「〈真髄〉となったか」


 それだけ言う。セオドールの脇に横たわるクロエの亡骸など目もくれない。白銀の男の関心はもっぱらセオドールの手にある刀刃だけだった。


 反応できずにいるセオドールをその場に、男は次にクシャナの方を見た。

 仲間の弔いを果たした抜き身の太刀を手にしていたクシャナが反射的に身構えると。


「──お前もか」


 男は意外そうに呟いた。


「一人仕上がれば上々と見ていたが、クク、なるほど。そういう成り立ちもあり得るか……」


 その目はクシャナの太刀を興味深そうに見つめている。

 その視線につられるようにクシャナは手元の太刀を見る。


 瞬間。

 太刀の柄がどくんと脈打った。


「──⁉」


 血と骨を思わせる刀剣が潜めていた息吹を解放したかのようだった。

 不気味な目覚めを思わせる蠢きに、太刀を手放さないように力を籠めるので精いっぱいだった。

 何がなんだかわからず、クシャナは反射的に男を睨み、口を開いていた。


「あんたは誰だ」


「〈七聖(セプテム)〉の剣聖『一人目』ノウマン」


 鋭い目から注がれた視線にクシャナは凍り付く。首筋を刃で撫でられたような致死の迫力だった。


 ──こいつが、剣聖の『一人目』


 わざわざ剣聖を任命するため、この場に。いや、使われた武器が〈真髄〉となったか否かを直接確かめるためここに来たのだと思われた。

 それほどに、ノウマンは生き残った者の()()しか見ていない。

 あちこちで血塗れを晒す亡骸になど、微塵の関心も存在しえない眼だった。


 ──もしや剣聖の選抜とは。

〈真髄〉を作り出すための仕組みではないのか。人の命を(なげう)ち、犠牲にすることも厭わない──


 ノウマンの眼を見たクシャナは、冷たくもゆるぎない確信を覚えてしまう。


「〈真髄〉が二振りも仕上がったのなら上々としよう。

 この二人を剣聖とする」


 ノウマンは思い出したように二人を剣聖に任命すると、踵を返しその場を去った。

〈真髄〉の完成を喜び、ついでにその刃を手にしていた二人を剣聖にする。

 ただそれだけのやりとりで、クシャナはノウマンという存在の異常性を断定する。



 剣聖の『一人目』ノウマンが彼ら二人の武器を〈真髄〉と認めた。

 この事実を以て、その日〈七聖〉は『六人目』と、異例の『八人目』の剣聖を迎える。






 それからは瞬く間の出来事だ。

 なにせクシャナにとっては三日だけだったのだから。


 翌日──つまりは剣聖になって二日目、二人は大陸中央にある〈七聖(セプテム)〉の本部に連れられ、正式に剣聖と任命された。


 本部で任命を受けた日は、当時の剣聖と数人顔を合わせられた。

 うち『三人目』であるアーノルドは当惑を隠そうとしなかった。


「『八人目』……? 本気でノウマンの御意志だというのか?」


 信じられないとばかりにアーノルドがすれ違いざまに呟いていたことを思い出す。

『八人目』として居心地の悪さを誰よりも感じているのはクシャナ自身だ。


 だが、今そんなことは些末な問題に過ぎない。

『六人目』と任命された、傍らの剣聖を覗き込む。


「セオドール、平気か?」


 彼は魔獣(ジャバウォック)を斃した昨日以来、人形のように表情を失っていた。

 クシャナの呼びかけにも、辛うじて機械的な反応ををするだけだ。


「ああ」

「討伐直後なんだ。無理するなよ」

「問題ないよ」

「そうは見えないぞ」

「そうだとしても、俺はこれから戦うしかない」


 セオドールは顔をあげるが、その眼差しは虚空に浮いていた。


「俺は剣聖になった。この刃は〈真髄〉になった。戦わなければ──すべて無意味になる」

「……」


 クシャナは何も言えなかった。

 セオドールのいう「すべて」に含まれているのは、共に戦い犠牲になった仲間に違いない。

 そしてその多分を占めているのは、自分を認めてくれて彼が心から慕っていたであろうクロエだ。

 この剣を振るって戦わなければ。

 使命感に駆られているセオドールの虚ろな目を、クシャナは黙って見つめるしかできなかった。

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