第十八話② 十年前、剣聖の候補者たち
誰かが乾いた声で口走った。
「昔剣聖の討伐で見たことある、この刀身と柄の意匠──まるで──」
茫然とした声は途切れてしまうが、他の者もこの光景を前に言葉が出ない。
〈真髄〉だと目される武器の数々。長剣から細剣、曲刀や長槍に至る刀刃を持つ武器がずらりと空間を取り囲んで並べられている。
みなを圧倒させているのはひしめく武器の、身姿だった。
どの武器も刀刃は淡い輝きを帯びた曇りのない白。柄や鍔といった刃以外の箇所は淡い紅が迸っている。一体どんな素材から造り出されたか想像もつかない。ただ骨と血を思わせる生々しさと威容に、武器に見慣れているはずの剣聖候補者たちは気圧されていた。
「──その通り、これは〈真髄〉の前身ともいうべき存在」
〈七聖〉の使いはこうした案内を長く口にしてきたのか、滑らかに語り出す。
「貴君ら剣聖候補には、この〈真髄〉候補を使って魔獣を討伐してもらう。
魔獣を斃した者が剣聖となり、その者が手にする武器がすなわち〈真髄〉となる」
『──!』
一気に緊張が満ちる。
剣聖を任命するための選抜。それが同時に〈真髄〉を見出す試練でもあるということか。
「討伐の方法は自由だ。しかし魔獣は従来の討伐でいう一等ランクを遥かに凌ぐ存在であることを踏まえると、ここにいる候補者でまとめてかかるべき存在であることは付言しておく」
「はい。ちょっと気になることが」
さっと手を勢いよく上げて発言したのはクロエだった。
「全員で協力して、魔獣を斃せた場合はどういう選定がされるので? わたしら十二人が剣聖になれるんですか?」
全員で魔獣を討伐してやろうと算段立てているかのような強気な問いかけ。
対する〈七聖〉の使いの反応は平板なものだった。
「たとえ全員が無事であろうと、剣聖になれる者は限られている。その条件とは、手にする武器が〈真髄〉となり得たか否かである──しかし全員が剣聖になることはまずない」
曖昧な情報と確信に満ちた言葉とが織り交ざる。怪訝を覚えながらもクロエがさらに問う。
「ではこの武器が〈真髄〉になる条件というのは──」
「〈七聖〉の意向により機密事項とされている」
「種明かしはされないってことなのね……」
ふむ、とクロエはテンポよく情報を把握していく。
──候補生は指定された〈真髄〉の前身とされる武器を手に、魔獣の討伐に臨む。
その討伐を経て、自分の武器を〈真髄〉にした者が晴れて剣聖と任命される。しかし目の前に用意された武器がいかにして〈真髄〉となるのかは、機密であると。
ひとりと一振りが選ばれる。
選抜に臨む以上、やるだけやるしかない。
「では、各自武器を選び取ってもらおう」
「──あのー、ひとつだけいいですかね?」
のそっとしたクシャナの声が、その場の緊張感を瞬時に弛ませてしまう。
「なにか」
やや剣呑な〈七聖〉の使いの反応に気まずさを覚えつつ、クシャナはどうしても確かめたいことを問いかけた。
「魔獣がこの場所付近に現界することを踏まえての選抜っていうことだと思うんですけど、あの、万一ですよ、もしも万が一俺たちが討伐できなかったら、山を南下した先にある中級都市は大丈夫なんですか?」
「選抜のため、万全の備えは施されている」
そんなことか、と言いたげな口調で〈七聖〉の使いは応じた。
「すでに現役の剣聖が待機している。貴君らが全滅しようと魔獣の脅威に人々が晒されることはない。まずは己の身を案じるのだな」
「ああ、そういうことでしたら。安心しました」
あはは、とクシャナは笑うが〈七聖〉の使いはもう見向きもしなかった。
使いが立ち去ると、十二人の候補者たちはそれぞれ武器を検め始める。
「──太刀も数が揃ってる。東方の、わりとマイナーな得物なのに」
得物が同じセオドールとクシャナは頷き合う。
「よかったよ、候補者同士がギスギスする感じの選抜じゃないみたいで」
「それ、わたしも思ってた!」
ぽつりとクシャナがつぶやくと、クロエがぱっと反応した。
「候補者同士、一番強いのを決めるための殺し合いでも始まったらどうしようって。
──みなさんもちょっと想像しませんでした?」
「あ……それ、私も心配でした……」「俺も」「僕も」「自分もです」
あけすけで気風のいいクロエの言葉に、周りにいた候補者たちも声を集わせる。
不意に気持ちを通い合わせられた一同は、そこで「よかった」と顔を見合わせた。
「よーし!」
いい空気感を、クロエは明るい声でまとめ上げた。
「こうして一緒の選抜になったのも何かの縁だし、みんなで魔獣の討伐がんばりましょう!
誰が剣聖になっても恨みっこなしで!」
「……剣聖は目指さなくていいのかよ?」
「だって〈真髄〉にする条件は結局不明だもん。だったら討伐がんばるしかないわ」
セオドールの指摘に、クロエはあっけらかんと言い切った。
「それは異論ないけど」
「──セオドールとクロエは知り合いだったのかね?」
気になっていたことをクシャナが尋ねると、二人は同時に頷いた。
「腐れ縁ってやつです」セオドールが肩を竦める。
「特に示し合わせたわけでもないのに、あちこちの討伐で顔合わせることが多くて。
二等ランク以上はチームが必須なので一緒に討伐も、」
「すっごい才能あるのよ、セオドールは」
クロエがセオドールの肩に手を置いて、嬉しそうな表情を寄せる。
「わたしの四つも年下なのに、すごい見応えある剣客で──だからいつかきっと剣聖になると思ってたの。今回の選抜、期待していいわよ」
「なっ、なんでクロエが俺のアピールをするんだよ」
「それはもちろん、『あいつはわたしが育てた』って後で言いたいからよ」
間近に迫るにっこり笑顔に、セオドールは面映ゆそうに目を逸らす。
微笑ましい二人のやりとりに、クシャナも頬を緩ませた。
「そりゃ楽しみだ。クロエもご慧眼ですなぁ。これほどの才能を早くに見出すとは」
「……クシャナ、俺をからかう側に回ってない?」
セオドールのジト目に、周りにいた剣聖候補者たちも堪らず噴き出す。
──それから自然と、お互いの素性や討伐遍歴を挨拶がてら交わし合いながら、自前の武器を選ぶ時間になっていた。
みな経験上、チーム討伐に不可欠な協調性を培ってきたのだろう。短い時間で打ち解けつつ、ほどよい緊張感も共有し合うことで候補者たちの雰囲気はいいものになっていた。
クシャナはセオドールはじめ前途有望な若者たちを支える形で動こうと考えていた。
剣聖になるのは若者に任せて、誰も犠牲にならないように戦えればそれでいい。
──直後、魔獣の現界が確認された地に十二人は駆け付けて。それから。
クシャナの記憶は衝撃に掻き回されて曖昧だ。
魔獣は強かった。輝かしい才能を誇る者たちが束になっても敵わないほどに。
ずたぼろの記憶で確かなことが二つある。
一つは候補者の犠牲の果てに魔獣を斃したセオドールの太刀が〈真髄〉となったこと。
もう一つは。
犠牲者を弔うために使われたクシャナの刃もまた〈真髄〉となっていたことだ。




