第十八話 十年前、剣聖の候補者たち
十年前。クシャナは三十二歳で剣聖の選抜に指名された。
剣客として長年やってきたことが報われたのだと、ほっとしたのが正直なところだった。
剣を手にして生きようと決めて、しかしその一方で天賦の才はないと自覚していた。だから剣聖になれることはおろか、その可能性があるだなんて想像すらせずにいた。
十五年も経って、剣客にとって最高格である剣聖に自分が評価されようとは。
──長年こつこつやってきて、その成果がたまたま剣聖の目に留まったのだとは思うが、自分にもこんなことがあるんだな、と驚きもする。
自分を候補者とした剣聖が、現役の誰なのかは知らされなかった。
もしも剣聖になれたら、今は見ず知らずの恩人といつか共に戦うときがくるのだろうか──いや、気が早いか。そもそも剣聖になれると決まったわけでもなし。
安堵と浮かれ心地のまま、クシャナは〈七聖〉の使いに招かれ選抜の地へ。
大陸北部の山奥に、その孤城はあった。
尖塔を束ねたシルエットが特徴的な古典建築様式の寂れた城。どんな歴史を経てこんな山奥に建立され、なぜ主を失ったのか知る術もないが、〈七聖〉によって集められた剣聖候補たちが一同に会する場所となっている。
城内の大広間に集められたのは、十二人の剣客。男女まばらだが、どの顔ぶれもきりりと自信に満ちている。十代、二十代がほとんどで三十路越えのクシャナが妙な目立ち方をするほどだった。
候補者たちの前に立ったのは〈七聖〉の使いを名乗る執事のような黒服姿の男だった。オールバックの髪に年齢不詳の鉄面皮は、王の御触書を読み上げるように朗々と剣聖候補たちへ告げた。
「今回の選抜は先の魔獣討伐で戦死した『六人目』の剣聖を補うためのものである」
「『六人目』……?」
欠けた剣聖を補うのなら、今回選ばれる者は七人目になるのではないか。
「──背番号みたいなものらしいですよ」
クシャナのつぶやきに反応したのは、涼し気な目元の青年だった。黒髪に、月の光を思わせる銀灰色の瞳。自然と傍らに佇んでいた彼が腰に佩くのは、微かな反りを帯びた刀──クシャナと同じ太刀だった。
「〈七聖〉を創設した最古参の剣聖ノウマンを『一人目』に、任命された順に数があてがわれ、新任者はその数を引き継いでいるみたいです」
青年の話に、なるほどとクシャナは顎に手をやる。
「てことは『六人目』になれたとしたら、『七人目』の先輩がすでに在籍しているんですかね」
「そうなりますね──すみません、緊張して勝手に話しかけてしまって。セオドールです」
同じ得物を持つよしみと、穏やかな物腰にクシャナは早速気を許していた。
「どうも、クシャナです。いや、お若いですねぇ」
「十八になります」
「そりゃすごい。前途有望ですね」
「いえそんな。どうして選ばれたのか自覚もないし、いまだに驚いているくらいで……」
「セオドールも? それは意外な。……あのー、よかったら気さくに喋りませんかね?」
「はい、ぜひ──じゃなくて、よろしくどうぞ」
剣聖になるべく競い合う者どうしとは思えないほど打ち解けてしまう。
セオドールの醸す雰囲気のおかげだと緩んだ矢先、
「──そこの剣客」
〈七聖〉の使いによる声が、不意に差し込まれた。
思わず背筋を正したクシャナに〈七聖〉の使いがじとっとした目を向けてくる。
「選抜を受ける気はあるのか?」
凛々しいセオドールに対し、へらっとしていたせいかクシャナひとり目をつけられてしまった。
「ありますあります。すみません」
最年長者の慌てふためいた反応に、一拍間をおいて「ぷっ」と笑いが零れた。
「大人なのに、怒られてるところ見ちゃった」
こちらを振り返った黒曜石を思わせる双眸の艶が、いたずらっぽく煌めく。
短い黒髪のくせ毛が耳元ではねている。あどけない少女の眼差しだが落ち着いた物腰から二十代と察せられる。細身に寄り添うように帯刀している得物は細剣だった。
「おい、クロエっ」
知り合いだろうか、セオドールが咎めるとクロエはおどけて肩を竦める。
「ほら、セオドールもおしゃべり注意されたんだから謝りなさいよ」
「う……すみません……剣聖の選抜を受ける気はありますので、お願いします」
たじたじとセオドールが頭を下げると、途端に空気が柔らかくなる。目を合わせて笑いだす剣聖候補たち十二人を前に、〈七聖〉の使いである黒服だけが気を悪くしてへの字口になる。
候補者から『六人目』の剣聖を選び出す。
才能と素質を見出された逸材からさらに選りすぐりの存在を見出す方法。それは──
魔獣の討伐だった。
「魔獣を? 俺たちが? でも──」
愕然と声を上げたのは、ひとりだけではなかった。今度は不安な顔を見合わせる彼らに、〈七聖〉の使いは慣れた様子で首肯する。
「魔獣を斃すことができるのは、剣聖が持つ〈真髄〉であることは万人共有の事実。
貴君らには〈七聖〉が用意した武器を選び、それをもって魔獣を討ち斃してもらう。この刃には魔獣を斃しうる力が内在されている。それを目覚めさせるかは貴君ら次第である」
そう言って広間から別室に連れられた十二人は、そこに居並ぶ武器と対面する。
「……! これは──〈真髄〉じゃないのか?」




