第十五話② 剣聖が一人、アーノルド
しん、とした空気にアーノルドの声が響いた。
「今さらお前が何の役に立つ。この世界にお前のような──『三日剣聖』などという穢れ堕ちた存在に価値はない。今すぐにでも消えるべきだ」
その言葉は討伐のため広場に集った者全員の耳に届いた。
『三日剣聖』がたちまちに特定され注目を浴びる。剣聖による情け容赦ない言葉とともに。
侮蔑に通じる感情が、たちまち一同に共有されていく。
「っ!」
ナタリーが気配を尖らせる。
険しい表情でアーノルドに喰ってかかろうとすると、
「──引かないつもりか?」
すかさずアーノルドが問いかけると同時にナタリーへ目をやる。
ナタリーはびくっと動けなくなった。
アーノルドの一瞥で、斬り伏せられたかのように。
実際に彼は視線でナタリーを斬り捨て、クシャナに目を戻していた。
「本来であれば、剣聖を剥奪された時点で裁かれるべきだった。〈七聖〉の判断とはいえ疑問でしかない。なぜお前のような死して償うべき汚点を、生きて残しているのか」
強い抑制を利かせた声音だが、いつ斬りかかってもおかしくない。
竦み上がりそうな彼の気配を受け流すように、クシャナはゆるく肩をそびやかした。
「邪魔はしない。俺でも役に立てればと思って参戦してるんだ。気にしないでくれ」
「ただの邪魔や役立たずならまだマシだ。
『三日剣聖』が居るだけで、現場の士気が下がるとわからないのか」
「──そりゃあ言いがかりにならんかね?」
クシャナは宥めるように声を和らげる。
「アーノルドが絡んでこなければ、俺はこの場でただの一剣客だったはずだ。
俺に周りを盛り下げるつもりはない。戦力のひとつとして扱ってくれよ」
「信用ならない」
冷たく硬い、鋼を思わせる声音は取り付く島もない。
「──お前は我が隊に付ける。余計な動きをすれば幼魔獣ごと即時に斬り伏せる」
罪状でも告げるように、アーノルドは断言した。
「なんなんあいつは……!」
領地境の門を抜け、森へと向かう移動のなかでナタリーが声を絞り出した。
怒りのまま喚きたいところだが、同じ隊で先頭を率いているのは「あいつ」ことアーノルドだ。
案の定、直後の雰囲気はお世辞にも居心地の良いものではなくなっていた。アーノルドに『三日剣聖』と名指しで特定されたクシャナには、同じ隊員から物珍しさと侮蔑の視線が送られる。
「なんでこいつが」「邪魔になりそうだ」「関わったら間抜けがうつる」「縁起でもない」
と距離を取りつつ聞こえよがしに話している。
その場でじたばたして怒りを発散しようとするナタリーをクシャナは暢気な目で眺める。
「さすがに直接ぶつかるのは我慢したか。えらいぞー、ナタリー」
「褒めるところじゃないんやがっ」
キッと悔しそうな目になるナタリー。感情的なせいか西の訛りも駄々洩れだ。
「む、ぐぅ……あの剣聖の目に留まるために目立とうなんて考えてた自分がばかみたいだよっ。
師匠をあんなバカにしやがって、あのやろうー……!」
剣聖アーノルドを睨むが、ぐ、とすぐに視線を落として呻く。
「でも、全然動けなかった……っ。もしあそこで蹴りてたら、きっとあたしが斬られてた……!」
「おぉい、思ってた以上に過激なこと考えてたね?」
クシャナはひやりとしながら息を吐く。
「よかったよ、思いとどまってくれて」
「良くないっ。悔しいっ。もう、なんなんあいつ」
「あいつとは?」
「──んぐぉ⁉」
真後ろからの声にナタリーがくるっと振り返ると、アーノルドの徒弟・ベアトリクスがいた。
アーノルドから離れ殿にいると思ったら、いつの間にやら接近している。
驚くナタリーの反応に構わず、ベアトリクスはしんとした表情だ。
「『あいつ』とは──漏れ聞いた会話から察するに、剣聖アーノルドのことでしょうか」
「……そーやけど。あらたまって尋ねんでよ」
動揺と妙な質問に不意を打たれて訛り気味のナタリー。
「やや敬意を欠いた発言です。あなたは先生に敵意があるのですか?」
「なんなんその質問は? 敵意はないけど好きくないんやが。もう嫌いまであるよ」
「見過ごせませんね」
ベアトリクスの声はどこまでも平静で感情に乏しい。しかし一点においては鋭い反応を垣間見せる。
先生──剣聖アーノルドの妨げになりうる、という要素において。
「剣聖アーノルドは一意専心して魔獣を斃そうとしておられる。その所業を害しうるというのであれば、わたくしがあなたを排除します。何を置いても、必ず」
「なぁーんでそういう話になるんよ⁉」
ついにナタリーが堪え切れず荒ぶる。
「あたしは剣客として腕を上げるために討伐に出とるの! 魔獣の討伐への参戦もそのため!
あんたの剣聖がどこで何してようと知らんし! 妨害なんてするかあ!」
当初は剣聖に注目してもらおうと画策していたナタリーだがすっかり方針が変わっている。
ぷんすかと啖呵を切るナタリーを、やはりしんとした表情で受け止めるベアトリクスは、
「そうですか」
と、素っ気ない。
「それならば結構です。ご助力を感謝します」
「べつにあんたのためじゃないんやがっ」
「ですが、くれぐれも先生の邪魔になる真似は慎むように。剣聖の所業を鈍らせるなど、罪深いことですので」
「…………」
これまで言い返していたナタリーもさすがに言葉を失っていた。
口を開けたまま固まる彼女を放って、ベアトリクスは隊の先頭──アーノルドのもとへ向かう。
「緊張感あるねぇ~」
弛み切った暢気な口調でクシャナは呟いた。
二人の女性剣客のやりとりを緊張感皆無で眺めてはいたものの、なかなかのものだった。
何が「なかなか」って、もちろん剣聖アーノルドに対する徒弟ベアトリクスの崇敬ぶりだ。
すでにアーノルド本人から「余計な真似するな」と重々釘を刺されていたのに、あらためて徒弟から「邪魔するな」「罪深い」ときたものだ。
『三日剣聖』である自分にケチがつけられるのはともかく、ナタリーからすれば堪ったものではないだろう。まっとうに討伐に参戦しただけなのに、勝手にいちゃもんつけられたのだから。
「きっ…………っ」
ふつふつと怒りが煮えたのか、ナタリーが全身をワナワナさせ始める。
「…………きーーーーーーー……!」
奇声を懸命に抑えたへんな声。騒ぐと討伐から外されることを危惧したのだろう。歯の隙間から漏れる音が健気だ。
クシャナは小刻みに震えるナタリーを見守りながら、
「その悔しさが、いつかおまえさんを強くする……かもしれない」
励ましておいた。




