第十四話 弟子の可能性
集団幼魔獣の討伐を終えた自警団本部応接間で。
クシャナは団長のボーデンと向き合っていた。
ボーデンは自らの拠点にいるにも拘らず、筋骨のある巨体を縮こまらせ、目を伏せている。
──糾弾するつもりはない。クシャナは軽く問うた。
「集団の脅威は取り除けたってことで問題ないんだよな?」
「……ああ。討伐直後、周辺の偵察と調査も完了している。
領地周辺の幼魔獣の気配は当面取り除けたと確認できた」
「それは何よりだ」
ボーデンは俯いたままだが、確認内容について誤魔化している気配はない。
クシャナは頷くと立ち上がった。
あっさりとした様子に、ボーデンの方が思わず顔を上げたほどだ。
「なっ……何も言わないのか」
クシャナは相手の視線を確保するようにじっと見据えた。
「俺から話すことは何もない」
「…………だが……」
ボーデンは声を途切れさせたきり、ぐっと黙り込んでしまった。
幼魔獣集団を把握しておきながら慢心し、領主に地位を要求するなどという交渉に及んだ──それ厳然たる事実だ。
その驕りが、今回「共食い幼魔獣」という結果を生み出したことも含めて。
交渉にかまけて悠長に幼魔獣を放置したことで、うち一体の幼魔獣が共食いし従来の火力が及ばない魔獣化寸前の脅威と化したのだ。弾劾次第では職務怠慢では済まされない。この領地がまるごと潰滅していたかもしれないのだから。
この土地の自警団として、取り返しのつかない過ちに陥るところだった。
屈辱か、羞恥か、ボーデンの内心を巡るものをクシャナは察すると──
さすがに何も言わずに立ち去るのもお互い後味悪いか、と考え直す。
「俺の弟子との勝負はうやむやだが、今さら勝敗つける必要はないよな」
軽い口調に、ボーデンがぎこちなく顔を上げた。
「あ、ああ」
「今の領主に不満がないのなら、引き続き領地の自警団として励んでくれ。今回、正直際どかったろ」
「そうだな……ああ、その通りだ。自警団として一層引き締め、この土地の平和を守る」
ボーデンは頷くと、自らに言い聞かせるようにはっきりと口にした。
「…………それなら安心だな」
クシャナはその表情を見つめ、それだけ言う。
──この世界では魔獣を唯一斃せる剣聖しかり、幼魔獣を斃せる者は文字通り生命維持機関だ。その存在は重宝され、言動は何においても優先される。
それが幼魔獣を斃すためなら、彼らのどんな理屈もまかり通せるという意識に繋がっている。
先日の、討伐チームの命を簡単に奪う剣客らにしてもそうだ。幼魔獣の討伐が何より優先されるようになったこの世界で、討伐できる者の挙動に多少の逸脱や驕りがあっても許されると。
なぜならそれを非難すれば、剣客から守ってもらえなくなってしまうから。
下手をすれば剣聖から見捨てられ、魔獣が現界した土地を守ってもらえなくなってしまう。
力ある者の欺瞞が、当然のように蔓延している世界で。
ボーデンはその認識にどっぷり浸かっていたが、今回の討伐で目が覚めたようだ。
慢心を払拭し、自警団として幼魔獣の討伐に従事すると明言されたのでクシャナからそれ以上言うことは何もない。
挨拶もそこそこに、自警団本部を後にした。
「師匠!」
領地の繁華街の人混みから、クシャナを見つけたナタリーが明るい声で駆け寄ってくる。
「役所でロルフさんから討伐の報酬受け取ってきたよ! すごい金額だった!」
「数が数だったからね」
勝負の行方については、討伐後に自警団から役所へと話が通っているはずだ。
結局領主の地位交渉自体、話はナシに。自警団は引き続き領地の平和を守護すべく務める──という自警団からの声明でことは終結した。
そのついでに、いつも役所から自警団に支払われている討伐報酬のうち半分をクシャナたちが受け取ることになったのだった。
「へへーっ、今までの最高額! 数字を見ると討伐の腕が上がってる感じがするなーっ!」
ナタリーは受領書に書かれた金額を眺め、ごきげんな笑顔満面だ。
「自警団もちょっとは反省したかな。幼魔獣を放置してたせいで共食いなんてバケモノ級相手にする羽目になったんだからさっ」
「大いに反省はしていたよ。ナタリーも挨拶したかったか?」
「んーん。べつにいいや」
ナタリーは即答する。
「反省したんならこれからは真面目に討伐するだろうし、領地の人も安全だし、問題なしだよ。
そうだっ、あの団長は師匠のことちゃんと見直してた? 失礼な態度きちんと謝ってた?」
「そこ大事かね?」
「そりゃそうだよっ。わからせないと」
あっけらかんとした口調に、クシャナは微苦笑した。
──彼女の成長のため、人との揉め事には悩まされずに剣技や討伐に集中してほしいと思っていたが、どうやら自分の取り越し苦労だったようだ。
ナタリーは腕を磨きながら、きちんと人と状況を見て思考している。今回自警団長に突っかかっていったのも、一刻も早く討伐しなければ領地が危険だったからだ。欲をかいて地位を求めた自警団を真っ向から糾弾するよりも、勝負ごとにして全体を動かした。
即行で討伐にことを運べたのは、ナタリーが状況を見極められたからに他ならない。
命がけの討伐だからこそ生まれる人同士のいざこざにも彼女は目を向けている。清濁を併せ呑んだうえで行動し選択する気概を、ナタリーはきちんと持ち合わせていたのだ。
「ナタリーが逞しくてなによりだ。俺の杞憂だったか」
「? なんか心配事?」
「我が弟子は将来有望って話だ」
「よくわかんない。──それより師匠、買っておいたよっ」
すでに彼女の関心は別にある。
腰をくいと寄せ、弾倉ポーチの中身を見せてくる。
「ここの繁華街の武器屋ぜーんぶ当たって、あるだけ銀弾入手した!」
「おお、でかした──二十発か」
ポーチの中で鋭い鈍色が独特の光を凝らせている。
「貰った報酬ほとんど使っちゃったよ。よかったの?」
ポーチを閉じつつ、言いつけ通りに銀弾を調達したナタリーがあらためて訊ねる。
「ああ。銀弾は使えるし、俺もその効果を詳しく見ておきたいんでね」
通常弾の軽く十倍はする値段だが、報酬を手に入れた直後クシャナは銀弾を入手するようナタリーに頼んでいたのだ。




