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第十三話② 迷いなき銀の弾丸

 ナタリーは地面を蹴り、共食い幼魔獣(コクーン)の脚を踏み、自らをピンボールのように弾け飛ばす。目にも留まらない動きのなかで、関節周りや鱗の隙間──刃の通りそうな部分を狙っては斬り刻んでいる。


 硬度が売りのナタリーの銃剣は、幼魔獣の硬さに競りはできるが勝ちきれない。

 やはり軽い刀身による攻撃力の限界値のせいか──

 斬りつけた勢いで共食い幼魔獣の下半身まで転がったナタリーを、後ろ脚の蹴りが襲う。


「──っ、そ────ったらぁあ!」


 転げて立ち上がった直後、整わない体勢のままでもナタリーは冷静だった。迫る爪の速度角度強度を見切り、振り上げた刀身を爪先に接着、弾き上げる。


 キギィン──、と苛烈なパーリング音が空気を引き裂く。


 腕が吹き飛びそうな衝撃で身体が後ろに跳ぶ。小さな身体が凄まじい勢いで宙を旋転した。

 烈しい回転のなかで、ナタリーは身を丸めたまま銃口を構え、引き金を絞る。

 ドン、と吼えて飛び出したのは薬室に一発だけ残っていた通常弾だ。ナタリーを蹴り、振り上げられた共食い幼魔獣の後ろ脚、その足裏に弾丸がどふっ、と食い込む。

 さすがに足裏に鱗はない。堪らず幼魔獣が絶叫する。


「──あーくそぉっ、さすがに追い打ちは無理かっ!」


 着地するや銃を構えるが、共食い幼魔獣(コクーン)は足元に黒い瘴気をわずかに飛沫(しぶ)かせるのみ。

 距離を取るや、その身を振り回し遠心力たっぷりの尻尾で辺りを薙ぎ払う。


「ぅどわあっ!」


 ナタリーは尻尾に追い回されるように全力疾走する。


『わあ──!』


 周囲で他の幼魔獣(コクーン)の討伐に追われる自警団までもが巨体による怒涛に巻き込まれていた。


 ──これ以上距離を取られたら、好きにされる。


 尻尾の一掃直後、ナタリーは地面すれすれを滑るように疾った。

 共食い幼魔獣の胴体沿いに上半身からさらに頭の方へ。

 すかさず頸をぐるりと巡らせた幼魔獣の顔面が迫る。


「こんのぉ──っ」


 (あぎと)から剥きだされた牙が迫近する。急停止し、パーリングを仕掛けようとして──

 咆哮とともに骨板から瘴気が蒸気のように噴出、ナタリーを狙って噴き迫る。

 一瞬にして目の前が霞む。


「──っく、」


 防御も回避もできず、立ち止まったナタリーに牙が迫る。

 どし────っ、と鈍い音が眼前で迸った。

 クシャナが瘴気を真横から切り裂いていた。


 幼魔獣の口元──顎の付け根に太刀が刺さっていた。強烈な横殴りでの刺突。鱗のない箇所への一撃は餌食寸前だったナタリーのためとはいえ、自分から共食いの口元に飛び込んだようなものだ。

 鱗以外なら刃で斬り込める。

 だが、斬りつけられたからといってダメージに直結しないのが幼魔獣の厄介なところだ。

 殴り刺された頭部から刃を引き抜くと、すかさず共食い幼魔獣の顎がクシャナに迫る。


「師匠!」


 ナタリーは叫ぶと同時に引き金を引いていた。

 弾丸が(はし)り、キン、と鋭い銀が空気を裂き。


 ズシッ──と硬く重い衝撃が閃く。

 装填していた銀弾(アルゲント)の一発目。


 その初撃は幼魔獣(コクーン)の片目を撃ち貫き、さらには着弾直後に炸裂していた。

 着弾した内側から、表皮の鱗を弾き飛ばしながら。


「────⁉」


 その一撃にナタリーは息を呑む。


「効いたっ⁉ ──効きすぎてないっ⁉」


 火力や刀刃では全く叶わなかった共食い幼魔獣に、初めてまともに被弾した。

 眼前の光景にクシャナも瞠目(どうもく)している。驚いたのはナタリーも同じだった。一度の試射で射程距離は確かめていたが、火力の規模は初めて目の当たりにしたのだ。

 標的に着弾した瞬間、内側から炸裂する特殊な破壊力があるなんて──


「!」


 電流のように閃きがナタリーの全身を貫いた。

 直前にクシャナが繰り出した鱗のない箇所への斬撃。そして偶然にも眼球に当たった弾丸。

 これらを確実な攻撃にすれば──!


「ナタリー! 狙えるか!」

「──やる!」


 師匠も同じものを見出したんだと感知し、ナタリーは応えた。

 瞬間で、クシャナが動く。

 片目を撃ち貫かれ、絶叫する共食い幼魔獣。吼えて広がる顎に向かって、クシャナは飛んだ。

 宙空で抜刀、その場に幾筋もの斬閃が迸る。

 宙にありながら、膂力で重さと速さを最大限にしたクシャナの刃が、幼魔獣の口内に斬り込む。

 その身が宙にあるのは僅かな時間だ。しかし目にも留まらぬ連続斬撃が、まるで重力を無視しているかのようにその滞空を長大に見せた。

 斬閃が止み、クシャナの目の前に現れたのは、口角を斬り裂かれ口蓋を広大に晒した共食い幼魔獣の無惨なまでの顎だった。

 牙と絶叫がその口内から剥きだしになる。そこは鱗に覆われていない脆弱点であり、頸に最も近い狙いどころだ。


 ナタリーは引き金を絞る。

 ドン──ッ! と轟音が肚の底まで響く。


 落ちた下顎に銀の弾頭が刺さると──

 内側から炸裂。鋭く眩しい銀閃が咲く。開花の勢いで顎が吹き飛び、黒い血と瘴気が瀑布(ばくふ)と化して噴き散らされた。

 共食い幼魔獣の絶叫が轟く。

 大気が震え、周囲で他の幼魔獣を討伐していた自警団までもが反射的に動きを止めるほどの大音量。


「──まだまだあっ!」


 ナタリーは駆け出した。

 疾走しながら共食い幼魔獣(コクーン)との間合いを詰める。黒い滝の河口と化した顎に銃口を据え、さらに銀弾を撃ち込む。


 瘴気を裂いて、銀弾は次々と幼魔獣の顎に食い込んだ。直後銀が閃き、火薬が爆ぜ、白銀と赤黒い花が重なりながら咲く。次々と鱗や頸の肉片が弾け、凄惨な炎の花が繚乱する。

 着弾直後の炸裂──銀弾(アルゲント)でしか見たことのない弾丸作用だった。

 魔物を感知し、魔を祓う瞬間力を発揮して閃く銀の魔力──古いおとぎ話を目の当たりにしてしまったような光景だ。

 銃声と爆発、共食い幼魔獣の内側から肉が裂け、鱗が弾け、絶叫が競うように混ざる。聴覚が潰れそうだ。


 ナタリーはさらに共食い幼魔獣の頸との間合いを詰めた。

 銀弾によってずたずたになった顎の惨状は頸にまで達していた。高硬度の鱗は内側からの破壊に用を為さず、もはや頸は肉と骨のみになっていた。破れた喉からおぞましい絶叫が空間に散らかる。


「くっそぉ──、あと一発……!」


 手元の銃剣の残弾数を、ナタリーは苦々しく呟いた。

 これだけの成果をあげながら、肝心の銀弾はのこり一。

 この一撃であの巨木のような共食い幼魔獣の頸を落とせるのか?

 外せない。それ以上に、残りの威力を一部たりとも無駄にできないのに。

 微かな躊躇いがナタリーの指を引き金に留める。と──


「撃ち込め、ナタリー!」


 クシャナが吼えた。

 はっとナタリーが我に返ると、共食い幼魔獣の頸元にクシャナが飛び込んでいた。

 鋭い跳躍で瘴気を破り、爆散で炸裂した肉を晒す頸元へ──

 瞬きすら許さぬ剣閃を幾重も斬り込んでいた。

 共食い幼魔獣はもはや斬られるがままだった。頸の肉を斬り刻まれ、斬り裂かれ、斬り削がれる。

 赤黒い肉と瘴気が、幼魔獣の絶叫に熱せられ沸騰したかのように飛び散っていく。

 その先に──ついに頸の骨がほの見えた。

 瘴気の黒と肉の鮮やかな赤に塗れながら、ナタリーはそれが骨だと断定できた。


 あまりにも白いからだ。


 目を刺すほどの、強く明るく鮮烈な白。

 クシャナの斬撃によって暴かれた急所へ。

 ナタリーは銃口を据える。


 外すわけにはいかない。


 迷い躊躇い怯み──雑念が失せ、ナタリーはただ「狙い撃つ」ことに全神経と行動を(こご)らせた。

 引き金を引くまでの、一瞬のことだった。

 銃声がナタリーの指先で吼える。

 銀が閃き、見えないはずの弾頭を目で追えた──気がする。

 共食い幼魔獣の頸に弾が当たり、くぐもった鈍い音だけが耳朶を震わせる。

 手元から離れたはずの銀弾の感触を、気配として感じ取る。

 弾丸が、共食い幼魔獣の頸に喰らいついた気配だ。


 着弾が銀弾を覚醒させる。魔を感知した銀の作用のように。


 銀弾(アルゲント)は共食い幼魔獣(コクーン)の頸元で炸裂。内部破壊を果たしたその威力は衰えることなく、確かに着実に頸の骨をも撃ち貫き砕き散らせていた。

 黒と赤に塗れた炸裂に、異様なほど純白な幼魔獣の頸の骨が散り混じる。

 大輪の花が開くような、銀弾の爆散。

 そして──

 巨大な幼魔獣の頸が落ち、その重みが大地を打ち、地に立つ者の脚を震わせた。





 共食い幼魔獣(コクーン)を撃ち斃したナタリーの姿を、クシャナは見つめる。

 やはりあの共食い幼魔獣は魔獣への進化一歩手前だった。正直、この場の戦闘力で斃せるかも危うかったのだ。


 それを、ナタリーが変えた。

 彼女の放った銀弾(アルゲント)によって。


 銀製の、通常火薬入りの弾丸。ただのお守りだったはずの銀弾が。

 幼魔獣(コクーン)の頸に通用する、並外れた威力を持っているなんて。

 しかも〈真髄〉の必須すら要する魔獣(ジャバウォック)手前の存在を相手に。


 もしや──銀弾は幼魔獣のみならず魔獣すらも斃せる力を持っているのでは──?


 その予感がもたらすものに、クシャナは内心身震いを覚えていた。

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