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第十二話 肥大した脅威たち

 幼魔獣集団の討伐へ、一同はその日のうちに動き出した。


 領地の防衛のため本部に留まる団員を除き、団長率いる百名が武器を装備し討伐に出動している。クシャナとナタリーはその行軍の殿(しんがり)にちょんと付いて動く。

 今朝の時点で濃度の高い瘴気が西方で目視できていた。前日までの報告では二等ランクの幼魔獣(コクーン)合計八体が確認されているという。


「フン、八体か。討伐数を競い合うには都合の悪い集団だが──心配はあるまい」


 幼魔獣の群れが確認された地点に向かう道中、ボーデンは余裕そうだった。

 長年の経験で予測対処できる規模のようで、実績もあるのだろう。


 どうりで領主の地位を要求するなんて悠長な交渉もできるのか、とクシャナが考えていると。


「師匠、ちょっといい?」


 ナタリーが横からちょいちょいと袖を引っ張ってきた。


「ええっとね、師匠に相談というか聞きたいことが──」

「珍しいな、心配事?」

「師匠はさ、銃弾のストックって持ってないよね?」

「…………うん。ないけど。ん、ちょい待てナタリー?」


 思いがけない質問に、クシャナは嫌な予感を覚える。

 ナタリーはやけにきりっとした表情で、確定事項を告げてきた。


「銃剣の弾丸、切らしちゃった」

「なんですと」

「やっ、ちがうの、補充しようと思ってたんだよ!」


 ナタリーは慌てて背中の銃剣を手に取りながら、


「今朝ね、まずは自警団本部に行って、そのあとで町に戻って買い足そうって思ってたの! でもいきなり勝負になって、一気に討伐することになったでしょ。買う暇なくて、今気づいた」

「なるほど」


 クシャナは平淡な声で納得する。


「忘れてたわけね。命を左右する武器装備を整えるってことを。準備が生き死にを分けるといっても過言ではない討伐の世界で。自警団長を煽るのに夢中で今になって気付いたと。きみというやつは」

「…………ううううう~~~っ」


 ちょっとねちねち言い過ぎたか、ナタリーはみるみる顔を真っ赤にしていく。


「だって、勢いでつい前のめりになっちゃったんだもんっ! 不利な勝負かもって後で気づいたっ!」

「自分のことをきちんと顧るのはいいことだけど──気を付けないと」

「どうしよう師匠ーーーっ⁉」


 ナタリーが涙目で詰め寄って来た。

 説教も慰めも間もなく討伐という段階ではなんの意味もない。クシャナは現実的な提案をする。


「ボーデンに貸してもらったら?」

「やだよ、対決相手なのに! 恥ずかしいよダサいよー!」

「恥もダサさも命あってこそでしょーが。頼んできなさいって」

「む、ぐ、むぐぐぐぐぐぐ……っ」


 意地を張っている場合ではないことはナタリーも重々承知のはず。

 が、ナタリーは銃剣を握りしめていた手で、ふと自分の腰の弾倉ポーチを探り出した。


「────背に腹は代えられない……っ、ちょっと高いけど、コレ使おう」


 いつも銃弾を入れている装備。その奥から、チャリ、と金属音が立つ。


「おぉい? 銃弾持ってたんかい──て、それ……」


 取り出したものを目にした瞬間、クシャナが言葉を止める。

 ナタリーが手にしたのは弾頭の尖ったいわゆる尖頭弾だ。飛行安定性と貫通力が売りのライフル弾。

 いつも彼女が使うのと違うのは──


「銀製……? え、それ本物の銀か?」


 クシャナは目を瞠る。

 鈍い光を放つその弾丸は、「銀弾(アルゲント)」と呼ばれているものだった。


 ──およそ五百年前に人類史に登場して以来、銃器は刀剣とともに進化を遂げてきた。

 連綿とつづられる人類史には、神から授かり伝説の王が手にした聖剣のような、数多くの伝承が銃器にも存在する。

銀弾(アルゲント)」もそのひとつだ。聖性がある銀の武器は古くから「魔物を斥ける力を持つ」とされており、人狼の心臓を仕留められる銀弾、というのが伝承としては有名だ。

 無論、現実にはただの弾丸に魔力なんてものはない。架空の物語では人狼を唯一殺すことのできる銀の弾丸──その聖なる力なら、百年以上前に突如現界するようになった幼魔獣(コクーン)魔獣(ジャバウォック)にも有効のはずだ、というまことしやかな風説。


「最初は修行の励みっていうか、お守りのつもりで持ってたの」


 ナタリーは銀弾(アルゲント)をいつものライフル弾と同じように弾倉へと装填しながら答えた。


「実弾と同じ扱いでいけるんだ?」

「うん。ひとりで武者修行してたときに使ったこともあるんだ──お、薬室に通常弾一発残ってた」

「ちなみに効果のほどは」

「一発試し撃ちしたけど、実弾より射程距離がかなりあって使える感じだよ」


 がしゃん、と装填を完了したナタリーはきっぱりと断言した。


「でもあんまり売られてないから使うのもったいなくてさ。珍しいからちょっと高いし」

「今も武器として売られてるとは……俺も知らなかったな」


 剣客で銃には縁遠いこともあり、銀弾(アルゲント)=お守りという認識止まりだったクシャナは驚く。

 ナタリーが〝使える感じ〟と言うのなら威力は頼れるか。

 当面の銃弾の心配が解消したとはいえ、弾切れの心配は残る。クシャナは早口で、


「ナタリー、手持ちの弾丸使い切ってもいいから討伐はいつも通りにな。弾切れになったら自警団の人に借りるんだぞ? 後で俺も一緒に謝ったりお礼したりするから」


 ちょっと過保護かなと思いつつも、クシャナはちびっこに言い聞かせるような口調でナタリーに告げる。

 彼女の真っ直ぐさは頼もしさと危なっかしさを同時に存在させている。

 予期せぬ事態を前に命を危険に晒しかねない。漠然とした心配が芽生えてしまう。


「わかったようっ」


 クシャナの心境つゆ知らず、ナタリーは()ねた声を上げた。


「いざってときは、あたしも意地になったりしないっ。銃弾貸してもらうっ」

「素直でよろしい」

「親みたいな心配の仕方……あんまカッコよくないんやが」

「小うるさい師匠なもんでね」


 唇を尖らせるナタリーに、クシャナはさらっと言ってやった。

 自分が格好つけたところで、格好よくはならないし。






 陽も出て良い天気だったはずなのに、徐々に瘴気が増して視界が霞みだす。

 さらに進むと黒く濁った不気味な靄に包まれた。幼魔獣(コクーン)の姿は見えないが、気配はある。


 すぐ先から声が聞こえるからだ。


 幼魔獣の鳴き声が幾重も。会話をしているというより、威嚇や諍いを思わせる軋んだ声音だが実態は靄のなかで見えない。

 さらに濃くなる靄の手前で自警団長のボーデンが脚を止めて一同へ硬い声で告げる。


「まずは鋒矢(ほうし)の陣形を取り、群れを分断させる。その後は二手に分かれて手近の幼魔獣から迅速に(たお)せ」


 自警団員が声を抑えた低い声で「了解」と答え、各自身構える。落ち着きと緊張感が共存する、討伐に慣れた者たちの気配だった。

 殿(しんがり)にいるナタリーがさっと銃剣を手に取ると、ボーデンが視線をよこした。


「おっと、三日剣聖御一行様は自由に動いていいぞ。一体でも討伐できるといいな」


 わざわざ大きな声で告げると、団員も鼻で笑いつつちらちらと見てくる。


「あのやろう~……あたしの銃弾の射程範囲でなんか言っとる……!」

「こーらナタリー」


 さすがに引き金を引くことはないので、クシャナは口で咎めるだけにしておいた。


 勝負のかかった幼魔獣たちの討伐を前に、ボーデンは余裕綽々の様子だ。一同の臨戦態勢を確認すると、自前の大剣をさっと掲げ、黒く煙る瘴気を差した。

 ──無言の号令に、自警団が動き出す。


 瘴気が凝る空間に飛び込む。霞む視界で巨体を目視すると、幼魔獣たちも反応する。

 その瞬間、幼魔獣に向かって自警団員らは喊声(かんせい)を上げ一気に駆け出していく。


『うおおおおおおおおおっ!』


 初撃は重量武器による近接攻撃だった。武器の鋼が幼魔獣(コクーン)の鱗を撃ち据える鈍い音が肚まで響く。

 巨体の素早い動きを支えるバランサーである尻尾を根元から断たれた幼魔獣が絶叫する。

 その叫びに周囲の幼魔獣らも咆哮を上げ、空気を劈いた。


「分断しろッ! 八時の方向、ジェイド隊から突撃だッ!」


 幼魔獣に負けじとボーデンが轟然と吼えた次の瞬間。

 目の前の空気がうねり、靄が歪んだ。


「!」


 自警団の後に続く形で駆けようとしていたナタリーが踵を使って急ブレーキをかける。


 その眼前で。

 大勢の人が、紙くずのように一気に吹き飛んだ。

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