第一話② 恩人追って弟子きたる
「あれから師匠はあたしの生きる目標で、道標になってくれたんだよ」
いつの間にやら「師匠」呼びが定着していた。ナタリーの呼び方だと「ししょー」だが、とにかく連呼してきて訂正する余地がない。
おまけに発言も壮大だ。クシャナはいい年なのに面映ゆくなってしまう。
「あたし、潰滅した村の生き残りなの。魔獣の襲撃のせいで死にかけたし、記憶もあやふやなんだけど、あのとき師匠ともう一人剣聖がいなかった? 一緒に戦ってた、師匠よりも若い男の人でさ」
ナタリーは食べかけ部分におでんスープを浸して味の滲みたはんぺんを頬張った。
美味しく味わえる食べ方を解ってるな、と感心しつつクシャナは頷く。
「直前の剣聖選抜で俺とあいつ二人が選ばれたんだ。直後の魔獣討伐も一緒に出向くことになってね」
「二人……そっか、師匠は昔『八人目の剣聖』って言われてたんだよね」
「そっちの呼び名を知ってるなんて珍しいね」
──選抜により剣聖を任命するのは〈七聖〉という組織だ。
〈七聖〉に見出された剣聖は、この世界で唯一魔獣を斃すことのできる聖なる刀剣〈真髄〉を手にすることができる最強の剣客として、大陸世界に現界する魔獣と戦い斃す宿命を与えられる。
〈七聖〉の意向か、現存する〈真髄〉の数の都合か──剣聖は常に七人と定められていた。
十年前の剣聖選抜では、戦死した剣聖一名を補充するはずだったのだが、異例にも二人が剣聖として見出された。クシャナともう一人の男のことだ。
だが『八人目』のクシャナは三日で剣聖を剥奪されたので、その異例はあまり知られずじまいだ。
「──世間じゃ『八人目の剣聖』より『三日剣聖』で知れ渡ってるはずだけどなぁ」
「何人目だろうと何日だろうと、師匠は最強で最高の剣聖だよ」
「〝元〟ね」
「──っくん。あー師匠、はんぺんって美味しいんだねっ」
「自由な子だなー……」
一応会話は成立するが、回転が速すぎるのでクシャナは置いてけぼりにされた気分だ。
ナタリーはスープを飲み干し、満足そうに頷く。
「師匠が調理を担ってくれるから、先々の食事の心配はゼロだね。あたし料理は食べるの専門だから、師匠が作ってくれて助かるなー」
「待て待て。勝手に人を調理係にするんじゃない」
「そうは言っても、武者修行の旅っていったら野営と自炊はつきものだよ?」
「おぉい、話が勝手に進んでるぞ」
クシャナは困ったように口元をひくつかせた。
「俺、弟子は取らないって早い段階で断ったよね? 勝手に俺と修行の旅に出るんじゃない」
「でも師匠、あたしはそのもっと前に言ったでしょ。
あたしは剣聖になりたいの。師匠に命を助けてもらって、師匠の弟子になりたくて腕を磨いたんだ。ねっ、あたしを剣聖にしてよ師匠! 武者修行で鍛えてください!」
「駄目駄目やめとけ」
クシャナは取り付く島もなく即答する。
しかしナタリーはめげない。
「あたしは師匠の修行で剣聖になりたいの。師匠が最高の剣聖なんだって世界中の人に解らせるためにも、師匠の指導が必要なの!」
「そんなん解らせなくてもいいって」
「なんでー! だってみんなは師匠のこと『三日剣聖』なんて間違って認識してるんだよ⁉ あたしは納得できない!」
ナタリーがくわっと噛みつきそうな表情で食い下がる。
──このやりとり繰り返してないか、とクシャナは内心思いつつ肩を竦めてみせた。
「別に世間の認識に間違いはないだろ。
俺は十年前に八人目の剣聖になったけどヘマして三日でクビになった。それは事実だし、俺も異論は全くない」
簡潔に口にした通り、クシャナはかつて世界を脅かす魔獣を斃す力を持つ剣聖だった。
そして三日でその立場を退くことになった。
理由は──武器の紛失だ。
クシャナは魔獣を斃せる力を持つ刀剣〈真髄〉を、討伐中失くしてしまったのだ。
前代未聞の事態は〈七聖〉のみならず、魔獣の脅威に晒される大陸中に知れ渡る。
武器の使い手として最高峰たる剣聖が武器を失くすなんて。今日日、新人の冒険者でも犯さない最悪のやらかしだ。
直後にクシャナの〈真髄〉は〈七聖〉が発見、回収したとのことで大事には至らなかったというがことの顛末は重大な問題として世界中に知れ渡り、クシャナは剣聖を剥奪された。
かくしてクシャナは『三日剣聖』とあだ名され、〈七聖〉最大の汚点とまで言われている。
と、ここまでの世間の認識に納得しているクシャナに対し、ナタリーは「むう」と口を尖らせた。
「だけどあたしは納得いかないもん。『三日剣聖』なんて間抜けな呼び名、そもそもダサい!」
「……そのフォローはかえって俺を抉るんだが」
納得している呼び名を「ダサい」呼ばわりされる方が傷つく。
「だってあのときの師匠は強くてカッコよくて──剣聖クシャナは〝本物の英雄〟だったんだよ! 魔獣を斃した凄さだけじゃない、たくさん人を守って、助けてくれた。
それにあのとき、もう一人の剣聖の人も助けてなかった? なんかあの男の人に渡してた──」
「……気のせいでしょ」
「そうなのかな。死にかけてたから、ぼんやりしか見えなかったけど……うーっ、とにかくっ」
あやふやな記憶に囚われかけたナタリーは、首を振って話を戻した。
「〈真髄〉が魔獣に唯一とどめを刺せる刀剣だってことはあたしも知ってる。
そのくらい大切な武器を師匠が失くすなんて、きっとなにか重大な理由があったはずだよ」
「……」
クシャナは思わず閉口する。
ナタリーの指摘が、思いのほか鋭かったからだ。
「その理由を説明できない事情があるんだとしても、あたしは師匠のことを『三日剣聖』のままにしたくない。だから『剣聖クシャナ』が本物だって証明するには、あたしが『クシャナの弟子』として剣聖になることだって思いついて、」
「俺が『三日剣聖』のままでいいって言ってもか?」
クシャナは静かに問いかけた。
──ナタリーの思いは真っ直ぐで純粋だった。だから何度も同じ主張を繰り返すのだろう。
剣聖で恩人でもあるクシャナを慕い、『三日剣聖』の汚名返上のために弟子入り志願までしている。
だが……それはクシャナの意志にはそぐわないものだ。
「ナタリー、お前さんの気持ちは嬉しいよ。でも、俺はこのままでいいんだ。
そりゃあ確かに早すぎる引退だったけど、辺境でひっそり隠居ってのも悪くなくてね。
誰だって魔獣は怖いからな。死なずに済む生活が一番だよ」
「……!」
本物の英雄らしからぬ発言に、ナタリーは目を見開く。
彼女の失望に追い打ちをかけるべく、クシャナはえへらとして見せた。
「この辺って魔獣はもちろん、幼魔獣すら見ない辺鄙な土地でね──のんびり隠居生活を満喫するには最適ってわけだ。気楽なもんよ?」
怠惰で間抜けな──それこそ『三日剣聖』の呼び名にふさわしい弛んだ笑みで。
ナタリーはどこか途方に暮れた目で、その笑みを見つめていた。
「……師匠はそれでいいの? 『三日剣聖』のままで」
「もちろん。──悪いな、ナタリー。俺のことを考えてくれて剣の修行してきたんなら、傭兵なり領土騎士なり活かせる道はあるから努力は絶対無駄にはならない。ただ──」
クシャナは笑みを消した。
「剣聖になるのはやめとけ」
急に温度の下がった言葉に、ナタリーが目元を強張らせる。
「……どうして?」
「剣聖なんて、まっとうな人がなるもんじゃないからだよ」
理由になっていないが、クシャナはそれ以上何も喋らない。
寸胴鍋に目を移し、彼女の視線に応えることもない。
ナタリーはクシャナによる断言に思うような視線を巡らせると。
「わかった……」
ゆっくりと立ち上がり、
「ごちそうさまでした。美味しかったよ──クシャナ」
しおしおとした声で、師匠と呼ぶことも止める。
「そりゃよかった。あ、ナタリー、お代はいいよ」
「え、でも」
財布から小銭を取り出そうとしていたナタリーにクシャナは笑いかけた。
「お前さんのおかげで十年前の、人生唯一の晴れ舞台を思い出せたからな。わざわざ俺に会いにきてくれて嬉しかったよ」
「クシャナ……」
「自分のやってきたことも、無駄にはなってなかったんだな」
それは心からの本音だった。クシャナの表情を見たナタリーの弱っていた目元に、光が戻る。
「ありがとな、ナタリー。町までの帰り道、気を付けろよ」
「……うん」
ナタリーはうなずき、屋台をあとにした。
あれだけ勢いよく弟子志願に乗り込んできたのに、クシャナにその気がない意志を汲み取ると無理を言わず引き下がった。
素直で優しい子なのだろうな、とクシャナは思う。
さくさくと、草を踏む足音が町の方角へと消える。
──思いがけない再会と別れは、こうして幕切れとなった。
深い森の淵には、ふたたび屋台の灯りとクシャナの気配だけが残る。




