第十一話 モメてる場合かね?
自警団による物騒な『脅迫』を知るまでの経緯は、というと。
まずその土地に到着するなり、ナタリーが開口一番、
『師匠っ、例の〝裏技〟発動しようよっ。また大物ドカーンと討伐しようっ』
ちゃっかりクシャナに頼み込んで来たのだった。
妙なこと覚えさせてしまったか、と思いつつも効率がいいのは窓口での直接交渉だ。
クシャナが役場の窓口に赴いた先で対応したのが、丸眼鏡の役人・ロルフだった。
『ぅおわわわ、クシャナさんだとは……っ、あのっ、最近聞いていたんですっ。別の領地でかなり手強い幼魔獣を討伐したというお噂を。あのぜひ……っ、ここでは何ですので、今夜お食事でも──』
困ったようなハの字眉でロルフは捲し立ててきた。
積極的で面食らうが、むしろ悲壮な切迫感の方が気になった。
かくしてクシャナとナタリーは、人々が賑わう食堂の片隅で、彼と夕飯を共にしている。
喧騒に紛れて訥々とロルフが語るこの土地の事情は、かなり深刻だった。
簡単にまとめると。
領地を守る自警団が、幼魔獣を討伐してほしければ領主の地位をよこせ、と交渉してきた。
断るようなら自警団は討伐しない。このままだとこの土地は幼魔獣の餌食になってしまう──
という脅迫じみた状況に陥って今に至る。
クシャナは驚きと呆れ混じりの溜息を吐いた。
「──自警団は領主の地位を渡さなけりゃ、討伐に出ない状況だと」
「はい……そう、ですね……彼らは領地を囲む壁にある見張り櫓から幼魔獣の動きは把握しているようで、日ごと接近する幼魔獣の状況を報せては来るんですが、討伐に向けた動きはなくて……」
つまりはじわじわと迫る幼魔獣の脅威を報告することで、統治機関へ圧をかけているわけだ。
「なんだそりゃっ。早く動かないと危ないのに!」
ぐ、と怒りあまってテーブルの縁を掴むナタリーの拳からみしみしと音が鳴り始める。
──こらこら握り潰さないでくれよ、と眼差しで念じつつ、クシャナはロルフ用の食事をとり分けて差し出した。甘辛タレたっぷりの鶏肉と野菜炒めだ。
「まま、ロルフさんもご一緒に食べながらで、」
「あぁ、すみませんホントに、恐縮です」
「報告されてる幼魔獣の集団ってのは、ここの自警団なら討伐できると見越されているんだよね」
もしも統治機関が自警団の要求を呑んで、いざ討伐の時点で「やっぱり集団は斃せませんでした」は洒落にもならない。
「………………先方は、そう見越して、要求していると、思い……ます」
食事の持ったお皿を受け取ったまま、ロルフは苦し気にそう答えた。
「その自警団って、強いの?」
ナタリーがロルフのお皿に大きめのお肉を追加で乗せつつ尋ねた。弱り顔のロルフを彼女なりに励ます心意気がうかがえる。
「ええ。二百人近い組織ですし、周辺領地の治安を長年守護してくれた実力は確かです。
なにせ今の団長は二年前の剣聖選抜に参加して生き残った実力者ですし」
「ほーう」
クシャナは感心した声になる。
「剣聖の選抜に参加した」という事実は、剣客にとってかなり輝かしい経歴扱いになる。
選抜は大陸の討伐記録の成果を元に選定された剣客のみが参加を許される試験だ。
その選定には〈七聖〉が直々に関わる。選定されるということは、現役の剣聖に及第点を与えられた剣客であることを意味していた。
剣客としての誉──なおかつ、剣客以外にも一目置かれる指標にもなる。
たとえ剣聖になることができなくとも選抜を生き残ればその後の将来は保証されたも同然で、領土騎士や自警団でも歓迎され、無条件で優遇される。
それほど剣聖選抜経験者は格がある存在なのだ。
ナタリーも選抜経験者の名声と実力は把握しているはずだが、への字口でわざとらしく鼻を鳴らす。
「ふーんっ。でも師匠と比べれば、大したやつじゃないねっ」
「そうかな。凄いんじゃない?」
「ぜーったい凄くないっ」
子供じみた反応のナタリーを見て、ロルフは少し気を和らげたようにお皿の料理を口にし始めた。
彼にはひとまず食事に集中してもらおう、とクシャナはナタリーに話の水を向けてみる。
「先に忠告しておくけど、例の団長を成敗しようなんて考えないでくれよ?」
「えっ………………」
ナタリーは目を丸くした。
「師匠なんで解ったの? あたしさっそくその団長に『早く討伐しろ』って一発蹴りでも」
「思ってた以上に純粋な暴力。いやダメだって」
「その方が話早いやん!」
反射的に西の訛りが混じる。
「団長をわからせて討伐もできる。スピーディーだよ!」
ナタリーのシンプル明快な思考に清々しさすら覚えつつ。
「わからせなくてもいいけど──討伐を急ぐ必要はあるのは確かだ」
クシャナはふむと考える。
「幼魔獣の集団が接近してるのならモメてる場合じゃないし。
一度その自警団の団長と会って話をしてみよう。勝負はしないけど」
「貴様ァ……! 勝負だぁああああああ!」
翌日の自警団本部。自警団団長との対面において。
怒りの形相で大剣を引き抜いた団長の怒気に、クシャナは晒されていた。
だが、団長の剣の切っ先にいるのはクシャナではない。
「上等だっ! どっちが本物か、思い知らせてやるんだから!」
挑戦的にずびしと指を相手に突きつけているのは、ナタリーだった。
「まさかこういうスピーディーさだとは……」
クシャナが止める暇もなかった。討伐と引き換えに領主の地位を要求する自警団団長・ボーデンと、一刻も早く集団化した幼魔獣を討伐しようとするナタリーは、顔を合わせるなり火花を散らすような険悪な気配になり、あっという間に点火したのだった。
挨拶早々、ナタリーが優良可燃物みたいな質問をぶつけた、というのもある。
『なんで討伐しないの?』『自警団がいる意味ないじゃんか』『領主になってどうしたいの? 偉くなりたいだけ?』『しょーもないっ! 剣聖にはなれなかったくせに!』
特に最後のが良くなかったとクシャナは思っている。
役人のロルフ相手には居丈高だった自警団団長のボーデンは、ナタリーの直截な口撃に即刻怒りを炸裂させた。クシャナとは同年代と見受けるが、かなり沸点の低い御仁のようである。
──なんて振り返ったとて今さらだ。
「本物だと⁉ ハッ、笑わせるな小娘がぁああ! 地獄見せてやるわ!」
自警団団長・ボーデンが筋骨隆々の巨躯から野太い声をがならせた。腕やこめかみは怒りで血管をびきびきと浮き上がらせている。厳ついが、つまり煽りへの耐性に乏しいということだ。
ボーデンは対峙するナタリーの身の丈はある大剣をぶおん、と威嚇がてら振り回した。
「得物を取れ小娘ェ! 決闘だ! ここで叩っ斬ってやるァ! せいぜい真っ二つになって剣聖候補の実力を思い知るんだな! 縦か横か、切り口だけは選ばせてやるぞ」
「本気で斬る気かね……」
二回りは下であろう『小娘』相手の台詞にクシャナは呻く。あんたもいい年した大人ぞ?
団長のただならぬ怒声に、居合わせた自警団員たちは固唾を飲んで注視していた。
すると殺気の直撃を浴びたナタリーが、ふっと余裕そうに顎を上げる。
「一対一の決闘? そんな意味のない勝負するわけないでしょーが」
「……あ?」
「お互い剣客で、近くに幼魔獣の脅威が迫ってるんだから──ここは討伐で勝負だっ!」




