第十話② 討伐で生きるとは
「師匠っ」
露店で串焼きを買い食いしていたナタリーが、クシャナを見つけて駆け寄った。
「お、美味そうだね。何の肉?」
「ヒツジだって! 柔らかいよー!」
あつあつを頬張りながら、ナタリーが笑いかける。
「あの二人はどうしたの?」
「もう出発するんで、その場で解散したよ」
「そうなんだ。帰り道、ちょっと元気なかったよね。お腹痛かったのかな?」
「そうは言ってなかったけど、まあ二人で元気にやってくでしょ」
「そうだね。あの二人も討伐しながら生きていくなら、元気でやってほしいな」
彼らへと向けられた声音に、クシャナはなんとも言い難い思いを覚えてしまう。
そんな心つゆ知らず、ナタリーは串焼きを勢いよく食べきっていた。
「──うん、ヒツジ美味しい! おかわりしよう! 師匠も食べなよっ」
「そうだねぇ。俺もお腹すいたな」
無垢な食べっぷりにほっとしたものを覚えながら、クシャナも串焼きを味わうことにする。
「──ねっ、おいしーでしょ師匠!」
「うん、美味い。──いやあ、救われるね。お前さんの食べっぷりには」
「? 食べるとこ褒められてるの? 剣の腕前じゃなくて?」
「ああ、それもそれも、うん」
「……なんかついでに褒めてる気がするんやが」
肉を頬張りながらジト目になるナタリー。
そんな弟子の成長ぶりを実感しながら、クシャナはあらためて思う。
自分はこの弟子をまっとうな剣客にしていきたい。
だからこそ。
──やはりナタリーを剣聖になんてするべきじゃない、と。
「なんで?」
次なる旅路の領地、とある町の食堂の片隅で。
ナタリーは信じられないというようにまん丸にした目で、テーブルを挟んだ対面に座る相手へ問いかけていた。
「その幼魔獣の集団、もう領地の壁境まで来てるのに? なんでその自警団たち討伐しないの?」
「そ、そうですね……」
机には美味しそうな料理が並んでいる。なのに相手は両手を膝に置いたまま、気まずそうに俯くばかりだった。
長く伸びた黒髪を首の後ろでひとつにまとめた役場の制服姿。年齢は三十路辺りの丸眼鏡がよく似合う男で、何やらくたびれたように背中を丸めている。
「まあまあ、ナタリー。そこに色々とお役人さんも事情があるから、今回場所を変えて話してくれるってことでしょーが。まずはご飯をいただこう」
「がんがん倒せば解決って思ったんだけどな。ちがうの?」
クシャナの隣で「いただきます」と自身も料理を頬張るナタリーに、丸眼鏡の男は頷いた。
「ええはい、その……まず役場の受付ではお話しにくいことなもので……」
丸眼鏡の奥の小さな目で辺りをちらちらと伺いながら、男は声を潜ませた。
晩御飯の時間帯、ということもあり、町の食堂は地元や旅の冒険者たちでにぎわっている。
ぼそつく男の声は喧騒に紛れるが、クシャナもナタリーも耳は良い。そのまま話を促すと、
「この領地は領土騎士ではなく、地元の自警団が長年討伐を担っているんです」
領土騎士と自警団。平たく言うと武装によりその土地を守り、幼魔獣と戦う組織である。
魔獣と幼魔獣の現界を機に設立された領土騎士は、規律や構造を大陸全土で共有する一大機関。
一方自警団は魔獣と幼魔獣が世に現界するはるか昔──その土地の治安を守る組織として二百年以上前に設立されていた、いわば老舗の武装組織だ。
歴史が長い領地だと自警団の方が勢力を有し、領土騎士団を置かない場合もある。
「自警団は長年この土地の守護者として幼魔獣の脅威と戦ってくれているんですが」
現地の者に耳に届いたら気まずいらしく、丸眼鏡の奥の目はまだ落ち着きなかった。
「先日集団化した幼魔獣が領地に近付いているのが確認され、自警団からの言い値で報酬の承諾をしたところまでは従来通りなんですが……今回自警団の方から長年の貢献を理由に領主の権限まで要求されてしまいまして」
クシャナは目を丸くする。
「そりゃすごい。自警団が領主になりたがってるのか」
この土地の守護者のみならず、統治者にもなりたいわけか。しかし現実的ではない。
「さすがにそれは無理だと領主が断ったところ、自警団に討伐を見送られてしまって。
自警団は交渉に応じないのであれば、討伐はできないと……現状動いてくれなくて……
このままだと幼魔獣がこの領地を襲う恐れがあるんです」
弱り切った心境が、丸眼鏡の男の弱々しい話し方に滲み出る。
クシャナとナタリーはいったん顔を見合わせると、同時に口を開いた。
『それって脅迫では?』




