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第九話 狙う者の目と、眼

 ──千載一遇のチャンスとは、こういうことを言うのだろう。


 マーヴィンは狙撃ポイントに身を潜め、ライフル銃を構えスコープを覗いていた。

 旧遺跡全体を見渡せる二百メートルほどの間隔を取っている。

 自分ならこの距離で精密な射撃が可能だ。

 今回の獲物──二等ランクのなかでも過去一の大物だが近接の戦闘で苦戦している気配はない。むしろ手際の良さすら感じた。エンブリオも実力者だが、共闘している二人もかなり筋がいい。


「……つったら上から目線で失礼か。元・剣聖だもんな」


 誰にともなく、マーヴィンはぼそりと口にしていた。

 ──役所の受付で偶然耳にしたクシャナの名前。役人が便宜を図っていた最高報酬額の討伐依頼内容から察するに。

 あのクシャナなのだろう。


『三日剣聖』──ここ十年は辺境に身を潜めているとかいう歯牙なき隠居野郎。

 だが、腐っても元・剣聖だ。幼魔獣(コクーン)相手なら余裕の実力は今も残っているはず。

 マーヴィンはすかさず算段を立てると、交渉役である相棒のエンブリオにけしかけた。


『あいつらに絡んでこい。最高額の報酬依頼持ってやがる。

 現場で共闘してくれれば、仕上げは俺がやる』


 いつものやつだ。

 エンブリオも素早く意図を理解し、彼らに討伐の参戦を申し出、晴れて共闘することができた。


 討伐中、マーヴィンは遠距離からの狙撃支援に徹した。

 近接戦の剣客らが次の攻撃を繰り出せるべく先を読み、弾丸を幼魔獣の爪先や顔面に次々と喰らわせていった。

 長年行動を共にするエンブリオ以外の剣客も、狙撃支援への反応がかなり良い。遠近からの攻撃はテンポよく的確に巨体へと叩き込まれていた。

 スコープで覗き見る戦闘現場は、エンブリオたちが優勢だ。あれだけの巨体を相手にたった四人で。


「あの小せえガキが……かなり動くな。銃剣……弾丸付きでの斬り込みかよ、小賢しい……」


 ひとりきりだとマーヴィンは饒舌だ。


「フン、エンブリオのやつ出番取られてやがる。成果でゴネて報酬が等分じゃなかったら……殺すぞ」


 口を開けば悪態とともに野蛮な本性がだだ漏れる。だから彼は他人と極力会話をしないでいる。

 そんなマーヴィンの本性を知るのは、今や連れのエンブリオだけだ。


 と──銃声が連なった。小娘の銃剣だ。直後、幼魔獣の絶叫がこの距離でも鼓膜を震わせた。


「ほう……やりやがった」


 スコープで目にした光景に、マーヴィンは乾いた感心の声を漏らす。

 あれだけ巨大な幼魔獣(コクーン)の首を、まさかガキの方が仕留めるとは。


 元・剣聖はといえば、動きはあったものの主戦力ではなかった。なぜか戦闘フォローに徹しており、振るう刀にも攻撃力はほぼなし。所詮は元・剣聖ってことか。もう大した実力はないんだろう。


 マーヴィンは、そっと口の端を吊り上げた。


「…………じゃあ仕上げといくか」


 気配は完璧に消し尽くしている。

 スコープのはるか先にいる剣客たち──今回の餌食であるおっさんと小娘の二人には、自分がここに存在し、狙いを付けているとは気付く由もない。

 マーヴィンは引き金に指をかける。


 簡単な話だ。

 大勢の戦力を要する討伐は、報酬も割高になる。

 だがもっと多額の報酬を手に入れられる方法がある。


 それは報酬を受け取る頭数を減らすことだ。


 難易度の高い高額報酬依頼を複数人で挑んで、戦闘のどさくさに紛れて共闘者を削る。

 その方法を織り交ぜながらエンブリオとマーヴィンは経験を積み、腕を上げ、討伐の戦果を築いていった──道すがら共闘した者たちを多少犠牲にしていきながら。

 この方法のいい所は、難易度の高い討伐戦果と多額の報酬を効率よく得られることだ。

 今日の手柄は──過去最高だろう。

 まさに千載一遇。なにせあの二人を消せば、十名以上の戦力が必要な二等ランクの依頼をマーヴィンと相棒の二人で討伐した、という成果を獲得できるのだから。


「……元・剣聖が聞いて呆れら」


 討伐でも大した動きを見せていなかった元・剣聖に、マーヴィンは嗤笑(ししょう)する。

 まずはどんくさいおっさんを仕留める。ちょこまかするガキは驚いて茫然(ぼうぜん)としたところを撃つ。

 楽勝、とマーヴィンはスコープを元・剣聖に定める。


 すると。


 クシャナが、マーヴィンを見た。


 合わせられるはずのない視線が、ぴたりと合う。


「──────⁉」


 マーヴィンは目を()いた。

 びくりと弾けるようにスコープから顔を離す。


「………………なん……っ」


 なんで。なんだと。なんなんだよ……⁉

 混乱が喉を詰まらせる。気づけばその場に尻餅をついていた。

 そんな馬鹿な──震える目をスコープに戻す。


 と。その瞬間を察知したように、再びクシャナがこちらを見てきた。


 厚ぼったい瞼の奥にある栗色の()。それがまるで真正面で会話をするかのようにぴたりとマーヴィンを見据えている。マーヴィンが見たから視線を返している。ごく自然の反応で。


「──!」


 今度は息を呑んで固まるしかなかった。

 動けない。

 静かな眼を前に。

 マーヴィンは喉元に刃でも当てられているかのような恐怖と緊張を覚える。

 この距離からあの男が攻撃することなんて不可能なはずなのに。


 自分が撃つよりも、元・剣聖が自分を斬る方が速い。有り得ないはずの確信に襲われる。


 微塵(みじん)の殺気もない平静な眼差しに、死を予感してしまう──


「…………っ!」


 すでに自分の指はライフルの引き金から遠く離れている。

 もはやあの男を狙い撃つことは、できなくなっていた。






「ん?」


 ナタリーはクシャナに駆け寄った。


「師匠、あっちに何かあるの?」

「んー。あー……そうだなー」


 クシャナは虚空一点に視線を据えたまま、うわのそらで応えた。

 そこでふと思い出したように、ナタリーはきょろきょろと辺りを見回す。


「そういえば狙撃手のマーヴィンって今どこにいるの? 無事だよね?」


 するとエンブリオがぎくりと肩を震わせた。


「! えっ、あ……っ、…………そう、すね…………」


 辛うじて相槌は打つものの、視線が落ち着きなくあちこちを泳いでいる。クシャナではなくナタリーにまでぎこちない敬語を使って。

 そんな青年にクシャナが穏やかな声をかけた。


「討伐も済んだし、マーヴィンとも合流して役場に戻ろうか」

「……そ……そうすね……」


 エンブリオは見るからに強張っていた。連携が上手くいって手強い幼魔獣(コクーン)(たお)せたというのに。

 ナタリーは目をぱちくりさせる。


「どうしたの? トイレとか? お腹痛いの?」

「あ、いえ……別にそういうのでは」


 エンブリオはナタリーにも目を合わせず、歯切れの悪い反応ばかりだ。


「?」


 頭上にハテナを浮かべるナタリーの肩をクシャナが軽く叩く。


「連携、悪くなかったぞ」

「師匠ほんとにっ?」

「ああ」


 パアっと顔を輝かせるナタリーにのんびりと笑いかけた。


「四人が全員無事で討伐もできてよかった」


 エンブリオは俯いたままだが、クシャナはしみじみとそう言うのだった。

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