第八話② 手応えの獲得
初撃を叩き込んだのは、エンブリオだった。
大きく振りかぶった遠心力込みの、長剣による一撃。
巨大な尻尾の付け根に重たい斬撃が落ちて。
幼魔獣の絶叫が開戦の合図となった。
巨体をずるりと這わせながら幼魔獣が身体の向きを変える。身体のバランスを支える尻尾へのダメージが功を奏し、四つ足での動きはかなり鈍い。
蠢く四肢に向かって、早速ナタリーが銃剣を振るう。
「──まず後ろっ」
斬りつけたのは、右後ろ脚の腱だ。魔物といえど骨肉の構造は四足獣のそれと共通している。骨を砕き、あるいはこうして腱を斬ると、動きにも影響を与えられる。
鋭い悲鳴とともに幼魔獣の動きが止まる。
巨体の脇をさらに駆け抜け、ナタリーは前脚にも刃を振って斬り込む。
駆け抜けざまの斬裂は、同時に引き金を引いた銃撃の威力によって強烈を増す。
爆散を叩き込まれた幼魔獣の斬傷から、血の代わりに黒い瘴気が噴き散る。
幼魔獣が怒声を震わせる。攻撃を受けた肢の動きは鈍い。だが、巨体は斬られた箇所から瘴気を噴きながらも、強く地を蹴り正面対峙の体勢をとってきた。
ごぉ──、と突風とともに咆哮が轟く。
真正面で向かい合いながらも、ナタリーは躊躇わず駆けた。
幼魔獣の右前脚が迫る。
その動きを見極めながらナタリーは銃剣を振るう。
鋼と爪が噛み合い、鋭い音が空気を劈く。
パーリングはできた、が、巨体に見合ったかなり重たい手応えだ。行使しすぎると腕がいかれる。
と、幼魔獣の体側左側から、鈍い斬撃音があがる。
エンブリオだ。長剣の攻撃力を最大限に発揮した斬撃に、幼魔獣の硬い鱗を叩き砕いた音が混じっていた。
「あんたは右を斬っていけ! 俺は左側を斬り込んでいく!」
巨体の向こうからエンブリオが声を張り上げてきた。
殺気で荒ぶる幼魔獣を前に、胴体へとさらに長剣の連撃を叩き込んでいる。
殴り合いで言うところの胴体狙いだ。徐々にエネルギーを削り、動きが鈍くなったところで頸を狙うわけか──
「わかった!」
応じたナタリーが疾駆で幼魔獣の右体側へと回り込み、胴体にまずは銃弾を叩き込む。硬い音が弾け、鱗が砕けていく。左右からの同時攻撃で幼魔獣の動きを封じれば──
「──!」
ぶお──と目の前で風が唸った。
銃口で狙っていたはずの幼魔獣の胴体が、凄まじい勢いで旋回する。
「伏せぇっ!」
咄嗟の叫びとともにナタリーは地面に転げた。
爆発音と暴風が頭上を薙ぎ払う。
暴威を振るうのは幼魔獣の尻尾だった。その場で円を描くような大回転が竜巻と化す。
周囲の朽ちかけた遺跡の柱が次々と薙ぎ払われていく。
伏せたナタリーの背後で倒壊する柱。粉々になった砕片が降り注ぎ辺りは一気に土煙に覆われた。
「──やぁっべ!」
幼魔獣の胴体越しに、エンブリオの声。
その頭上に、倒れた柱が迫る。
ドン──と銃声にも似た重い音。次には柱が真っ二つになっていた。割れた柱はエンブリオを避けるように左右に割れ、重低音とともに地に落ちる。
柱を斬ったのは、間に割り込んできたクシャナだった。
「師匠っ」
「ほれ、動け」
巨大な柱が転がったことで、立ち込めていた土煙が掃われる。
晴れてきた視界の先を顎で示すと、尻尾を大回転させた直後の幼魔獣が咆哮を上げていた。
「二手に分かれるのはいいぞ。ただ、一つところに留まるな。幼魔獣に尻尾の大技で狙い撃ちされやすくなる」
手短な助言はナタリーだけでなくエンブリオにも向けられていた。
「了解っ」「──っす」
二人はそれぞれ頷き、身構えた。
幼魔獣が狙いを定め、ぐぉ、と空気を唸らせながら突進してくる。
その鼻づらを、ガギン、と硬い音が弾けた。
「! 狙撃──」
驚いて口走るナタリー。どこからか狙い澄まされたマーヴィンの弾丸。隙を逃さず、エンブリオが長剣で幼魔獣の左膝に斬り込んでいく。
長剣による攻撃は、一振りずつが強大だ。
さらにマーヴィンの援護射撃が幼魔獣の爪や顔面へと撃ち込まれ、その動きを阻害していく。
マーヴィンは時折場所移動をしているようで、狙撃は一定方向からではなかった。
これが長年培ってきた連携というやつか。ナタリーは剣戟と銃声を聴き取りながら、自身も銃剣を振っていく。
今度は左右二手攻撃に留まらず、同方向からの連携攻撃もエンブリオと繰り出していく。
ナタリーが展開したのは、エンブリオの長剣による攻撃力を最大限活かすための細かな斬撃だった。
あちこちを跳び駆けて幼魔獣の意識を翻弄する。エンブリオにはその隙を狙い、大技を斬り込んでもらう。
──斬り薙ぎ、刺突、銃弾付きと様々な手を繰り広げ、幼魔獣が大きな動きを取る隙も与えない。
力を溜め込んだエンブリオの斬撃が幼魔獣の腹の鱗を砕き、刃が肉に届いた。
裂かれた腹から黒い瘴気が大量に噴く。
暴れ狂う幼魔獣が、この戦況を不利と見たのか身を悶えさせながら遺跡の奥に突進しようとした。
──逃げられる。
その逃げ道を、真横から倒れてきた柱が倒壊音とともに塞いだ。
無言で退路を阻んだ柱は、クシャナが斬り倒したものだった。サポートすると宣言した通り、外側からの援護には抜かりがない。
瓦礫と土煙に足止めされた幼魔獣が、その場で喚き強引に突き進もうとする、その矢先。
「──逃がすかあっ!」
ナタリーが飛び掛かった。
遺跡手前の壁を足掛かりにした高々とした跳躍。
土煙のなか、咆哮で幼魔獣の位置を特定。迷わず頸に向かって銃剣をどすりと突き刺す。
ぶらんっ、と身体を振り子にした勢いで刀身を喰い込ませ、次いで引き金を絞る。
連撃の銃声が幼魔獣の首で赫赫と炸裂した。
斬りながら爆ぜる、銃剣の間断なき攻撃が幼魔獣の喉から断末魔を燃やしていく。
残弾数、一。発砲の瞬間、ナタリーは手首を切り返し、幼魔獣の頸から刃を捩り上げるように斬り、そして──
銃声とともに、斬撃が幼魔獣の頭を吹き飛ばした。
幼魔獣の首が落ち、次いで巨体が斃れる。
「……やった……!」
ナタリーは連続の発砲で熱くなってしまった手元を見つめ、静かに手応えを得ていた。
──前回の討伐で実践した斬り方と撃ち方がだいぶ身体に馴染んで来た。ひとりでは到底太刀打ちできない巨大な幼魔獣相手だったけれど、共闘者との連携も実戦でコツを掴むことができた。
「へへ……銃弾使い切ったところでよかった」
掴んだ実感を確かめるように、ぐっと拳を握りしめる。
──大きな討伐を終え、安堵と充足に満たされていたナタリーを。
殺意が、狙っていた。




