第七話② さて、次の討伐は
「十年以上の討伐経験ありですか……でしたら多少受注できる依頼内容を増やせるかと」
「ですよね、助かりますわー」
領土治安機関──いわゆる役所の受付窓口の机に肘を置き、クシャナはにへらと頷いた。
──実は役所窓口で自らの経験を直接申告すると、書面上では条件が厳しい依頼でも、実際に引き受けられる場合があるのだ。
なぜなら依頼をしている側も領土の治安保障のため一刻も早く幼魔獣を討伐してほしいから。手強い幼魔獣ともなればなおさら。多少の便宜を図って、受注の条件を緩和してくれる。
長年の討伐経験でこそ知り得る事情だった。
話の分かる受付は、クシャナの討伐遍歴と実績を聞いて大方のキャリアを把握したようだった。この場面で己を誇大したがる命知らずもそうはいない。
受付はクシャナの名前と、さらに剣聖の選抜への参加経験があると耳にするや、書類をまさぐっていた手をぴたりと止め、周囲を見回すとなにやら身を寄せ、声を小さくした。
「人違いだったらすいませんけど……クシャナさんて、まさか──」
「そのまさか」
「………………………………あっ」
同じく小声で応えると、長大な間をもって受付はこっくりと頷いた。
「なるほどです、なるほどです……」
素早い呟きとともに手元の書類を探り出した。
『三日剣聖』だろうと腐っても剣聖──受付はかなり思い切ったように、ひとつの依頼書を受付台に差し出して見せた。
「でしたら、ぜひ、こちらの依頼なんてどうでしょう? ここから南下したところにある遺跡なんですが、付近を通過した行商や冒険者から多く目撃情報が寄せられているんです。現界してかなり経過しているので、さらに手強くなっている可能性があるんですが──」
クシャナは依頼書に目を通した。
目撃情報は二十日前から。日増しに情報は寄せられ、そのたびに幼魔獣が成長していることが察せられる内容となっていた。
現界したエリアでかなり大量に生き物を摂取したのだろう。幼魔獣が魔獣に進化する条件は不明なものの、その身体が食べるほどに巨大化することは常識となっている。
放置すればさらに巨大になる。そこから魔獣と化そうものなら、近隣の領土が潰滅の危機を迎える危険性も高まる。
依頼書の受注条件は二等ランクだが、詳細な条件に「十名以上、全員が幼魔獣討伐の戦果五件以上必須」とかなり厳しい内容が付随している。クシャナの素性を知るやその書面を差し出した受付の表情はかなり切迫したものがあった。
どうか、なにとぞ、引き受けてもらえれば──
そんな声にならない要望を聞いてしまったような気がしたクシャナは、指を伸ばしていた。
「やります」
「! ありがとうございますっ」
「連れがひとりいますけど、」
「問題ありませんっ。クシャナさんが引き受けてくれるのでしたら──」
受付は早口に、忙しなく首を縦に振ってみせる。
クシャナは離れた場所で受付のやりとりを見ていたナタリーをちょいちょいと招き寄せた。
〝裏技〟の中身については彼女へ事前に告げていた。いざ実践となると受付と一対一の方が話は早く進むので、ちょっと遠くにいてもらっていたのだった。
「いいってさ」
「──ほんと? うおおっ、これはすごい……! けっこう手強そうな幼魔獣だ……っ」
手渡された依頼書の内容に、ナタリーは目を爛々とさせる。
「今はもっとデカくなってるかもだよね……っ、ぃよおし、仕留めるぞおっ」
「イキイキとしてるねぇ、頼もしいやつだ」
ふくふくと小鼻を膨らませて意気込むナタリーに、未熟者特有の危なっかしさを覚えることはなかった。条件からして前回よりも難易度が高いにも拘らずやる気に満ちている。
これなら前回の討伐のように、自分がサポートに回る形でいけば──
「あの、ちょっといいすか」
ナタリーの背後から近づいた男が、声をかけてきた。
二人は顔を上げてそちらを見る。
長剣を腰に挿した、年若い男だった。得物は直刀で長さはクシャナの太刀と同じくらい、剣技を優先するため装備や鎧は最低限で、冒険者というより剣客と称した方が的確な佇まいだ。
「たまたま、話が聞こえたもんで」
ニッと笑いかけながら、男はクシャナを見た。
話──〝裏技〟を含めたやりとりのことだろう。強かな光を含んだ切れ長の目だった。
「俺もその討伐に混ぜてもらえません? 腕に自信あるんすわ」
「おひとりかね?」
「いえ、狙撃得意なのが連れに。俺ら、あなた方と同じ二人組なんすけど、やっぱり受注できる討伐依頼が限られて難儀してたもんで」
ちらりと肩越しに視線をやると、その背後には長距離狙撃用のライフルを肩に背負った彼と同年代の青年がいた。帽子を目深にかぶり、もっさりした前髪で目元がほぼ隠れている。
こちらの視線に、ぺこりと微細な傾きで一礼して見せるだけだ。
剣客の青年は狙撃手からクシャナに視線を戻すと、
「俺ら、南の方から武者修行がてら北上してまして。実績もあるし足引っ張ることはないかと」
「依頼内容こんな感じだけど」
「失礼、見せてください──なるほど、ふむ……」
ぴらっとクシャナが依頼書を見せると、青年は素早く幼魔獣の情報を把握していった。
書面を走る眼は、こうした依頼書に慣れた動きだった。それなりの経験者であることをクシャナは察する。
青年は頷き、依頼書をクシャナに戻した。
「二等ランクで十人必須──この規模の幼魔獣は相手にしたことあるっすよ」
「なるほど。よそのパーティとも連携の経験ありってことかな」
「もちろん。それにひとり狙撃手がいるだけで結構やりやすくなるし、オススメっすよ俺ら。
──剣聖さんのお手を煩わせることはないかと」
自信たっぷりのアピールにクシャナはふむ、と頷いた。受付でのやりとりでクシャナの名前を耳にし、元・剣聖と知った上での売込みは悪くない積極性だと感じる。
巨大な幼魔獣相手の討伐は、複数人で挑むのが定石だ。
ナタリーの戦闘経験値のためにも、他者との連携に慣れた方がいい。
クシャナは、じーっとつぶらな目で青年を観察していたナタリーに声をかける。
「──て申し出だが、どうするナタリー?」
「うん。あたしは問題ないよ」
クシャナを見上げたナタリーはあっさりと頷いた。
「──オッケーみたいなんで、一緒に行きましょう」
「あ、はい。よろしくどうぞ……?」
ナタリーの許可を取り付けた上で答えたクシャナに、青年は多少面食らっている。
どう見てもベテランのクシャナにくっついているだけの少女だと、討伐の参戦を申し出た時点でナタリーには目もくれていなかったからだ。
青年は気を取り直すように名乗った。
「俺はエンブリオといいます。あっちの狙撃手はマーヴィンで」
クシャナたちも同じく名乗り挨拶する。
「ナタリーといいますっ」
「クシャナです。四人で仲良くやりましょうかね」
──不意に、エンブリオの目がきろりと反応する。
なにやら思うところありそうな、鋭い光を含んだ視線にクシャナは触れた。




