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第七話 さて、次の討伐は

 約束通り報酬は十等分にすると、さすがに冒険者たちは戸惑った顔を見合わせていた。


「あの……すごく気まずいです」


 一同の気持ちを代表するように、ハリスがおずおずと言った。


「僕ら何もやっていないのに、クシャナさんたちと同額の報酬貰うっていうのはさすがに……」


 他の冒険者たちも同意を示すように一斉に頷く。

 ──討伐を果たし、周辺の幼魔獣(コクーン)討伐依頼を管理している役所に報告を入れ、取っ払いで報酬を獲得した直後のことだった。


 広くてやりとりしやすい、ということで町の掲示板の前に十人で再び顔を合わせているのだが、討伐の出発前とはすっかり雰囲気が変わっている。

 太刀一振りで巨大な幼魔獣をいなし続けていたクシャナを目の当たりにした一同の眼には、畏怖すら浮かんでいる。

『三日剣聖』呼ばわりされていた数刻前よりも、クシャナはその空気に居心地の悪さを覚えてしまう。


「いやー、そんなことはないよ? そもそもこの依頼、君たちと一緒じゃなければ俺らは引き受けること自体できなかったんだから。同行させてもらってありがたいのはむしろこっちで」

「……ですが、クシャナさんがいなかったら、僕らは確実に討ち死にしていたと思います」


 重々しい言葉を、ハリスは吐き出した。


「僕ら、未熟でした……今まで討伐の経験はあったし、十人集まればなんとかなるって安易に考えて……本当は自分たちが二等ランクなんて到底手をつけるべきじゃなかったのに……」

「誰だって未熟から始まるもんだよ」


 意気消沈したハリスに、クシャナは軽い口調で返した。


「危うく死ぬところだったって経験も、この先きっと糧になるって。これからの君ら次第だ」


 クシャナは慰めではない、本心からの言葉をかけた。


「それもこれも、生き残ってこそだ。十人みんな無事で、俺はよかったと思ってるよ」

「……はい。ありがとうございます」


 ハリスも周りの冒険者たちも、ぎくちなくだがほっと雰囲気を緩める。と、そこへ。


「クシャナさんっ」


 盾を携えたドミニクが、強張った表情で前に出てきた。

 ぶん、と大柄な体を勢いよく前に倒して頭を下げる。


「あの、すみませんでした! 俺、身の程知らずにも失礼なこと言って」

「いやいやそんな。別に普通でしょ、なあ?」


 詫びの対応に慣れないクシャナがへらへらと場を流そうとすると、同じく侮る態度を取っていた槍持ちのラウルも前に出てきた。


「俺もその……すみませんでした」

「ああー……いや、謝ってほしいわけじゃないから……楽しくしようよ、ねえ、はは」


 誘い笑いをしてみるのだが、冒険者たちは真剣な眼差しで見返すだけでなかなか応じてくれない。


 するとそれまで黙っていたナタリーが前に出てきた。


「どう? あたしの師匠、すごいでしょ!」


 暴れて揉めていた相手に向けているとは思えない、晴れやかで誇らしげな笑み。

 自分のこと以上に嬉しそうな彼女を前に冒険者たちは表情を緩め、頷きを返した。


「──ありがとうございました、クシャナさん」

「この報酬は、大事に使います」

「討伐するとこ見られて、よかったです! ほんとに、次元が違いすぎて──」


 口々にお礼を言われ、敬意を向けられたクシャナは。


「いやいやそんな……はは……」


 あまり慣れない扱われ方に、いい年してしどろもどろだ。

 わだかまりなく報酬を十等分し、冒険者たちと挨拶をして別れ──


 クシャナとナタリーは次なる土地へと向かう。





 道中、先を行くナタリーの弾む足取りをクシャナは眺める。


「機嫌いいねえ」

「もちろんっ! だって師匠がスゴいってあの人たちに解らせられたんだからさ!」

「討伐じゃなくて、そっち?」

「そっちもこっちも大事だよっ」


 ナタリーは心外だ、とばかりに足を止めてクシャナを見る。


「師匠が剣聖で英雄で最高の剣客なんだってことをもっとたくさんの人に知ってほしいもん。

 もっと大人数の、派手な討伐もどんどんやってやるもんねっ」

「意気込みは嬉しいが……いや、恥ずかしいんだよなぁ」


 師匠の立場としては、自分の知名度向上よりも剣技の上達に努めてほしいものだ。


「師匠は奥ゆかしいなー。東でも長年こっそり討伐しててさ、もったいないよ。

 二等ランクの幼魔獣(コクーン)を余裕でいなしてた腕前を、もっと大勢に見せつけないとっ」

「華がないのは自覚してんのよ」


 クシャナはへらっと口元を緩める。


「二十歳手前──今のナタリーくらいの年から剣客として武者修行し始めて、成果を出して名前が知られるようになって、三十過ぎて剣聖の選抜に指名されるまでに十五年はかかったから」

「そうなんだ! おお、師匠に歴史あり」


 珍しく自分の過去を口にしたクシャナを、ナタリーが興味深そうな目で見つめる。


「そのときの選抜で剣聖になったんだね。どんな感じなん? 剣聖がスカウトしに来るん? 全然知らないから教えて欲しいんやがっ」


 弾む口調に西方と思しき(なま)りが混じっていた。


「さぁ? なーんか適当に集められた気がする。知らんけど」

「あー! はぐらかした!」


 すたすたと先を歩きだすクシャナを、ナタリーが小走りで追いかける。


「師匠っ、いろいろ聞かせてよ。剣聖の選抜のこと。どんな選抜だったの? やっぱり討伐?」

「百二十年早いぞ」

「昔話として聞く分にはいいじゃんか」

「もう十年前だからなぁ……俺も記憶が曖昧でねぇ」

「急にしょぼしょぼした声になるなーっ。露骨に忘れたふりしてさ、ケチ!」

「おー、ナタリー次の領地見えてきたぞ。けっこうな都市じゃないか」

「話の誤魔化し方ヘタかあ!」


 これはうっかり「剣聖」と口走ってしまった自分が悪い──と自覚しつつクシャナは「ピュ~」と口笛を吹き始めた。もうこうなったら徹底して露骨に誤魔化そう。


 ──そこへナタリーが横に並び顔を覗かせてきた。


「じゃあさっ、せめて十年前の選抜で師匠と一緒に剣聖になった人のこと教えてよ!」

「……おあー、あいつ──セオドールの……?」


 不意打ちの質問に、クシャナは反射的にその名前を口にしていた。

 十年前、自分とともに剣聖となったひとりの男だ。


「セオドールって──どんな人?」


 興味津々のナタリーに、クシャナは視線を蒼穹にやって目を細める。


「十年前の選抜時点で十八歳って言ってたな。若くて才能があって華もあって──剣聖の選抜に声がかかるのも納得の実力者だよ」


 ひとまわりは年上だった自分を、屈託なく慕ってくれた。


「おまけに優しくてしっかり者ときた。選抜のチームが結束できたのもセオドールのおかげだった」

「選抜のチーム……剣聖はそこから選ばれるんだよね……」

「十年前の話だから、今はどんな選抜かわからんぞ。筆記試験があるのかも」

「あっ、また話逸らした」

「とにかくセオドールは当時から天才的な剣客で、今も剣聖として活躍しているって話だ」


 十年経っているが〈七聖(セプテム)〉の体制に大きな変化はない。ただ、剣聖の顔ぶれは二名ほど変わったらしい。セオドールも後輩ができて〈七聖〉での立場は中堅の頃合いか。

 いいやつだから、生きて元気でいてくれればいいとクシャナは思うばかりだ。

 若かりし頃の彼の笑顔を思い出し、クシャナはふと思い当たる。


「なあ、ナタリー」

「?」

「ナタリーのこと助けた剣聖って、セオドールの可能性ないか?」


 クシャナとともに剣技を発揮し〈真髄(しんずい)〉を振るい、魔獣(ジャバウォック)(たお)した剣聖。

 最高の英雄という呼び名でしっくりくるのは、自分よりもセオドールの可能性が──


「せやあッ!」

「ぅおごっふ⁉」


 ナタリーが返答の代わりに正拳突きを脇腹にぶち込んで来た。

 あまりにも問答無用な一撃に、クシャナは(はら)から潰れたうめき声が飛び出す。


「まだそんなこと言ってんの、師匠っ!」


 びしぃっ、と腰の横に拳を構えたナタリーが険しい顔で睨んでいる。


「あたしが恩人で英雄でもある師匠のことを、人違いするわけないでしょ!」

「いでで……そうなの……?」

「あたしが尊敬して師と仰いでいるのはセオドールって人でも他の剣聖でもないっ。あのとき助けてくれた剣聖のクシャナなんだから! たしかに死にかけて記憶はぐちゃぐちゃだったけど、これだけは絶対に間違いないんだよ⁉

 それなのに、その言い方……! 師匠といえどさすがに失礼だっ!」


 ナタリーは怒りに目を潤ませていた。クシャナは脇腹を押さえながらも姿勢を改める。


「ごめん、悪かったナタリー……ところで師匠に暴力は失礼にならないの?」

「それはごめんなさいっ」


 ナタリーは勢いよく謝る。素直だ。


 直情的な暴力はさておき──

 クシャナが漠然と抱いていた「どうしてナタリーが俺なんかを師匠と慕うのか?」という疑問はこれ以上持ち出さない方がよさそうだった。

 十年前、異例の『八人目の剣聖』となった地味な剣客。『三日剣聖』という呼び名を抵抗なく受け入れる自分には、やはり「師匠」なんて不相応な立場だとは思っているのだが。





 数日後。次なる町で依頼掲示板を見渡したナタリーは、徐々に眉根を寄せていく。


「この討伐も必要人数五人以上⁉ ……うがー! ショボいのしか残ってないっ!」


 例によって、高いランクの討伐依頼は必要事項である人数がネックになっていた。

 クシャナはさもありなん、と顎に手をやりながら、


「いいんでないか? 放置しておいていい幼魔獣なんていないんだし」

「! そっか。いや、そうなんだけど……うー!」


 ナタリーはぐしゃぐしゃと頭を掻き回すように手で抱えながら、


「一人で(たお)せる幼魔獣(コクーン)なんて余裕なんだもん……もったいない気がしてきちゃって」

「どうしたナタリー」


 クシャナは心外そうに彼女を見た。


「なんか焦ることでもあるのか? 言ったろ、俺も名が売れる前は地道なもんだったって」


 大きな成果を上げて早く有名になりたい──上昇志向の剣客らしい考えではあるが、ナタリーの焦りはそれとは少し違うような気がしてきた。

 ふと、クシャナは訊ねる。


「もしかして、こないだの戦い方を覚えたいって思ってる?」

「……うん」


 両手で頭を抱えたまま、ナタリーはむっすりと頷く。


「銃剣でもあれくらいの大物に敵うんだって、せっかく手応えが残ってるんだもん。すぐにでも実践して身に馴染ませたいのにさ」

「……お前さんはすごいね」


 クシャナは心底感心し、その横顔を見た。

 強くなるために──()まず(たゆ)まずその時できる努力を全力でやり切る。その姿勢こそがナタリーの今の実力を形成してきたのだろう。


「その意欲に敬意を表して、ここの領土治安機関に直接問い合わせてみよう」

「えっ、……問い合わせって?」

「経験者ならではの〝裏技〟ってやつだ」


 一緒に来てみ、とクシャナは手招きして見せた。

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