第六話② これぞ、連携
幼魔獣の頭頂部に突き刺した銃剣を支えに、ナタリーは振り回される衝撃に耐えていた。
三半規管の機能が吹っ飛びそうな前後左右天地に及ぶ揺れ。
首から背中に生えている骨板から噴出する瘴気のせいで視界が悪い。
次には巨大な衝撃が真横から襲い掛かって来た。幼魔獣が岩場に自ら頭を激突させたのだ。
「! ──っと」
息を止めて衝撃に耐える。銃剣のグリップを必死で握りしめた。
幼魔獣の側頭部が、岩に喰い込んだ状態で固まっていた。
やっと動きが止まる。ナタリーは幼魔獣の頭部に突き刺した銃剣を引き抜き、その場を蹴った。
頭部から頸部へ跳び、瘴気を噴いている骨板に斬りつける。
瘴気に目を塞がれて邪魔だ。ここで斬り断てれば──
ガギン、と硬い手応え。
「──ぃいっ……」
肩まで痺れる衝撃にナタリーは顔をしかめた。
鉱石でも斬りつけてしまったかのような硬さだ。迂闊に斬り込まない方がいい──
そこに幼魔獣が岩にめり込んでいた首をもたげてきた。ここで弱点の頸部に粘るのは危険だ、とナタリーは首を蹴って地上に降りる。
「骨板は硬すぎる……! とっとと頸狙って斬り込むか──」
瘴気の濃度は煙る程度だ。直接頸は狙えるとして、問題はその硬度か。弱点を守る頸部の鱗ともなれば骨板以上の硬さがあるはず。
銃剣を構え直して相手を見上げると、岩が雨あられのごとく降り注いできた。
「ぅおわあ⁉」
慌てて飛び退き距離を取ると──
「ナタリー、伏せ」
クシャナの声。反応した身体が地をびたっと這う。
その身すれすれを幼魔獣の巨大な尻尾が薙ぎ払っていた。
ぶお──という野太い風の唸り。ぞっとするほどの威力を伴った尻尾の一撃だ。
触れれば肉も骨も粉々になっていたのではないかと思わせる──
擦過した死の暴威を、ナタリーは這ったまま肩越しに見やる。
するとその尾が、突如上へと弾け上がった。
「⁉」
一撃死必至の威力を上へ薙ぎ上げたのはクシャナの刀だった。
幼魔獣の巨きな尻尾が一振りの刀に撫でられ、上空に振り上がる。
刀で受け流すには巨大すぎる。だがクシャナの太刀が一刀で斬るように掃い上げると。
幼魔獣はバランスを大きく崩して横倒しになる。
ずしんと膝が頽れそうなほどの振動が辺りを大きく揺るがした。
──冒険者たちの悲鳴じみた声が遠くに聞こえる。クシャナの言葉で素直に退避してくれたらしい。
さて、とクシャナが幼魔獣に向き合おうとすると、
「ちょっと師匠、なに今のっ?」
地面を這って辛うじて尻尾の攻撃を回避したナタリーがばたばたと駆け寄る。
「あたし犬じゃないんだから『伏せ』ってもう!」
「なぜか犬絡みの話が続くなぁ」
クシャナは彼女の抗議を軽く流しつつ、幼魔獣を検めた。
「東の森で相手した奴より硬そうだ」
「──あっ、そうなんだよ。骨板狙ったらあやうく銃剣折れるとこだった」
ナタリーは刀身を検めつつ答える。
「首も同じくらい斬りにくいんじゃ……」
「斬り方によるね」
クシャナは地面を転げた幼魔獣が体勢を取り戻しているのを見張りながら、
「他の冒険者には下がってもらってるから、一対一に集中していい。
このサイズは力任せに斬りゃいいってわけでもない。ナタリーなりにやってみな」
「……わかった!」
ナタリーは大きく頷いた。
教えにしてはぞんざいだが、クシャナが抜き身の刀を携えているということは、彼女のサポートに徹するという意味合いだと感知したのだ。
──やってみな。
その言葉にナタリーは奮い立っていた。
クシャナがそう言うということは、自分ならこの幼魔獣を斃せる見込みがあるということだ。
銃弾の装填を素早く確認し、グリップを握り直す。
「絶対斃してやるっっ!」
声を燃やして吼えると、ナタリーは力強く地を蹴った。
まずは距離を詰める。幼魔獣に向かって駆け迫ったナタリーの頭上に前脚が迫る。踏み潰される寸前で横っ飛びに躱した。
ぎりぎりの回避で、一気に間合いが詰まる。
幼魔獣の右脇から、ナタリーは銃口を上に向けた。狙いは頭部側面。
弾丸を一発。
ズガン、と衝撃が硬く弾ける。鋼鉄のような鱗の一部が砕けた。
致命傷ではないが、頭部を狙った攻撃に忌々しそうな叫び声が上がった。
ナタリーは幼魔獣の脇から腹に沿って駆けながら刀身を翻した。腹部から下半身にかけての鱗を、駆けざまに跳躍しては斬りつけていく。
「──!」
全身の鱗に刃を通したナタリーは、刃からの手応えに気付く。
──鱗の硬さが違う。頭部から下半身にかけて、硬度が徐々に低くなっているのだ。
頭部、ひいては頸こそが最たる防御箇所なので鱗が硬いのはもっともだ。いかに軽量が武器の銃剣で高硬度の頸筋に斬り込めるか──考えろ、力任せでは通用しない。
ナタリーが幼魔獣の後ろ脚間際まで走り切ると。
ぶお、と空気が唸りを上げ幼魔獣の後ろ脚が反応した。ボールでも蹴りつけるように、爪を突き向けた蹴撃に刃が触れ、弾ける。
ナタリーの直刀が翻り、烈しい火花が散る。
相手の爪先に刀身を接着させ、ぶつかり合うのではなく払い流す防御──パーリング。守りであると同時に次の攻撃へと瞬時に展開できる攻め寄りの一手だ。
ぐらりと片脚のバランスをくずした幼魔獣の膝関節辺りが間近に迫る。
すかさずナタリーは跳躍し、相手の膝を蹴って尻尾の付け根近くの背面に踏み立った。
「こっからっ、頸まで──」
背骨に沿って疾駆し、頸まで駆け抜けられれば話は早いが。
幼魔獣が激しく身を震わせ、背中が大きく揺れた。頸めがけて駆けようにもバランスを取るだけで精一杯だ。
ここでまた尻尾でも振り回されたら、遠心力で吹き飛ばされる──
「──ぅおわっ⁉」
足元が大きく前方に揺れる。咄嗟に背中に剣を突き立ててその場にしがみつくと、揺れは徐々に上半身に集中していく。
見ると、クシャナが幼魔獣の前に出て正面対峙の地点から動かず刃を閃かせていた。
前脚を振りかぶって襲い来る攻撃を余さず受けては弾き、いなす。
眼前に在りながら全く捕えることのできない獲物を前に、幼魔獣は怒り狂ったような咆哮を上げて牙を剥く──
喰らいつかんと迫る顎すらも。
クシャナは下から上へ刃を撫で上げるような動きで捌いてしまう。
傍から見れば、巨体の動きを腕一本で封殺したようにしか見えない。
自分のパーリングとは次元の違う刀身による受け流し──クシャナの剣に圧倒されるしかなかった。
技能と格の違いなど言うまでもないが、クシャナの太刀筋を見ていると自分の銃剣による攻撃が貧弱なものにしか見えなくなる。
太刀でなければ、巨大な幼魔獣は斃せない……?
いや、違う。
『斬り方によるね』
ナタリーの得物を理解した上で、クシャナはそう言っていた。
「! 斬り方──そうだっ、銃剣でもあの鱗には刺せるから……!」
電流のように迸った閃きを口走ると、ナタリーは背中に刺していた銃剣を引き抜いた。
クシャナへの猛攻に集中しているおかげで、幼魔獣の背中の揺れはかなり抑えられている。
その間に、ナタリーは幼魔獣の頭頂部に向かって、背骨伝いに駆け上がった。
その間に足元の鱗を薙ぎ払ってその硬度を確かめる。
頭部に向かうにつれ硬く、斬りつけにくくなっていく鱗。その手応えから幼魔獣の頸にはどの程度の力のかけかたが必要かを感覚付けると。
あとは、狙い澄ますだけ。
「よっ──とあっ!」
幼魔獣の前脚の付け根──肩辺りを踏み台に、ナタリーは飛ぶ。
飛び抜けざま、刺突の構えで尖る剣先を幼魔獣の頸へと突き刺す。
ぐづ、と重い手応えが手首を襲う。頸の中でも硬度の低い鱗の境を目がけた刺突。
硬い。だが──刺せた。
剣を支えに、ナタリーは幼魔獣の頸の真横にぶら下がる。
クシャナへの猛攻に追われていた幼魔獣が、突如の頸への一撃に軋んだ声を轟かせた。
身をのけぞらせ、激しい動きでナタリーを振り落とそうとする。
ナタリーは銃剣のグリップから手を意地でも離さない。頸を刺した銃剣は刀身が深く食い込み、銃口まで頸に食い込み出していた。
腕が千切れそうな衝撃に翻弄されながら。
銃口が幼魔獣の頸まで潜り込んだ次の瞬間。
銃剣の引き金を引く。
爆炎がナタリーの手元で膨れ上がった。
頸の中にぶち込まれた爆撃に幼魔獣が絶叫する。痛みに悶え頭部を振り回す。その動きにぶら下がった状態のナタリーの振り子運動が加わり、頸に刺していた銃剣がさらに食い込んだ。
ぞず、と幼魔獣の中にあるナタリーの銃剣が動く。幼魔獣の頸の肉を刀身がさらに裂いていく。
刃が動いたことで、幼魔獣の頸に亀裂が走る。
足場もなく宙に浮いたまま、ナタリーはさらに引き金を立て続けに絞った。
弾丸が吼え、幼魔獣の頸で連続する。爆発が頸の肉を弾いて喉笛を灼く。さらには破壊がナタリーの手にする刃に切れ味を与えていく。
「斬れっ……ろおおお!」
裂帛の気合とともに弾丸を撃ち込む。爆炎に声が炙られる。
爆ぜる熱に顔を焦がしながら、ナタリーはダメ押しの銃撃と斬圧を押し込んだ。
轟音と絶叫が入り乱れると、ついに。
頸の亀裂が巨大な裂け目となり、割れて千切れる。
爆炎とともに幼魔獣の頸が吹き飛んだ。
火を噴いて千切れ飛んだ頸と、ゆっくりと倒れる幼魔獣の巨体をクシャナは見届ける。
その傍らには、幼魔獣との空中戦を制したナタリーが着地したところだった。
「──そっか、なるほど……!」
ナタリーは驚いたような顔で振り向いてクシャナを見た。火薬と爆煙を浴び少し焦げた頬を上気させながら、
「銃弾で斬撃強化だけじゃなく、火薬の破壊力もぶつけるのかあ! 頸に斬り込んで内側に直接弾丸ぶち込めば、攻撃力が上げられる! うっわー、やったー!」
自らの戦闘を確かめるように口にすると、ナタリーは快哉を叫んだ。
「師匠が幼魔獣の動きを引き留めてくれたおかげで頸を狙い撃ちできたよ。
これぞまさに連携ってやつだね、師匠!」
「俺はただのサポートだよ」
クシャナは小さく笑って見せた。
軽さによるスピードを生かした斬撃と、狙撃による中距離攻撃──ナタリーが当初言っていた通り、それが銃剣の基本戦術だ。
しかし直前の単独討伐でナタリーの腕前を確信したとき、クシャナはふと思った。
彼女の戦闘は、基本戦術を上手に扱うだけでは収まらないのではと。
状況により戦闘を展開できる柔軟さと機敏な閃き、実践における度量とセンス──それらがさらなる攻撃手段を繰り出すことは十分に可能だ。
銃剣を扱ったことのないクシャナからは、あくまで斬撃の可能性を示唆するのみだったが……斬り方次第だ、という言葉からナタリーは瞬時に閃き、即時に実現して見せた。
まさか頸に斬り込んだ最近接戦で、銃弾を頸内部に叩き込むとは。
丈夫だが軽いことが攻撃力のネックだった銃剣でも、充分な攻撃力を生み出せる。
「ふっふ……どうだあ!」
ナタリーは斃した幼魔獣に向かって銃剣を向けて勇ましく言い放った。
新たな戦い方を見出して討伐を果たした満足感に、黒くすすけた頬はつやつやして見えた。
「見てろよ」と他の冒険者相手に息巻いていたことなど、綺麗さっぱり忘れている。
──これは自分が思っていた以上の可能性の塊なのかもしれない。
クシャナはふと過った思いにざわつきすら覚える。
そこでナタリーが笑顔で見上げてきた。
「どう、師匠っ? これなら剣聖になれる見込み出てきたでしょ?」
クシャナは密かに息を吐いて言ってやった。
「百十年は早いぞ」
「……なんで増えてんの⁉」
剣聖への道を遠ざけると、ナタリーがすかさず文句を言ってきた。




