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 食後、午後の授業で襲い来るであろう睡魔に備え、僕はカフェインをキメることにした。つまりは、コーヒーを買いに出かけたわけだ。


 校内にはいくつか自動販売機が設置されており、一番種類が豊富なのが購買の自販機。俯瞰すると校舎は口の字をしていて、その中に小さな購買がすっぽりと収まっている。購買の周囲は芝生の生え揃った中庭である。


 階段を下り、渡り廊下を歩く。購買に入ると、わいわいがやがや、大勢の生徒で賑わっていた。なんて恐ろしい人口密度なんだ。当然のことながら、自動販売機も大いに賑わっており、列ができている。


 並ぶ。隣には秦野開成。幾人かの女子の視線が、僕を貫通して秦野に突き刺さる。すぐ後ろに並んだ女子が、身振り手振りをまじえて話しかけてくる。


「やっほー、開成くん」

「やあ、――石田さん」


 若干のタイムラグがあった。なんて名前だったかな、と海馬内を駆け巡って探し回っていたのだろう。しかし、それはおくびにも出さず、お決まりの歯磨き粉CM爽やかスマイルを見せつける。大して興味もないだろうに、彼は義務的に質問をする。


「何買うの?」

「いちごミルク」


 声の調子も、いちごミルクのように甘ったるい。右手首につけた腕時計も、いちごミルクのような甘ったるい色合いをしている。


「開成くんは?」

「いや、俺は付き添いだよ」


 え。お前、付き添いだったの? なんか買えばいいのに。


「へえ、そうなんだあ……」


 早くも、会話が途切れた。義務は果たしたと思ったのか、秦野は体の向きを前に戻そうとする。石田さんは秦野と会話を続けたかったのか、僕をだしに使うことに決めたようだ。


「そっちの人、お友達?」

「ああ、うん……」秦野は頷いた。「最近、転校してきたんだ」

「初めまして。私、石田愛って言います」

「学前良樹です。よろしくね」


 その後、一言二言、毒にも薬にもならない甚だしく無益な会話を交わす。

 僕も義務を果たしたと思い、体の向きを前に戻した。石田さんは僕には興味がないのか、引き留めようともしなかった。やれやれ。


 シンクロして秦野も同じ動作を試みる。残念、引き留められてしまった。どのコーヒーを買おうか思案している間、石田さんは積極的に秦野に話しかけていた。性格的に無視はできないのか、いささか消極的にではあるが返答をする秦野。

 モテ男は大変だなあ、と僕はのんきに思った。


 横目で見る。超がつくほどではないと思うが、石田愛はなかなかの美人である。

 ショートとロングの間くらいの長さの髪に、小と大の中間くらいの身長、真っ白ではなく若干だけ日焼けした肌、瘦せぎすでもぽっちゃりでもないごく普通の体型、小さめの丸顔に愛嬌のある顔立ち。


 描写していて思ったんだけど、これといって突き抜けた特徴はないかな――なんて、大変失礼なことを思ってしまった。でも、思っただけで口にはしてないので許してね。


 秦野に惚れているのは火を見るよりも明らかだけど、彼のほうはというと、石田さんを意識している様子はまるでない。完全なる片想いのようだ。

 他人事ではあるが、少しかわいそうに思った。


 結局、僕はペットボトルのカフェオレを買った。缶コーヒーと迷ったが、こっちのほうが格段に量が多い。量が多ければ、カフェインの含有量だって多いはずだ。カフェインキメて、午後の授業も頑張るぞ。


 時間にいくらかの余裕があったので、中庭の芝生に並んで座って日光浴。カフェオレをぐびぐび飲んでいると、秦野が物欲しそうに見つめてきた。後光が差したイケメンフェイス、その眩しさに僕は顔をしかめた。


「……一口、飲むかい?」

「ありがとう」


 男同士の間接キス。嬉しくはない。僕は女の子と間接キスがしたいのだ――僕は間接キスがしたいのか?

 秦野が口をつけた後のペットボトルを、物欲しそうに見つめる女子が数人。彼女らに高値で売りつければ儲かるぞー、と不純なことを考える男子がここに一人。


「さっきの石田愛って子、君のことが好きなんじゃないのかな」

「知ってるよ」


 くそっ、爽やかに首肯しやがった。


「前々から好意を向けられているからね」


 告白されたこともあったかな、としれっと付け加える。


「付き合ってあげようとか思わないの?」

「思わないね」

「なんで?」

「別に彼女のこと、好きじゃないし」


 秦野は淡々と答えた。石田さんが聞いたら卒倒しそう。


「好きじゃない子と付き合ってもどうせすぐに別れるだろうし、それに――相手に失礼だから」


 僕は感動した。秦野開成の爪の垢を煎じて、クラスメイトの鶴巻という助兵衛に飲ませてやりたい、と僕は思った。ついでに、僕もゴクゴク飲んでやろう。

 おや、件の鶴巻くんが渡り廊下を歩いているじゃないか。坊主頭に眼鏡というスタイルは、一見すると優等生に見えなくもないが、実際は全教科赤点男である。

 目が合ってしまった。こっちに向かってくる。スケベそうな顔が悲しみに歪んで、不審者感をマシマシにしている。


「なあ、お二人さん。聞いてくれよ。ついさっき、四組の相沢さんに告白したんだ」


 鶴巻はこちらに相槌の機会すら与えず、自動機械のように勝手に喋り始めた。


「へえ。それは残念だったね」と僕。

「まだ結果、言ってねえだろうが」

「また駄目だったんでしょ、どうせ」

「『どうせ』ってひどいこと言うなぁ、お前……まあ、実際、駄目だったんだけどさあ」


 はあ、と深いため息をつきながら、許可なく僕の隣に体育座りする鶴巻。

 憂いを帯びているはずなのに、軽薄な助兵衛にしか見えないのがすごい。


「振られた後さ、『鶴巻くんって一組だよね。秦野くんの連絡先とか知ってる? 知ってたら教えてよ!』だよ。まったくもう……」


 気持ち悪い声で相沢さんを演じる鶴巻。相沢さんのことを知らない僕でも、それが似ていないのはわかる。

 地縛霊みたいに恨めしげな目を向ける鶴巻に、秦野は困った表情で尋ねる。


「相沢さんに、俺の連絡先教えたの?」

「教えるわけねえだろうが。嗚呼、まったく腹立たしい。なんでこんな奴がモテまくって、この俺がまったくモテないんだ! おかしいだろ!」

「別におかしくはないだろ」と僕。


 お前がモテたら、美人局か陰謀を疑うよ。

 鶴巻は高校入学後、平均して月に三回ほどのペースで告白をしているようだ。つまり、これまでにおよそ三〇人の女性に告白したわけだ。告白の大安売りだ。節操の欠片もない。成功率はゼロパーセント。中学時代にも告白ハラスメントをかましまくったようで、同じ中学出身の女子からは『まーたやってるよ、あいつ』と呆れられている。


「ねえ、鶴巻」僕は尋ねた。「クラスの女子はコンプリートしたの?」

「コンプはしてねえよ」鶴巻は首を振る。「あのな、俺だって誰彼かまわず告白するような節操なしじゃねえんだぜ」


 三〇人に告白した男の台詞とは思えねえな。


「あのギャルたちには告白した?」

「どのギャルだよ? うちのクラス、ギャルっぽいやつ多いだろ」

「佐伯、里中、坂本」

「ああ、あいつらか……」

 鶴巻は遠い目で空を見つめた。まるで様になっていない。

「告白、したよ――」

「誰に?」

「全員に」


 やっぱり節操なしじゃねえか。


「ふっ、『どうだった?』なんて質問は愚問かな」

「ふっ、まあな。ひどい目にあったよ。ただ振られるだけじゃなくてだな、人間性を否定され罵倒され……今じゃあ、話しかけてもガン無視だよ。とほほ」

「どんまい」


 悲哀に満ちた鶴巻を慰めてみる。よほどひどい罵倒をされたのだろう。歴戦のドMじゃなければ凹むほどの。具体的にどんな罵倒をされたのか聞いてみたかったが、僕にもぐさりと突き刺さる可能性があるのでやめておく。


 鶴巻はオーソドックスに面食いだろうから、かわいい子には片っ端から声をかけているはずだ。だとしたら、座間さんに告白していてもおかしくはない。もしかしたら気づいてないかもだけど、座間さんはかわいいからね。


「座間さんは、どう?」

「座間?」パチパチ、と瞬き。「いや、座間には告ってないな」

「どうして?」

「だって、告ったら泣き出しそうだろ? もちろん、嬉し泣きじゃなくてガチ泣き。犯罪者に間違えられちまう」


 僕、苦笑い。秦野、愛想笑い。鶴巻、馬鹿笑い。

 あの気弱な座間さんなら、あながちありえなくもない。

 想像する。放課後の人気のない教室、鼻息荒く告白する鶴巻、恐怖から泣き出す座間さん、現場を目撃し通報する教師、駆けつける警察、逮捕される鶴巻、容疑を否認する鶴巻、自白する鶴巻、裁判を受ける鶴巻、泣き崩れる鶴巻、刑務所に収監される鶴巻――。


「それに」


 へらへらした表情から一転、鶴巻は真顔で続ける。


「座間はあいつらにいじめられてるからな。座間と付き合ったりなんてしたら、俺までいじめられるかもしれないだろ」


 鶴巻も、座間さんがいじめに遭っていることは把握しているようだ。

 クラス全員、ではないのかもしれないが、大半が『座間さんのいじめ』を認知している。そして、それを黙認している――いや、止めようとした生徒もいたのかもしれない。でも、一月現在もいじめは続いている。


 僕が転入してから一か月弱。

 一年一組のカーストはある程度は把握できている、と思う。確かに、彼女ら三人は一組においてトップ層に君臨しているが、それは秦野も同じ。鶴巻じゃ止められないだろうが、彼女らと同等かそれ以上の秦野だったら止められるはず。


 どうして、秦野開成はいじめを止めなかったんだろう? いや、彼の性格からして、ただ傍観していただけとは思えない。何かしら行動に移したはずだ。でも、止まらなかった。


 ――一体、なぜ?


「おっ」腕時計を一瞥した鶴巻が立ち上がる。「もうすぐ昼休み終わるな。行こうぜ」


 立ち上がった僕は何気なく校舎を見上げた。換気のために開いた廊下の窓、立ち止まったイトセンがこちらを見下ろしている。

 なんで僕のこと見てんの? もしかして、目付けられてる?


 しかし、よく観察してみると、イトセンの無気力な双眸は僕を通り過ぎ、一〇メートルほど奥を見つめている。購買の入口に姦しいギャル三人。イトセンはああいうのが好みなのかな? それとも――いや、まさかね。


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