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翌日、見事なまでに風邪を引いた僕は学校を休んだ。
げほげほ。ごほごほ。ぐはっ。昨日はとても寒かったからなあ。
座間さんにコートを貸したのが痛手となったか。でも、あのときコートを貸さなかったら、座間さんが風邪を引いていただろうからな。彼女の代わりに人身御供となったのだ、とそう考えることにした。
翌々日、一日で風邪を治した僕は、普段通りに登校した。職員室に行き、昨日提出するはずだった宿題を、有無を言わさず教師に押しつける。ミッション・コンプリート。意気揚々と教室に向かう。
がらがらがら。僕の姿を認めると、秦野がペパーミントみたいな爽やかさで挨拶してきた。僕も負けじとシーブリーズ並みの爽やかさで挨拶を返す。
秦野開成はおそらく僕の友達である。『おそらく』とつけたのは、彼が僕のことをどう思っているかわからないからである。僕が彼を友達だと思っていても、彼が僕を友達だと思ってなければ、友人関係は成立しないわけで――。
我ながら捻くれてるな、うん。
秦野は文武両道かつ眉目秀麗、おまけに性格もよいという完璧超人じみた男である。
身長一八五センチ(参考:僕一七七センチ)、体重七五キロ(参考:僕六五キロ)体脂肪率一桁(参考:僕二桁)。
テストは毎回学年トップテンで、部活はテニス部(中学時代は全国大会で入賞)。同じ人種とは思えないほど彫の深い顔。ちょっと気持ち悪いくらいに整った造形。髪は色素薄めの茶色。モデルみたいに小顔で脚が長い。
聞くところによると、こんなにハイスペックにも関わらず、恋人の一人もいないのだとか(二人以上いたら、それはそれで問題である)。
さて、僕に複数の友人がいるように、秦野にも大勢の友人がいる。スクールカーストのトップ層に君臨している秦野であるが、なぜか僕と行動を共にすることが多い。実に不思議な話だ。クラスメイトも不思議に思っているはずだ。
どうして、秦野開成は学前良樹とつるんでいるのだろう? 『転校生』という要素が彼の琴線に触れたのか? あるいは、学前に何か弱みでも握られているのか?
――真相は神のみぞ知る。
「風邪はもう治ったのかい?」
「おかげさまで」
秦野と会話しながら、何気なく座間さんの席を見遣る。座間さんはいなかった。休みだろうか。彼女の机の上には、その辺の道端で採取してきたであろう花と雑草が活けられた、安っぽいプラスチックの花瓶が置いてあった。漫画やドラマでしか見たことのない、古典的ないじめの光景がそこにはあった。
なんだか無性に腹が立った僕はがらりと窓を開け、プラスチックの花瓶を投げ捨てた。ガラス製じゃないので、人に当たっても、もーまんたい。
「おいおい。ポイ捨てするなよ」
秦野は苦笑しながら窓の外を覗き、それから室内をすばやく見回した。いじめっ子三人衆は誰一人としていなかった。
「あの三人に目をつけられると面倒なことになるかもだから気をつけなよ」
親切に忠告をくれる秦野に、僕はいくらか非難をにじませた声で、
「座間さんがいじめられてること、知ってるんだね」
「まあ、ね……」
秦野は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
僕たちは窓の桟に寄りかかって、外のグラウンドをぼんやりと見つめた。本日は晴天なり。座間さんについて話し出すと思いきや、いつまで経っても口を開こうとしない。……いや、話す流れだったよね、今。
そうこうしているうちに、チャイムが鳴ってしまった。室内を振り返ると、いじめっ子三人衆が揃い踏み。座間さんの机の上の花瓶がなくなっていることに気づき、そのすぐ傍にいた僕たちに尋ねる。
「あのさぁ、ここにあった花瓶知らない?」
「さあ? ところで、なんで座間さんの机の上に花瓶が置いてあったんだい?」
「え? まあ、それは……」
堂々と『いじめてるんだよ』と言えばいいのに、世間体というやつを微妙に気にしてか、曖昧にごまかそうとする。
「さっき強い風が吹いていたから、それで飛んでいったんじゃないかな」
無理がありすぎるフォローを秦野がしてくれた。
そんなわけがない。強風はおろかそよ風さえ吹いていないし、仮に強風が吹きこんだとして花瓶は倒れて床に転がり落ちるだけだ。人為的な仕業でなければ、花瓶が窓からアイ・キャン・フライするわけがない。
しかし、秦野開成の発言ということで一定の説得力があったのか、あるいは僕たちを責める正当な理由が見つからなかったからか、
「マジかよー。あれ、けっこう高かったのに……」
釈然としない様子を見せながらも、三人は渋々といった様子で引き下がった。
やれやれ。自分の席に向かおうとした僕を、秦野が肩を掴んで引き止める。
「良樹」
振り向くと、イケメンフェイスが予想外に近くにあったので、すいっと顔を遠ざける。
僕は彼のことを名字で呼ぶが、彼は僕のことを名前で呼ぶ。確か、初めて喋ったときに「名前で呼んでもいいかい?」と聞かれたんだったよな。まあ、『駄目です』なんて言えないものね。「いいよ」と答えるしかない。
「放課後、掃除が終わったら屋上に来てくれ」
「屋上に? なんで?」
「そこで、座間さんについていろいろと話すよ――」
これがミステリー小説だったら、放課後までに秦野は殺されるはずだ。もったいつけたり、意味深なことを言う奴は、九割九分死ぬと相場が決まっている。しかし、これはミステリー小説じゃないので、彼が死ぬことはなかろう。
最後にウィンクをかまし、秦野は自分の席へと去っていった。
きゃあ、と背後から甲高い声が聞こえた。殺人事件でも発生したのかと振り向くと、女子生徒二人がハートマークの目で秦野の背中を追っていた。
おいおい、君たち。今のウィンクは僕に向けられたものだぞ。
そう指摘してやろうかとよほど思ったが、そんな無粋なことをすれば、彼女らを敵に回すこと必至。名字すらあやふやな二人だけど、嫌われるよりかは好かれたい。
チャイムが鳴ってから五分ほど遅れて、覇気のない伊藤教諭が頭をかきながら入室してきた。彼のことを多くの生徒が『イトセン』と呼んでいるようだが、あだ名で呼ばれているからといって、好かれているというわけではないらしい。
イトセンの限りなくショートなホームルームが閉幕し、一限目の授業が幕を開ける。授業の内容に特筆すべき点はないので、ここでは割愛させてもらう。
二限目、三限目、四限目――はたと気づけば、いつの間にか昼休み。はて、誰かキング・クリムゾンでも発動させた?
姉上が気まぐれで作ってくださった弁当をぱくつきながら、友達とたわいもない会話をかわしながら、僕は座間さんの席に目を遣った。彼女は昨日も休みだったらしい。風邪を引いたのだろう。お大事に。
続いて、いじめっ子三人衆をさりげなく見遣った。体格も顔立ちも全然異なるのに、まるで姉妹のようによく似ている。雰囲気が似ているのだ。全員、髪を明るめの茶色に染め、顔には濃いめの化粧をまぶし、ピアス等の装飾品で彩っている。制服を着崩し、スカートはパンツが見えそうなほどに短い。
最近知ったのだが、この高校はどうやら規則が緩いらしい。ド派手な髪色や髪型でなければ、ある程度は目を瞑ってくれる。しかし、彼女らの彩りは、そのある程度のラインを超過しているようにも見える。
背が高いのが佐伯、中くらいのが里中、低いのが坂本だったと思う。
名前は――はて、なんだったか。憶えてない。憶える必要性もとくには感じない。彼女らにとって僕が秦野開成の友達Aであるように、僕にとって彼女らは座間さんをいじめているモブギャルA、モブギャルB、モブギャルCでしかないのだ。
三人はボリューミーなサンドイッチやパンを食べ、健康に気をつかってか野菜ジュースを飲み、ハイカロリーなスイーツを頬張っている。全部、コンビニのレジ袋から出てきた商品だ。昼食代でいくらくらい消費したんだろう? 親からたくさんお小遣いをもらっているのか、あるいはバイトでもしているのか。
アルバイトが禁止の高校も存在するらしいが、当校ではとくに規制などはされていない。
一応、詩頓高校は(自称)進学校らしいので、学生らしく勉学に励む生徒もそれなりにいて(当然、この中に僕は含まれてない)、彼らはすずめの涙ほどのお小遣いで日々をやりくりしているのだ(と、僕は勝手に思っている)。
文化部は置いておいて、運動部は県大会や全国大会で輝かしい実績を残している強豪が多い。運動部に所属している生徒は多忙をきわめ、部活とバイトのかけもちをしている猛者はごく少数しかいない。
よって、詩頓高校におけるアルバイターは、よほど器量がいい奴か、恋愛に現を抜かす不届き者か、やることのない単なる暇人か――の三種に分類される(僕調べ)。
彼女らがアルバイターと仮定して、三種のうちのどれに当たるだろう? これは完全なる偏見なんだけど、三人とも器量がいいタイプには見えない。僕のような暇人にも見えないので、消去法で恋愛強者ということになった。
一体、どんな男性と付き合っているのだろう? 彼女らと同じような雰囲気のギャル男、運動部のキャプテンとかエース、ここらでは絶滅危惧種に指定されているヤンキー、僕みたいなどこにでもいそうな普通の奴、大穴で教師というのもあり得るか?
佐伯は視線を感じたのか、顔をこちらに向けた。僕はなるべく自然体を心がけて目を逸らした。どうして、人は視線を知覚できるんだろう? 不思議だよね。
饒舌な秦野に対し、僕は相槌マシーンと化す。赤べこみたいにカクカク頷きながら、同時に三ギャルの会話の盗聴を試みる。
今をときめくイケメンアイドル・俳優の話、ハマっているドラマの話、はやりのアーティストの話、最近買った化粧品の話、SNSでバズったとかバズんなかったという話、彼氏ができたとか別れたとかという話……。
やれやれ、座間さんのざの字すら出てこないじゃないか。
一瞬、失望しかけた僕だったが、冷静に考えてみると、飯時にいじめの話なんて聞きたくはない。胸糞悪くならずに、愛情がたっぷりこもっている(可能性が一ミクロンパーセントほどある)姉上お手製弁当をおいしく食べられることに感謝。
秦野も秦野で、座間さんのざの字すら出さない。唇は閉ざされたまま。放課後の屋上までは、口をつぐんだまま、か――。




