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 舞池駅までの道中、僕と座間さんの間に会話は一言もなかった――こともなく、二人の間では、ぎこちない会話が繰り広げられた。それは、なんとか気を引こうと矢継ぎ早に褒めちぎるナンパ男とそれに塩対応する女の構図によく似ていた。僕はナンパに失敗した男のような、やはり惨めな気分になった。


 おそらく、座間さんはコミュ障と呼ばれる人種なのだろう。それに人見知りもミックスされている。コミュ障と人見知りの違いが、僕にはよくわからないけれど、きっとそれは似て非なる概念なのだろう、うん。


 座間夏波観察からわかったこと。

 座間さんは喋るとき、まずは「えー」とか「あー」とか「えっと」とか「あの」から入る。それはもう口癖のレベルをこえて、前置詞のレベルにまで達している。微妙に気にならなくもないが、僕だって「えー、あー、えっと、あの」とか、まあわりと頻繁に口にするので、人様のことをとやかく言う資格はない。


 座間さんは喋るとき、人と目を合わせない。彼女の視線は明後日や虚空を向き、さらに魚のようにすいすい泳いでいる。うっかり僕と目を合わせようものなら、まるでメデューサと目が合ってしまったかのような、猛烈な勢いで目を逸らす。かと思えば、沈黙を保っているときに、じっと僕の横顔を凝視していたりもする。


 あと、気になるというか引っかかるのが、同級生の僕に対してなぜ丁寧語なのか、ということ。そういうキャラなのだろうか。

 思えば、中学のときにもいたな、同級生に対して丁寧語で喋る奴。聞くところによると、彼は後輩に対しても同様の口調らしく、逆にその馬鹿丁寧な口調が、只者ではなさそうな、妙な威圧感を生み出していた。実際、彼は只者ではなく、帰宅部なのに陸上部の誰よりも足が速く、授業中ほとんど常に寝ているのにテストでは百点を連発し、柔和な顔立ちなのにカツアゲしてきた不良をフルボッコにして金銭を巻き上げていた。嗚呼、なんて恐ろしいやつだ。


 ということは、だ。座間さんだって、只者ではない可能性があるわけで。

 というわけで、実際に聞いてみた。


「座間さんって運動神経よかったりする?」

「いえ、あの……見ての通り、運動音痴です……」


 ――だよね。そうだよね。


「座間さんって頭いいの?」

「ううっ……。前のテストで、数学赤点取りました……」


 これは意外。座間さん、頭よさそうに見えるんだけどな。


「座間さんって実は喧嘩強かったりする?」

「人を殴ったりしたことは……ないです。殴られたことは、あるけど……」


 ……ん? なんか今、さらっとヤバいこと言わなかった? 気のせい?


「あー……座間さんってさ、モテたりする?」

「モテたことなんて――告白されたことなんて、一度もないです。私みたいな何の魅力もない根暗コミュ障女を好きになる人なんて、この世に一人たりともいないですよ。はあ……私、一生誰とも恋愛せずに終わるのかな……。恋愛はおろか、就職もできなさそうだし……。私の未来、果てしなく暗いなあ……ぶつぶつぶつ……」

「おーい、戻ってこーい」


 ちょっとめんどくさい子かも。

 座間さんがある意味では只者ではないことがわかった。只者ではないこと=良いことであるとは限らないけれど。


 どうして、座間さんがいじめられているのか、その明確な理由を僕は知らないが、なんというか彼女はいじめのターゲットになりやすいタイプのように思える。小柄で線が細く、見るからに弱々しい。自信なさげな表情だけで、気弱な性格なのが丸わかりだ。


 当たり前だが、いじめというのは強者を相手に行うものではない。自分より格下であると認定した相手に行うものである。さらに言えば、自分に一切歯向かってこない、一方的にサンドバッグにできる相手が選ばれやすい。周囲に相談できる相手がいなかったり、一人で抱え込むタイプならばなお良い。


 いじめターゲット三原則すべてを満たしている座間さんがターゲット認定されたのは、これはもはや必然だったと言えなくもない。

 むろん、いじめる側が一〇〇パーセント悪いのであって、座間さんには一切の非はない(と思う)。でも、非がなくてもいじめられる。理不尽な話だ。でも、残念なことに、世の中は理不尽に満ちあふれているのだ。


 駅に到着すると、自宅の最寄り駅がどこか尋ねてきた。座間さんに質問されるなんてびっくりである。僕が見開いた目を瞬かせると、座間さんは慌てて頭を下げ、上目遣いにおずおずと言う。


「す、すみません。気持ち悪い、ですよね……」

「気持ち悪い?」

「その……私なんかが、学前くんの個人情報を尋ねるなんて……」


 卑屈な子だなあ、と僕は思った。

 僕も君も同じ平民なんだから、そんな卑屈にならなくてもいいじゃないか、と思わず苦笑い。生まれ変わったら、貴族か王族になりてえなあ。


「別に気持ち悪くなんかないし、自宅の最寄り駅なんて大した個人情報じゃないでしょ」

「そ、そうですかね……?」


 座間さんにとっては、銀行口座の暗証番号並みの個人情報なんだろう。理解しかねるといった様子で首を傾げた。こっちが理解しかねるよ。

 僕が最寄り駅を述べると、座間さんもカミングアウトした。座間宅の最寄り駅は学前宅の二つ手前で、距離的には自転車で行ける。二、三〇分ほどで。だからどうしたって話なんだけど。


「方向、同じですね」

「そうだね」


 座間さんが何か言いたそうだったので待ってみるが、言いたそうな顔のまま黙っている。業を煮やして、こちらから聞く。


「何か言いたそうだね?」

「あ、うん、えっと……」数秒の逡巡の果てに。「よかったら、一緒に電車乗りませんか?」

「うん、まあ、そのつもりだったんだけどな」


 この状況で、『じゃあ、ここでお別れということで』ってのは、さすがにおかしいでしょうよ。


「す、すみません」


 何かにつけて、いちいち謝る子だ。これだけ頻繁に謝られると、謝罪の価値が暴落である。これからも、耳にタコができるほど、豊富なレパートリーによる謝罪を聞かされる羽目になるんだろうな。


 改札口を抜けて、プラットホームに向かう。学生や会社員などで、なかなかに混み合っている。電光掲示板を見ると、次の電車が来るのは五分後らしい。待つのが苦痛なほど長くはないが、微妙に時間がかかる。


 椅子座りてえなあ、と思っていたところ、折よく一人が立ち上がりすたすた歩き去った。一人分が空いたわけだが、座間さんと半分ずつ二人で座るのはちょっと無理そうだ。まず僕がベンチに座り、その上に座間さんが座る、といった特殊パターンも不可能ではないが、それはなんだかバカップルじみているし、僕たちの関係性でそれをするのは限りなく不可能に近い。


 僕は椅子座りたい欲をぐっと堪え、座間さんに座るように促した。ささやかなるレディーファーストである。彼女は偉大なる学前良樹に遠慮してか、「え、いいんですか?」と微妙にためらっていたが、やがて空いたベンチに――。


「あ。ラッキー。空いてるぅーっ!」


 見知らぬ女子小学生が飛び込んできて、ヒップアタック気味に腰を下ろしたのだった。

 突っ立ったまま、電車が来るのを待つ。座間さんにコートを貸したので寒い。僕はブレザーのポケットに手を突っ込んだ。座間さんは手を擦りあわせて、摩擦熱で温まろうとしていた。


 やってきた電車は限りなく満員に近く、もちろん椅子など空いていない。僕の手は吊り革を掴み、座間さんの手は虚空を掴んだ。

 車内の人々を観察してみると、大半がスマートフォンをいじっている。現代社会って感じだ。スマホがなかった時代はどうだったんだろう? 携帯電話をいじっていたのかな? じゃあ、携帯電話がなかった時代は? 読書でもしていたのかな?


「座間さんってさ、よく本読んでるよね。本好きなの?」

「あ、はい。一応、文芸部なので」

「ふうん。文芸部かぁ……」


 バイトに精を出すのも悪くないが、文芸部というのも悪くないな。何もしてない、ただの帰宅部という今の状態が、一番よろしくない。そして、その状態が三週間近く継続していることに驚嘆する。もうすぐ一月、終わっちゃうよ。

 ところで、文芸部というが具体的には何をするんだろう? テニス部がテニスをするように、文芸部は文芸をするのか? ……文芸するってなんだ?


「文芸部ってさ、小説とか書いたりするの?」

「えっと、そうですね――書いてる人もいますし、読む専門の人もいます」

「座間さんは?」

「……一応、前者です」

「ふうん、小説書いてるんだ。ジャンルは?」

「恋愛もの、です……」


 歯切れが悪い。恥部を晒すかのような、恥ずかしさに満ちた声色だ。

 小説を書いている、と告白するのは恥ずかしいことなんだろうか。書いたことのない僕にはわからない。


 それにしても、恋愛ものか。恋愛経験のない座間さんが書く恋愛小説は、一体どんな代物なんだろう? 恋愛という名のファンタジーなのか、意外にもリアリティがあるのか。殺人経験がなくとも優れたミステリー小説を書けるように、恋愛経験がなくとも優れた恋愛小説は書ける――いや、この二ジャンルを同一に考えるのはおかしいか。


「あの、学前くんって部活は――」

「今のところ帰宅部」

「帰宅部。無所属、か……」


 微妙に低い声で、座間さんは呟いた。独り言だとちょっと口調とか違うのかも。


「どこか、その……部活に入るつもりは、ないんですか?」

「うーん。なくはない」

「やっぱり、運動部ですか?」


 座間さんは尋ねた。頭一つ分の身長差があるので、自然と上目遣いになる。


「――学前くん、運動神経いいから」

「いやあ、それほどでも」


 謙遜してみる。運動神経が良いという自覚はある。僕は決して無自覚系ではないのだ。ところで、運動神経ってどんな神経なんだろうね?


「……ん? なんで座間さんは、僕が運動できること知ってるの?」

「えっ? た、体育のときに見てたから――あっ、見てたっていうのは変な意味じゃなくて、そのっ……」


 がたん、と電車が大きく揺れた。急停止したようだ。

 吊り革に掴まっていた僕は無事だったが、虚空を掴んでいた座間さんは大きくよろけ、僕の胸に頭突きをかましてくれやがった。

「ごふっ」と僕は短く呻き、「きゃっ」と座間さんは小さく悲鳴をあげた。早くも恒例化されつつある「すみません」が炸裂する。


「好きな漫画の主人公に似てたから、気になって学前くんのことを見てたというか……」

「へえ。なんて漫画?」

「ひ、秘密ですっ!」


 座間さんにしては珍しく強気な口調で言うと、露骨なまでに唐突な話題転換を試みる。


「と、ところでっ! ぶ、部活の話ですっ!」

「部活の話なんだ」

「部活の話なんです」座間さんは頷いた。「よかったら、その、ぶぶぶぶ文芸部に――」

「文芸部って何人くらいいるの?」

「四人です」

「少ないね」

「うちの高校では、部活は申請が通れば一人からでも作れるんです」

「え。一人でも?」

「あ、はい。なので、『ぼっち部』という一人だけの部活も、詩頓高校には存在するらしいです」

「へえー」それ、申請通るの?「活動内容は?」

「不明です」

「不明なんだ」

「ち、ちなみに『ぼっち部』亜種で『孤独部』や『一人きり部』なんかも存在するそうです」


 もう合併しろよ。ぼっち同盟になれば、ぼっちじゃなくなって、みんなハッピー。


「どうですか、文芸部?」

「うん。本読むのはけっこう好きだし、ちょっと考えてみるよ」

「いつでもウェルカム、なのでっ」


 おっ。勧誘に気合入ってるな。


「ちなみに、四人中二人は幽霊部員、なのでっ」


 実質、二人じゃねえか。ぼっち部亜種みたいなもんじゃねえか。


「待ってます。いつまでも、待ってます――」


 映画のワンシーンみたいな台詞を吐いた瞬間、座間宅の最寄り駅に到着した。ぷしゅー、という空気音とともに、人間が吐き出される。座間さんも例外ではなかった。彼女の小さな体は電車の体外へ放出された。


「あ。コート、洗って返しますね」

「あ、うん」


 正直、洗ってくれなくてもいいので、今すぐ返してほしかった。もちろん、そんな本音はおくびにも出さない。それがジェントルマンってやつさ。僕はプライスレスなスマイルを口元に携えて、


「じゃあ、また明日」

「あ、はい。また明日」


 互いに手を振ったところで、電車のドアが閉まった。

 今日一日で――というか、わずか一時間程度で、僕と座間さんの距離がぐっと縮まったような、そんな気がした。


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