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 準備はおおむね整った。

 これで、三人を退学に追い込むことはできるはずだ。完全決着までは、まだしばらく時間がかかるだろうけれど、とりあえず肩の荷が下りた気分である。

 探偵が事件の解決に段階を踏むように、いじめの解決も段階を踏む必要がある、と僕は思う。


 手始めに、坂本果歩である。

 罪の重さで言えば、断トツで坂本が重罪であり、緊急性が高いと言えよう。

 坂本が薬物に手を染めているという嘆かわしい事実を、僕は善意の市民として警察に通報しようとした、ところで思い留まる。電話口で説明したとて、信じてもらえないのでは? 警察署に赴くのは気が重いな、と――そこで、海老名先生のことを思い出した。そういや、あの人、『私には警察官の友人がいる』とかほざいてたな。

 よし、海老名先生経由で警察に密告だ。


 そんなわけで、翌朝。

 いつもより少し早めに登校した僕(とついてきた座間さん)は、職員室にて優雅に朝のコーヒーブレイクを楽しむ海老名先生に、坂本の所業について詳細に説明し、証拠の入ったUSBメモリを渡した。


 普段は冷静沈着な女王様であらせられる海老名先生も、さすがに動揺を隠せず、コーヒーを床にこぼしてしまい、それをこともあろうに僕に拭かせた。召使いのようにあくせくと床磨きを行う僕を眺めて、彼女は冷静さを取り戻したようで、


「警察の友人には、後で私から伝えておく。他に、私に話しておきたいことは?」

「いえ、とくには」

「……怪しいな」


 海老名先生の眼光が、僕の顔面に突き刺さる。


「お前、さては何かよからぬことを企んでるんじゃないだろうな? ええ?」

「いえいえ、そんなまさか」僕は笑顔で否定する。「よからぬことなんて、何も――」

「ふん。まあいい」


 海老名先生はそれ以上、追及してこなかった。

 彼女の鋭い眼光が、僕から座間さんへと移行し、その過程で柔和なものへと変化していく。彼女は少し寂しげな表情で、座間さんに向かって呟くように、


「いじめのこと、私には相談してほしかったな」

「す、すみませんでした……」

「謝るな。別に非難してるわけじゃない。ただ――いや、なんでもない」


 座間さんの頭を一撫ですると、海老名先生にしては大変珍しく、僕たちを職員室の外まで見送ってくれた。さっそく警察の友人に連絡してくれるのか、僕たちに手を振ると長い脚で廊下を歩いて行った。


 教室へと向かう。歩きながら、座間さんを横目で見る。今日の座間さんはなんだか様子がおかしい。デフォルトで少しおかしいのを考慮しても、明らかにおかしい。不自然である。しかし、具体的にどこがおかしいのかは、まったくもって不明である。

 とりあえず質問をぶつけてみる。


「もしや、いじめが再開したんじゃないだろうね?」

「いえ、そうじゃなくって、そのぉ……学前くん、今日が何の日かわかります?」

「え? 今日、二月一三日」

「今日は、二月一四日です」

「あら、そうだっけ? 二月一四日といえば、僕の誕生日――じゃないな、バレンタインデーだったな、うん」

「そうです。バレンタインデー、なんです」


 座間さんのカバンから、綺麗に包装された小箱が姿を現した。十中八九、チョコレートだろう。一割か二割の割合で爆弾が入っているかもしれない。


「これ、学前くんに……」

「え? くれるの?? 僕に???」

「はいっ」

「ありがとう」


 バレンタインデーに女の子からチョコレートをもらう。モテ男じゃなければ、人生でそうはないイベントである。正直、めちゃくちゃ嬉しかったけれど、格好つけたいお年頃の僕はクールに礼を述べた。


「ところで、これ――義理? 本命?」

「ご、ご想像にお任せします」


 ああ、はぐらかされてしまった――さあ、どっちだ?


 ◇


 帰宅後、僕は座間さんからもらったチョコレートを食べた。

 市販のチョコではなく、なんと手作りチョコである。味だけで言えば、市販のチョコのほうが上なんだろうけれど、手作りチョコには愛がある。いや、これが義理チョコであるのなら、そこに愛はないんか?


 チョコレートはハートの形をしていた。義理チョコにハート型はないだろう、となるとまさかの本命だったりするのか、とやきもきしていると、どこからともなく姉貴が現れた。彼女は胸にチョコレートを山ほど抱えている。


「ふうん。お前もチョコレートをもらったのか」

「まあね」

「何個もらったんだ?」


 にやにや。姉貴は意地の悪い笑みを浮かべている。


「もらった個数に意味などないよ。重要なのは――チョコに込められた思い、それだけさ」

「ほう、そんなかっこつけたことを言うくらいだから、さぞかし愛のこもったチョコレートだったんだろうな?」

「もらったチョコ、ハート型だったんだ。これって本命なのかな?」

「なあ、良樹。バレンタインデーのチョコレートの九五パーセントはハート型なんだよ(※姉貴調べ)。まさか、チョコレートがハート型だったからというだけで、それが本命だと思っているではあるまいな?」


 なん、だと……?


「じゃあ、やっぱり義理チョコなのかな?」

「知るか」


 吐き捨てると、姉貴は大量のチョコともに去っていった。弟をいじめて嗜虐心を満たすの、やめてもらっていいですかね。


「うーむ、義理なのかあ」


 義理でもいいんだ。ギリ嬉しいんだ。でも、本命だったらもっと嬉しかったな。

 嬉しかったな、ってなんだ? もしも、チョコレートが本命だったら――僕は彼女にどう返事していたのだろう?


 僕が、座間さんに好意を持っているのは確かなことで。

 でも、好意以上の感情を持ってるかは不確かなことで。


 不確かなのに、彼女の想いに応えるというのはどうなんだろう?

 なーんて、仮定なのに、妙に真剣に考えてしまった。座間さんが僕に惚れている確率なんて、宝くじの二等が当たるくらいなのにね。

 なぜか悶々としながら湯船につかり、風呂上がりベッドに寝転がり、座間さんにメッセージを送る。


『チョコレート、おいしかったよ』


 すぐに既読がつき、『嬉しいです!』というスタンプが貼られた。

 僕は続けて、『このチョコ、義理なの? 本命なの?』と送ろうとして、書いた文章を消した。代わりに『おやすみ』と送ると、『おやすみなさい』とほんの少しだけ丁寧な文章になって返ってくる。


 スマートフォンをぶん投げると、ただ白いだけの天井をぼんやりと見つめ、いつの間にか僕は深い眠りに落ちていった――。


 ◇


 土日を挟んで、月曜日。

 学校に向かうと、『一年一組の坂本果歩という生徒が逮捕されたらしい』という出所不明の噂が、校内を駆け回っていた。


「なんで逮捕されたの?」「麻薬やってたんだって」「覚醒剤?」「大麻だって話だよ」「俺はコカインだって聞いたけど」「あれ? ヘロインじゃないの?」「ねえ、コカインとヘロインって何が違うの?」「捕まった子、校内で麻薬売ってたらしいじゃん」「え? 自分で使ってたんじゃないの?」「売人もやってたんだとか」「じゃあ、これから何人か捕まるかもしれないね」「捕まったら、退学になるのかな?」「そりゃあ、なるだろ。逮捕だぜ?」「高校生って逮捕されるんだ。俺も気をつけよ」「捕まった坂本とつるんでた奴らも、ヤクとかやってるんじゃねえの?」「つるんでた奴らって?」「佐伯と里中」「それは偏見だろ」「いや、偏見じゃないでしょ」「まあ、類は友を呼ぶっていうからね」「私、里中と同中だったけど、あいつ中学時代かなりヤンチャしてたんだよね。だから、里中はやってそう」「ヤンチャしてたといえば、佐伯も中学時代、何人か不登校にしてたなあ」「それ、ヤンチャとかじゃなくて、ただのいじめじゃん」


 一年から三年まで、果ては教師まで――校内は坂本の話でもちきりだ。

 さすがに緊急で全校集会が開かれるものと思っていたが、何事もなかったかのように朝のホームルームが始まった。


 イトセンは坂本について一切触れなかった。彼は自分が今、喉元に刃を突きつけられた状態であることに気づいていない。佐伯との写真がばらまかれたとき、覇気のない顔はどう歪むのだろうか――。


 佐伯と里中は明らかに苛立った様子だった。その理由が、友達が捕まったからではなく、自分たちに疑いの目が向けられているからであることは明白だ。普段、表面上はそれなりに仲良くしている人たちも、彼女らに声をかけずにいる。爆発寸前の爆弾なんて、誰も触れたくないに決まっている。


 二月一七日。

 坂本果歩が一年一組からいなくなった。

 このようにして、復讐の火蓋は切って落とされた。




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