12
スターバックスを出た二人はカップルらしく腕を組むと繁華街を練り歩く。
僕も負けじと座間さんと腕を組む――とセクハラになりそうなので、一人寂しく腕を組んだ。座間さんはそわそわしながら、僕の半歩後ろをついてくる。何かあったら、僕の背に隠れるつもりなのだろうか。この僕を盾にするつもりか?
定期圏内ではあるけれど、琴中駅で下車したことはなかったので、僕はここらの地理をほとんど何も知らない。ここら辺に何があるのか、地の利があるはずの座間さんに尋ねてみたが、「すみません。わかりません」と謝られるだけだった。きわめてインドア派の座間さんは、ここらをしっかり練り歩いたことはないようだ。
まず二人は、流行が過ぎ去りつつあるタピオカミルクティーをテイクアウトし、それを飲みながらウィンドウショッピングに勤しんだ。アーケード街に立ち並ぶブティックを冷やかし、本屋でファッション雑誌などを立ち読み、ゲームセンターでクレーンゲームに金を落とす。午後一時頃、意識の高そうなレストランで昼食をとり、食後の運動を兼ねてか、再びウィンドウショッピングに励む。
その後、コンビニで飲み物などを購入し、目的地でもあるのか、繁華街を南下していく。
やがて、派手な色彩のホテルが出現した。
もしや、と思っていると、二人がホテルの入口へと吸い込まれていく。僕は慌ててスマートフォンを取り出し、カメラで写真を撮った。カシャカシャ、と音がしてしまったが、幸いそれは二人には届かず、青空の下霧散した。
僕は撮った写真を確認した。
はっきりと写ってはいるが、ホテルに入っていくところなので後ろ姿である。親しい人でないと、このカップルが誰なのかわからないだろう。誰が見ても一目瞭然の写真を撮るには、二人がコトを終え、ホテルから出てくるまで待たなければ。
ホテル前に設置されている、料金表が書かれた看板を見る。ふむふむ、レストは二時間と三時間、それとステイ。平日と休日で料金が異なるようだ。
座間さんはラブホテル前の道で、ぼんやりと突っ立ったまま、
「あ、あのぉ……ここって、あれですよね? そ、そういうことするホテル、ですよね?」
「そうだね、ラブホテルだね」
座間さんは赤面した。
ラブホテルの周囲には居酒屋やパブといった飲食店が乱立しているが、高校生二人組が入れそうな店はなさそうだ。路上で突っ立ったまま、最低二時間の張り込みをするほどの気力や気概は、僕にはない。
健全な高校生が入れそうな店を探す。腹の虫がアンサンブルを奏でているので、できればメインディッシュをいただける店がいいな。
件のラブホテルから少し離れた場所に、二四時間営業のレトロなレストランがあった。外から覗くと、いくつか席が空いていたので、思い切って入ってみる。年配の客が多かったが、若者もちらほらいる。彼らはカロリー過多なパフェをおいしそうに食べていたが、僕たちは腹が減っていたのでランチセットAを注文した。
最近、夏目漱石の『こゝろ』を読んだという話をすると、座間さんが感想を聞いてきた。先生の奥さんがかわいそうだった、というありきたりな感想を述べると、座間さんは激しく同意してくれた。彼女は食事の手を止め、『こゝろ』の感想と考察を熱心に語った。その後、夏目漱石に関するうんちくも熱心に語り、僕はそれを聞き流していた。
そういえば、今、何時だろう?
時刻を確認すると、午後四時を過ぎていた。もうすぐ、二時間が経過する。彼らが二時間の休憩で満足するとは限らないが、出てくる可能性がある以上、そろそろ戻らなければならない。もし出てこなかったら、そのときはまたこの店に舞い戻ってくればいいだけのこと。
会計を済ませ(割り勘である)店を出ると、僕はすぐ近くのコンビニで五枚入りのマスクと安売りされていた帽子を買った。
「花粉症ですか?」
「いやいや、変装しようと思ってね」
二月上旬。マスクをしていても、とくに不自然ではない季節だ。
座間さんに一枚あげる。マスクをつけると、顔の半分ほどが隠れる。座間さんは顔の大半が不織布で覆われていて、めちゃくちゃ小顔なんだなあ、と思いました。
買った帽子を目深にかぶる。座間さんは持ってきた野球帽をかぶった。鳥のキャラクターがなんとも愛くるしい。
「その帽子、どこの球団のなの?」
「え、さあ……?」
座間さんは首を傾げた。別に野球好きというわけではないらしい。
「この鳥のキャラクターがかわいかったから買ったんです」
『なんだかお洒落だから』という理由で、ファンでもないのにニューヨーク・ヤンキースの帽子を被っている系女子の亜種だろうか。
「変装といえば、後はサングラスですよね」
「サングラスはいらないと思う」
「そう、ですかね……?」
ディスコミュニケーション的なディスカッションの末――結局、サングラスはなしとなった。
帽子とマスクで変装としては十分であり、そこにサングラスの追加は過剰である、との判決を最高裁は下した。
その判決に、異を唱えることはなかったが、座間さんは若干不服そうな表情をしていた。控訴されるんじゃないか、と僕はびくびくした。
変装を終えると、件のラブホテルまでダッシュした。マスクをした状態なので、多少の息苦しさを感じる。手首足首に重りをつけて修行する主人公のような気分だ。
げほげほ、と後ろから咳き込む声が聞こえたので振り返ると、座間さんが蜃気楼のように揺らめいていた。今にも倒れそうな体を支える。ぜえぜえ、と今度は喘息っぽい呼吸音が聞こえた。常日頃、運動していないと、いざというとき走れないんだな。座間さんにランニングを勧めてみたけどはぐらかされた。お姫様抱っこも勧めてみたけど断られた。
結局、座間さんに合わせて、かなりゆっくりめのスピードで走った。途中で早歩きと変わんねえな、となって走るのをやめた。
目的地に到着。道路を挟んだ向かいの路地に僕たちは身を隠す。スマホで時刻確認。二時間コースなら、そろそろ出てくるはずだ。裏口とかはないと思うけど、あった場合は待ちぼうけをくらう恐れもあり。
よくわからん雑居ビルの壁に背を預け、スマートフォンのカメラを起動させる。このままの体勢で写真を撮るのは、好ましいとは言えない。盗撮が相手にバレバレだ。バレるにしても、少しくらい足掻きたい。
「座間さん、こっちきて」
僕の正面、道路に背を向けるように座間さんを配置する。
傍から見れば、ラブホテルに入る金もないさもしいバカップルのように見えなくもない。
座間さんの肩越しにスマートフォンのカメラを覗かせ、ラブホテルの入口に焦点を合わせる。
「が、がが学前くん、ち、近いですっ」
「ごめん。少しの間だけだから耐えて」
「わ、わかりました。耐えます――いや、その、別に嫌ってわけではないんですけど……」
この近距離でも、何を言っているのかわからない。お経でも唱えてるのかしらん。
喋ると吐息がこそばゆいが、口をつぐんだままだと座間さんが不安そうな顔で見上げてくるので、ぱくぱくと口を動かしてみる。
「写真撮影の後なんだけどさ――どうする? どっか行きたいとことかある?」
「いえ、とくには……」
「タピオカミルクティーとかには興味ない?」
「興味、ありますけど……今日はもう疲れたので、またの機会にお願いします」
「うん? 疲れたって?」
「人混み疲れです」
「人混み疲れ?」
「人がたくさんいるところに出かけると、体力を使ってしまい、疲れてしまうんです。ほら、スタバもそうですし、繁華街もすっごく混んでいたじゃないですか」
「なるほど」
「え。学前くんは疲れませんでした?」
「いや、別に」
「……あれ? もしかして、私だけ?」
ショックを受けたのか、ムンクの叫びみたいになる座間さん。
どう声をかけようか思案していると、ラブホテルの出入口から例の二人が腕を絡ませて出てきた。座間さんを撮る振りをして、二人を撮影する。念のため、一〇枚ほど連写で撮っておく。
うっとりと恋人を見つめていた佐伯の視線が、盗撮魔兼不審者こと学前良樹のほうを向いた。こいつらは一体ここで何してるんだろう、といった感じの視線であった。愛しのダーリンと合わせて、二人分の視線が突き刺さってくる。
拡張現実のように、僕の目の前に選択肢が提示される。
第一の選択肢、全力疾走で逃げる。
第二の選択肢、何食わぬ顔で平然と立ち去る。
第三の選択肢、座間さんを抱きしめることでバカップルを演出する。
さーて、どれにしようかな。
当初の予定では『第一』を選択するつもりだったのだが、全力疾走すれば何かやましいことがあるのだな、と誤解されてしまう(いや、誤解ではないんだけど)。『第三』は座間さんの僕に対する好意レベル次第では、僕が豚箱行きになってしまう。よって、消去法により『第二』の選択肢に決定。
佐伯とイトセンの様子が気になったのか、座間さんは振り返ろうとする。座間さんと目が合えば、彼らは疑念を深めるに違いない。変装をしているので、疑念を持たれようが問題ないのだが、持たれないに越したことはない。
「夏波」
「はひぃ!?」
「行こう」
座間さんの小さな手を取り、狭く薄汚い路地を突き進んでいく。二人が後を追ってくることはなかった。角を曲がったところで、もう大丈夫だろうとマスクと帽子を外した。座間さんもマスクと帽子を外す。
僕は先ほど撮った写真を確認した。プロのカメラマン並みによく撮れている(自画自賛)。
「あの……私の、名前……」
「あれ? 夏波じゃなかったっけ?」
「あ、はい。そうです。夏波です。座間夏波です」
「僕は良樹です。学前良樹です」
「知ってます。そうじゃなくて……その、どうして私のこと名前で呼んだのかなって」
「ああ、馴れ馴れしかったかな。ごめんね」
「いえ、その……名前で呼ばれて嬉しかったというかなんというか、ごにょごにょごにょ……」
「ほら、距離的にさ、もしかしたら僕たちの声、聞こえてたかもしれないでしょ? だから、念のために名前で呼んだんだよ。カナミだったら、座間さんのことだってわからないだろうし」
「なるほどぉ。あ、でも、私たちの声が聞こえていたら、声質で誰かバレそうですけど……」
「たしかに」
唸らされた。嗚呼、失念していた。
二人に僕たちの声が聞かれていたと仮定して、その声質で学前と座間だとバレるだろうか。声のサンプルが少なすぎるのでまずバレなかろう、と僕はポジティブに結論付けた。
ううっ、と突如として呻き声をあげてお腹をおさえる座間さん。
「盗撮したことがバレたら私――殺されるかも」
「そんな大げさな」
僕は朗らかに笑ったが、座間さんにとっては笑い事ではないようだ。この世の終わりのように、きわめて深刻そうな顔色である。
「心配しないでよ。座間さんは殺させない――僕が守る」
僕は選ばれしイケメンのみがのたまえる歯の浮くような台詞を吐いてみせると、秦野並みの爽やかさで白い歯を見せた。
「本当、ですか?」座間さんが顔を上げる。「本当に私のこと、守ってくれますか?」
「……えっ?」
ちょっとした軽口のつもりだったんだけど、ずいぶんと真剣に受け取られてしまったな。語尾に(笑)とかつけておくべきだったかな?
「うん、まあ……ねっ」
ねっ、ってなんだよ。
ここはさらに歯の浮くような台詞を――たとえば『ああ、守ってみせるよ。夏波の平穏を脅かす、すべての敵からね』とかなんとか続けるべきだったか。しかし、それだと違うジャンルの作品になりかねないぞ。
「よろしくお願いいたします」
座間さんは感無量かつ感極まったのか、大きな瞳に涙を潤ませ、僕の右手を両手で包み込むようにして握手してきた。まるで教祖に初めてお目にかかった信者みたいで、今の彼女になら果てしなく高い壺を一括で買わせることだってできそうだ。
暗い路地を抜け、夕暮れ眩しい通りへ出る。
ラブホテルですっきりリフレッシュした二人はこの後どこへ向かうのだろう、と他人のデートプランについて僕は思いを馳せる。これにて解散なのか、イトセンの自宅へと向かうのか、はたまた――。
「学前くん、この後のことなんですけど……」
「この後? ……ああ、そういや、座間さんちに行く予定だったんだよね。忘れてたよ」
すっかり忘れてたよ、今日の目的を。
他人からの助けを拒む理由を座間さんから聞き出し、いじめに対する復讐計画を練ること。それが今日の目的。
「座間さんちって、ここから何分くらいで着くの?」
「徒歩で、ですか?」
「徒歩以外の何があるんだい?」
「ここからだと……一五分くらいです」
「案内、頼んだ」
「合点承知」
君、そんなこと言うようなキャラだっけ?




