第8話 広がる評判
ハーモニクス村から戻った私は、村人の相談を時々受けながらも、いつもの日常を過ごしていた。
あれからアレクは、メロディア村を拠点として活動している。
毎日のように顔を合わせるから、なんだかすっかり村の一員みたいだ。
「勝手に拠点を変えて、怒られたりしないんですか?」
ある日、気になって聞いてみた。
「こんな辺境の村の警備体制なんて、誰も気にしていない」
アレクはそう言って肩をすくめた。
……住人としては、ちょっと複雑な気持ちになる返答だった。
そして、ハーモニクス村の出来事から7日後のこと。
私宛てに相談があると、訪ねてくる人がいた。
ウィンドベル村から来たという、中年の女性。
彼女の心からは、柔らかく丸い響きのコルネットが聴こえてくる。
落ち着いたテンポで、相手を包み込むような温かさを持った人だった。
「あなたがアリアさん? この前ハーモニクス村に行ったときに、あんたの話を聞いてね。会ってみたいと思ったんだよ!」
恰幅の良い彼女は、大きな体を揺らして笑いながら話してくれた。
アマンダ・ウィークさん。
周辺の村を巡回しながら行商をしている旦那さんがいて、時々手伝いで一緒に廻っているらしい。
相談内容は、息子さんのこと。
最近グレて喧嘩ばかりしていて、困っているという。
「もしお願いできるなら、一緒に馬車に乗って村まで来れるかい?」
「父に聞いてみますね。少し待ってもらえますか?」
私は彼女の困りごとを解決してあげたいと思った。
でも、まずは心配性の父から許可をもらわないと。
「ああ、それはそうだね。私も一緒に行っていいかい? 挨拶くらいはさせてもらいたいしね」
「わかりました。父は今、薪小屋にいるはずなので、そこまで一緒に行きましょう」
一人で移動するわけじゃないし、ウィンドベル村はハーモニクス村よりも近い。
たぶん、父も駄目とは言わないと思う。
……たぶん。
案の定、行き帰りが幌馬車なら問題ないと、父は了承してくれた。
早速馬車に乗って出発し、幌馬車の荷台でアマンダさんとおしゃべりしながら、のんびりと進んでいく。
おおよその内容も聞き終えて、あとは当事者の息子さんに会って確認するだけとなった。
ウィンドベル村に着いて、息子さんに会った。
十代半ばの男の子で、彼の心からは荒々しいドラムの音が聴こえてくる。
怒りと、苛立ち。でも……その奥に、寂しさの音が混じっていた。
お母さんが行商の手伝いで家を空けることが多くなって、寂しかったんだ。
でも、素直に「寂しい」って言えなくて、その気持ちが暴れる方向に向かってしまったみたい。
私は目を閉じて、二人の心の音に耳を澄ませた。
世界の音が遠ざかり、心の音だけが聴こえてくる。
私の心から、穏やかなハープの音を響かせる。
二人の心に触れて、寄り添って、繋げていく。
やがて、淡い光が生まれた。
目を開けると、アマンダさんと息子さんは抱き合って泣いていた。
「ごめんね……お母さん、寂しい思いさせてたんだね……」
「俺こそ……ごめん……」
よかった。
二人の心の音が、穏やかに調和している。
上手くいったとホッとしていると、前にチカラを使った時と同じように、頭がズキンと痛んできた。
チカラを使った後の疲労が、じわじわと押し寄せてきる。
でも、ハーモニクス村の時ほど酷くないな……。
夕方、予定通りアマンダさんの旦那さんに、メロディア村まで送ってもらう。
旦那さんも息子さんのことで頭を悩ませていたようで、帰りの馬車の中でもしきりに感謝された。
こちらが恐縮してしまうほどだった。
メロディア村まであと少しというところで、前方から馬を駆る人物が近づいてくるのが見えた。
少し警戒しながらすれ違おうとするアマンダさんの旦那さん。
でも、近づくにつれ、逆光で見えなかった顔が見えてくる。それはよく知った人物だった。
「アレクさん? どうしたんですか、これから巡回に出るんですか?」
まだ周囲は明るいとはいえ、太陽はだいぶ傾いている。
巡回の場所によっては、帰る頃には真っ暗になってもおかしくない。
そんな心配をしてみたけど、アレクは返事をしない。
黙って馬車に馬を寄せてくる。
……あれ?アレクの心の音が……怒ってる?
彼のチェロが、引っ掻くような不協和音を奏でている。
顔も、なんだか怒っているような……。
「あの……アレクさん、何か怒ってます?」
「……お前、俺に何も言わずに遠出するなんて、何を考えてるんだ?」
開口一番、そんなことを言われた。……なんで?
「え? アレクさんが巡回で出かけていたから、伝えようがなかったんですよ。この方たちの馬車に乗せてもらえるならって、父も了承してくれてましたし」
アレクの言っている意味がわからない。
父の了承はちゃんと得たと伝えたけど、アレクの様子は変わらなかった。
えっと……何が悪かったの?
「そうじゃない。お前の心構えの事を言っている」
「? 何を言ってるのかよくわからないです……心構えって、何のことですか?」
ますますわからなくて、そう問い返す。
すると、アレクは頭が痛いと言わんばかりに、手を額に当てた。
そして、私を少し睨むように見据える。
「お前……自分の価値を理解していないのか? 親父さんも迂闘だが、自分でもっと警戒心を持て。どんな輩がお前を狙っているかわからないんだぞ!」
「狙う? 私を? 誰が!?」
「そんなの知るか! だが、お前のそのチカラを手に入れようとする人間が、出てくるかもしれないって話だ! この前、お前にしっかりと言い聞かせておいただろう!」
……思い出した。確かに、アレクにそんなことを言われていた。
ハーモニクス村からの帰り道で。
私を守ると言ってくれた時に。
「で……でも、今回はいつも行商に来てくれている人だったし、馬車で送ってくれることになってたから、いいかなって……」
アレクが頭を抱えてしまった。心の音も、怒りより呆れが強くなってきている。
「頭が痛い……こんな辺境で育ってきたから、危機感がないのか? もういっそのこと、警備隊を辞めて近くにいなきゃ駄目か……?」
ぶつぶつとつぶやいている。
これは……謝っておいた方がいいかもしれない……。
「あの……なんかごめんなさい」
「いや、もういい。これは俺が何か方法を考える」
アレクが深く息を吐いた。
そして、疲れた顔で、私に言い聞かせるように言う。
「……とにかく、どこかに出かけるなら、必ず俺と一緒に行くようにしてくれ」
「むう……」
子供扱いされているようで、ちょっと不満。
でも……彼のチェロが、心配の音を奏でているのが聴こえる。
怒っているように見えて、本当は私のことを心配してくれているんだ。
それがわかるから、素直に頷くしかなかった。
「……わかりました。これからはアレクさんに一緒に来てもらうようにします」
アレクがほっとしたように、小さく頷いた。
彼のチェロが、少しだけ穏やかになる。
……心配してくれてるのは嬉しいけど。
でも、もうちょっと言い方があると思うんですよ、アレクさん。
あれからさらに3日後のこと。
アマンダさんの問題も解決し、またいつもの日常に戻っていた私だったけど……困った事態になってしまった。
朝、家の外が騒がしい。
何事だろうと思って、戸口から顔を出してみると……。
「えぇ……?」
見知らぬ人たちが、並んでいた。
5人、6人……もっといる。
10人以上の人たちが、私を待っているようだった。
「あ、アリアさん!」
最前列にいた中年の女性が、私を見るなり嬉しそうに駆け寄ってきた。
「私、ウィンドベル村から来たんです! アマンダさんの息子さんを改心させたって聞いて……うちも娘と息子が喧嘩ばかりしていて……どうか、助けてください!」
「俺は南のリズムタウンから!」
若い男性が手を上げた。
「商売仲間と揉めていて、このままじゃ店を畳むことになりそうなんです!」
次々と、人々が口々に訴えかけてくる。
みんなの心の音が、不安と期待で揺れているのが聴こえる。
「えぇ……こんなにたくさんの人が……?」
どうしよう。
こんなにたくさん来られても、1日や2日じゃ終わらない。でも、みんな困っているみたいだし……。
「アリア、無理はするな」
頭を抱えそうになっていると、様子を見に来た父が私の肩に手を置いてくれた。
「お前は優しいから、全員助けようとするだろうが——」
「待て」
低い声が響いた。
振り返ると、アレクが馬を引いてこちらに歩いてくる。
「お前ら、一度に押しかけてどうする。アリアが困っているだろうが」
アレクのぶっきらぼうな口調に、人々が少し怯んだ様子だった。
でも、逃げ出すような人はいない。
それだけ、みんな困っているんだ。
アレクの心の音を聴くと……彼は、私を心配してくれている。
守ってくれるという約束を、きちんと果たそうとしてくれているんだ。
「アレクさん……」
頼もしさに、思わず手を合わせそうになる。
「一度に言われてもわからん。順番に並んで、一人ずつ話してくれ」
アレクはそう告げると、テキパキと来訪者たちを一列に並ばせた。
列が整ったところで、アレクが私を見る。
「アリア、お前……また俺に相談することが頭から抜けていたんじゃないのか?」
「ギクッ」鋭い突っ込みに、思わず体が硬くなる。
……忘れてたわけじゃないですよ?ちゃんと後で相談しようと思ってましたよ?
「……はぁ」
アレクがため息を吐いた。
でも、その表情は呆れながらも優しい。
「俺が護衛として同行する。何度も言うように、お前一人じゃ危ない」
「あ、ありがとうございます……」
「それに、こいつら全員の話を聞いて回るには、馬が必要だろう?」
私は、アレクの言葉に頷いた。
そして、父の方を向く。
「お父さん……私、行ってきてもいいかな?」
基本的に、父は心配性だ。こんなにたくさんの人たちを相手にするなら、1日や2日じゃ済まない。
泊まりがけになる場合も出てくるかもしれない……だけど……。
父は長い沈黙の後、深く息を吐いた。
「…………アレク殿が一緒なら、安心だ。でも、無茶はするなよ」
私の頭に、優しく手を置いてくれる。
父の心から、私を送り出す決意と、アレクへの信頼のマーチが聴こえてきた。
「ありがとう、お父さん」
こうして、私とアレクの旅が始まった。




