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ココロ・ノート〜心の音が聴こえる世界で、少女は伝説の調律師になる~  作者: 名雲
第1章「調律師の目覚め」

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第6話 隣村の争い

 森の道を抜けて、開けた場所に出た。



「見えてきたぞ。あれがハーモニクス村だ」


 アレクが前方を指差す。

 視界が開けて、メロディア村よりも大きな村が見えた。

 昼過ぎの陽射しが、麦畑を金色に輝かせている。



「大きいですね……」


 人口は500人ほどらしい。

 村の南側には大きな農園が広がっている。稲穂を揺らす麦畑に青々と茂った野菜畑。


 でも――村の雰囲気が、なんだか重苦しい。

 すれ違う村人たちから、心の音が聴こえてくる。


 不安、怒り、悲しみ……。


 不協和音が、村全体を覆っているような感じがする。

 胸が、ちょっと苦しい。


 農園主と若い農夫の対立――アレクからそう聞いていた。

 でも、実際に村に入ってみると想像以上だった。


 村が二つに分かれているような感じがする。

 まるで、別々の交響曲が同時に流れているみたい。


 それぞれが違うリズムと旋律を奏でていて、ぶつかり合って、不協和音を生み出している。



「まずは村長に会おう」


 アレクが馬を降りて、私も手を借りて降りる。

 近くにいた村人に声をかけて、村長の家まで案内してもらった。


 辿り着いた大きな木造の家。

 アレクが扉をノックすると、疲れた様子の男性が出てきた。



「ああ、警備隊の方ですね。待っていました」


 案内されて中に入ると、そこには2人の男性がいた。


 ひとりは、50代の恰幅の良い男性。

 立派な服を着て、村の有力者という雰囲気だ。


 彼の心からは、深い低音のチューバと、怒りに任せるような激しい太鼓の音。怒りとプライドを、これでもかと主張している。


 もうひとりは、20代半ばの若い男性。

 日焼けした顔と筋肉質な体は、畑で力仕事をしている農夫だろう。


 彼の心からは、温かいマリンバの音。

 でも、相手の太鼓に抗うように、強く強く叩いている。

 堂々とした旋律は、彼の正義感を感じさせるけれど、その奥に焦りが感じられる。


 二人とも、家に入ってきた私たちをチラリと見るけど、すぐに視線を戻してお互いを険しい表情で睨み合っている。

 ――怖い。

 この雰囲気で、仲良くしましょうなんて言えない……。



「よく来てくれた」


 村長さんが、疲れ切った表情で私たちを迎えてくれる。


 目の下に深いクマができていて、肩も落ちている。

 心の音も、途切れがちなサックスが弱々しく響いている。


「もう勘弁して欲しい……」そんな想いが、音に滲み出ていた。

 村長さんの様子も気になるけど、このピリピリとした雰囲気の中じゃあ、とてもじゃないけど聞けない……


「まずは紹介しよう。こちらが、農園主のブルーノ・ハーベスト」


「よろしく」と、こちらをちらりと伺いながら短い挨拶をくれるハーベストさん。



「そして、こちらの若い農夫はフェリックスだ」


「初めまして」


 フェリックスさんはこちらをしっかりと見て、軽く会釈をしてくれる。


 ハーベストさんが、こちらを見て眉をひそめた。不服そうな表情を隠そうともしないで言ってくる。



「これが噂の娘か?随分と若いが、大丈夫なのか?」


 ――疑われてる。

 まあ当然だよね。噂は聞いていても、やって来たのはどこにでも居る田舎娘だ。信用しろっていう方が無理がある。


 少し落ち込みかけた時、アレクが一歩前に出た。



「俺もこの目で現場を見た訳じゃない。だが、メロディア村で聞き取りした限り、噂は本当だと考えている」


 アレクが、少し厳しい口調で言った。



「見た目で判断しない方がいい」


 ハーベストさんに向かって、堂々と言い切るアレク。

 その言葉に、少しだけ勇気が湧いてきた。

 それに、疑われながら話を聞きだすのは難しかったので、言い切ってくれたのは素直にありがたい。


 フェリックスさんが私を見た。

 その瞳に、小さな希望の光が灯る。


「本当に……俺たちを助けてくれるのか?」



 そんな目を向けられても、助けられるなんて言えない。

 自分でもこのチカラが何なのか、まだわかっていないんだから。

 でも、困っている人がいるなら、できる限りのことはしたい。



「できる限り、頑張ります」


 そう言うのが精一杯だ。


 ぶつかり合っている二人からの視線と、周りで成り行きを見守っている村人たちの視線。

 たくさんの心の不協和音が鳴り響く中、二人を和解させなければならない。


 ――緊張する。昔から知っているメロディア村の住人とは違う。

 怒らせたらどうしよう?私のせいで余計に酷くなったらどうしよう……?


 心の中は不安でいっぱいだが、ここまできたらやるしかない。


 私は促された椅子に座った。


 深呼吸をする――まずは落ち着こう。大丈夫だ。

 二人を正面から見据えて、口を開いた。



「まず、お二人の話を聞かせてください」


 声が、少し震えているかもしれない。


「何があったんですか?」







 この村に来る道中で、アレクには内容を聞かされていたけど、改めて二人から話を聞いた。

 アレクから聞いていた通り、問題は土地のこと。


 村の西側に、長年放置されていた共有地があるらしい。

 ハーベストさんは、それを自分の農園に組み込もうとしている。

 対してフェリックスさんは、若い農夫たちのために使いたいと言っている。


 ――どちらの言い分も、わかる気がする。



「その土地は、長年放置されていた。荒れ放題で誰も手を付けていなかった」


 ハーベストさんが、フェリックスさんを睨みつけながら話す声には、力がこもっている。



「村の全員が知っていたはずだ」


 ハーベストさんの声が大きくなる。


「その荒れ地を整地し、開墾したのは私だ!私が苦労して開拓し、肥沃な土地にしたんだ。当然、私のものだろう!」


「でも、あそこは村の共有地です!」


 フェリックスさんも負けていない。

 二人の声が、ぶつかり合う。



「若い農夫たちは、土地が足りなくて困っているんです!あなたは既に広大な農園を持っているじゃないですか!」


 私は、対立している二人の心の音に集中する。

 周りの音が遠ざかって、二人の音だけが聴こえてくる。


 ハーベストさんの心――激しい太鼓の音の奥に……不安?

 なにか心配するような、不安定な音色が混じっている。


 ……これは何だろう?怒っているのに、不安を感じている?


 フェリックスさんの心――自分は間違ってないという強い自信と、正義感。

 でも、その奥に焦りが見える。

 自分のやっていることは正しいと信じているんだろう。でも、なかなか上手くいかない焦りを感じる。



 フェリックスさんの音は、わかりやすい。

 ただ、ハーベストさんの音は複雑で、何を考えているのかわかりにくいな……。


 ――うぅ……少し、頭が重くなってきちゃった。

 でも、まだ大丈夫。もう少し、聞かないと。

 私は、勇気を出してハーベストさんに尋ねた。



「ハーベストさんは、どうして共有地を開墾したんですか?」


「それは、畑がいっぱいになってしまったからな。どこかを開墾して、農地を広げなきゃならなかったんだ」


 ハーベストさんが何を当たり前の事を?という顔で返してくる。



「そうですよね。ただ、開墾するのに、村の共有地である必要があったんですか?別の場所でも良かったのでは?」


「いや、別の場所となると権利やら何やらで面倒なことが起きるかもしれん。村の所有地の方が安心だった。書類なんかは残っていないが、前の村長とは話がついていたんだ」


 ハーベストさんが、過去を思い出しながら話してくれている。

 心の音は変わっていない。――つまり、嘘をついているわけではないようだ。

 と、いう事は……心配と不安の要素はなんだろうか?まだ話を聞く必要がありそう。



「ハーベストさん。開墾した土地はハーベストさんお一人で使うんですか?」


「さっきも言った通り、誰も手を付けていなかった荒れ地を、開墾して畑にしたのは私だ。私がこの土地を使う権利がある」



 腕を組み、自分は間違っていないと主張するハーベストさん。書面で残っていないとはいえ、前の村長さんと話し合いがされていたなら、ハーベストさんに分がありそうな気がしてくる。



「俺たちも、ハーベストさんがどれだけ村のために頑張ってきたか、わかってるつもりだ」


 フェリックスさんも、ハーベストさんの苦労を知っていると言う。



「でも、本当に俺たちの仲間が困っているんだ!」


 ――その時、ハーベストさんから、小さな鈴の音が聴こえてきた。

 小さくチリンと鳴る鈴の音。


 これは……寂しいの?何か寂しさを感じることが、今の会話であった……?


 待って――今の鈴の音は、フェリクスさんの言葉に反応して鳴ったよね。

「どれだけ村のために頑張ってきたか、わかってる」――その言葉に。


 もしかして……。

 私の中で、何かが繋がった気がした。



「ハーベストさん……」


 私は、村の有力者で農園主であるハーベストさんに向き合った。

 心臓がドキドキしている。間違っていたらどうしよう。

 でも――言わなきゃ。私は、彼の目を見据えた。



「あなたは、若い人たちが心配なんじゃないですか?あなたの心の音は、心配と不安の音を奏でていますよ?」


 ハーベストさんが驚いた表情を浮かべた。


「……何を言っている?心の音……?」


「はい。私は、感情を音として聴くことが出来ます。そして、あなたの心の音も聴かせてもらいました」


 私はハーベストさんの目を見据えて答える。


「あなたは、若い人たちを虐げたいんじゃない……」


 ハーベストさんの顔が強張る。



「あなたは、自分が築いてきたものを失うのが怖い。でも、それ以上に――」



 彼の目を、真っ直ぐ見つめた。



「若い世代が自分を超えていくことが、怖いんですね?」


 ハーベストさんの顔が、カッと赤くなる。驚きで顔が強張っていた。



「ふざけるな……」


 ハーベストさんの手が震えている。

 彼のチューバが低く深く沈み込むように低音を響かせ、怒りの太鼓がどんどん強くなっていく。今にも爆発しそうだ。


 ――怖い。

 でも、ここで引いたら――意味がない。


 私は、フェリックスさんに向き直った。

 ハーベストさんの怒りが、背中に突き刺さる。

 でも――両方の想いを、聴かないと。



「フェリックスさん」


 一度息を深く吸い込んで、彼の目を見た。



「あなたは仲間たちを助けたい。でも、先ほど言っていたように、ハーベストさんの努力と、今までの貢献も認めていますね?」」


 フェリックスさんが少し俯きがちに答える。



「……そうだ。ハーベストさんが今までどれだけ村のために尽くしてきたか、俺も知っている。でも……」


 私は椅子から移動し、2人の間に立った。



「何を……」


 私の行動に驚く2人だったが、構わず私は集中する。



「お二人とも、村のことを思っている」


 頭が、また少し痛くなってきた。



「ただ、お互いの心が――見えていないだけ」


「心が……見える?」


 ハーベストさんが眉根を寄せて、疑わしそうに私を見る。


 こめかみが、ズキズキと痛む。

 でも――ここまで来たんだと、自分に言い聞かせて自分を奮い立たせて、二人の間に立った。



「ええ。見せてあげます」


 深く、息を吸い込む。



「お互いの気持ちを――心を」


 そして――私は、体の中にある()()()を解放した—————。




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