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ココロ・ノート〜心の音が聴こえる世界で、少女は伝説の調律師になる~  作者: 名雲
第3章 王都での日々

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第50話 人見知りの研究者

「クレシェンダ・ブライト――この娘は変わり者でな……会いにいくならば、心して行く方がいい」


「えっ……?」


 “変わり者”という言葉に、思わず目を瞬かせる。


「へえ、若い女性で学者を務めるなんて、よっぽど優秀な方なんでしょうね!」


「面白そうだねぇ――どんな女性なのか、とても興味が湧いてくるよ」


 隣に座る2人が、興味津々といったふうに話している。



「クレシェンダ・ブライト――ですか。その女性は学院で研究をされているんですか?」


 アレクが少し驚いたように、リタルダントさんに確認を取っている。



「ああ、そうだ。学院の大学部で研究をしているが――少し待ってくれ」


 リタルダントさんはスッと立ち上がると、窓際の書棚の前に歩いていく。



「たしか、この辺りに……お、あったあった。これが、彼女が発表した論文の写しだ」


 書棚から一冊の本を取り出すと、私に差し出してくれた。


 ずしりと重たいそれを受け取ると、まだ新しい紙とインクの匂いがふわりと鼻をくすぐった。

 分厚い革張りの表紙には、金の押し縁で難解なタイトルが刻まれている。



「『魂魄振動領域……と音響相関に関する……多角的考察』……? これ――いったい、どういう意味なんですか?」


 リタルダントさんは微笑みながら私を見て、ひと言で応えた。



「わからん」


「――え?」


 あれ、聞き間違い?

 確認するようにリタルダントさんの方に耳を寄せる。


 けれど――彼はため息を吐きながら頭を掻いた。



「内容は少し読んだが、難しすぎて儂にはさっぱりだった。これでも、貴族の末席で騎士団の団長を務めた身だ。それなりの教養はあるはずなんだがな……」


 頭を掻きながら少し落ち込んだ顔を見せているけれど、この厚さの本を読んだだけでも凄いと思う……



「これは……なかなか難解そうな本ですね、ちょっと僕は遠慮しておきますね」


「ボクも同じく。こんなの読んでたら、頭の中の音楽が飛んでいってしまうよ」


 2人ともお手上げとばかりに本から距離を取っている。

 あと、頼りに出来そうなのは――

 アレクをチラッと見ると、スッと目を逸らされた……

 いつもは落ち着いている彼のチェロの音が、ギィッとあからさまに誤魔化した不協和音を立てている。


「……アレクさんも一緒に読みましょうよ」


「……師匠、久しぶりに稽古をお願いしても良いですか?」


 ああ!? アレクも逃げる気だ!



「アレクさん!? 私一人でこの本を読めって言うんですか? 一緒に読みましょうよ!」


「……俺は剣の道に生きる人間だ。この先もお前を守る為に、師匠に手合わせを願うという重要任務がだな……」


 私の方を見ずに、早口で捲し立てるアレク。



「そんなこと言って……助けてくださいよ! 私の事を守る騎士になるって言ってたじゃないですか!」


「いや、それとこれとは別だろう!? 敵は倒せても、そんないかにも難解な本なんか理解出来る訳ないだろう!」


 私のお願いをすげなく断るアレク。

 うぅ……ひとりでこの本を読まなきゃならないの……?


 調律師の事を調べるのに、図書館の本を読む覚悟はしてきたけど、いきなりこんな難解な本なんて……アレクじゃないけど理解出来る訳ない。


 涙目で本の表紙を睨んでいると――



「まぁ待て。無理に本を読むより、本人に会った方が早いだろう」


 リタルダントさんの声が聞こえて、俯いた顔を上げる。

 そこには、穏やかに見守る瞳があった。



「わからないと頭を抱えるより、わかる人間に教えを乞う方が建設的だ。とはいえ、あの娘は少々偏屈で気難しくてな……」


 彼のコントラバスが、萎れたような音を立てる。



「そんなに気難しい方なら、会ってくれない可能性も……?」


 掴んだ可能性が遠のいてしまう感覚に、指先が冷たくなっていく。



「いや、アリア嬢の面会を断る事はないだろう。何せ、追い求めていた人物の可能性が高いからな。一も二もなく飛びつくだろうよ」


 どうやら会う事は出来そうだけど、リタルダントさんが懸念していることがはっきりしない。

 言いにくそうにしているけど、何か重大なことなんだろうか……?



「――じゃあ、何が問題なんですか? もしかして、何かのご病気とか――?」


「人見知り」


「――は?」


 ……人見知り?



「協調性がない、人の話を聞かない、自己中心的、興味のある話題を延々と話す……」


 リタルダントさんが指折り数えながら、クレシェンダさんをこき下ろしている……



「……まぁ、そんな感じでな。あの娘のしている研究はイロモノ扱いされているせいで余計に拗らせているんだが……あんな生活で、24歳になっても独り身なのが心配でなぁ……」


「そ、そうなんですね……」


 遠い目をしているリタルダントさんに、苦笑いで相槌を打つけれど、どうやら会うのは問題なさそうだ。

 上手くお話し出来るかは別として……



「こんな愚痴を言っても困らせるだけだな。どれ、クレシェンダ宛に紹介状を書いてやろう」


 そう言って、リタルダントさんは紙とペンを取り出すと、サラサラとペンを走らせていく。



「あの娘は――クレシェンダは、小さい頃から人並みはずれて賢くてな。そのせいか周囲に馴染めなかった――」


 紙の右端に自身のサインを書き、封筒に収めてくれる。

 その封筒を私に差し出しながら、言葉を継いだ。



「それでも、自分の研究を信じてずっと続けている。だからアリア嬢の事を聞いて、儂も喜んだものだ……少し変わり者だが、あの娘のことをよろしく頼む」


 娘を想う父親のように、温かなコントラバスを響かせながら、私に頭を下げたリタルダントさん。


 その音と言葉を受けた私の返事は決まっている――



「わかりました。任せてください」


 そう言って、差し出された封筒をしっかりと受け取った。



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