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ココロ・ノート〜心の音が聴こえる世界で、少女は伝説の調律師になる~  作者: 名雲
第3章 王都での日々

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第48話 コントラバスの響き

 王都の朝は早い。


 朝焼けの色はすでに薄れて、空はゆっくりと澄んだ青へと染まりはじめていた。


 ぎぃ、と少し軋む木枠を押して窓を開け放つと、朝の澄んだ空気が街の息吹と一緒に部屋へと流れ込んできた。

 遠くに見える煙突からは薄く煙がたなびいて、香ばしい小麦の香りが風に乗って鼻先をくすぐる。


 誘われるように視線を落とすと、窓の下を男性たちが急ぎ足で通り過ぎていく。

 仕事にいくのだろう。楽しげに声を響かせながら大通りへと消えていった。


 カン、カン、カン――――


 どこかの工房から、風に乗って鉄を打つ音が聴こえてくる。

 リズミカルに響く槌の音は、まるで鉄琴のよう。

 目覚めたばかりの街の騒めきに、甲高い彩りを添えているようだ。 


 窓から見える色とりどりの壁に飾られたお店の前には、もう商品が並び出していて、店員たちが忙しなく動いていた。


 賑やかな音を楽しみながら、髪を梳かして身嗜みを確認する。



「よし、準備完了――」


 今日はアレクの恩師――元騎士団長のリタルダントさんに会う。

 お貴族様というのもあるけれど、アレクがお世話になった人と会うのは緊張する……


 変な印象を持たれないように気をつけないと――


 もう一度身嗜みを確認した後に、手早く荷物をまとめて部屋を出る。

 1階へ降りて食堂に向かうと、もうアレクとヴィヴァーチェさんが座っていた。



「おはようございます。アレクさん、ヴィヴァーチェさん」


「おはようございます、アリアさん。よく眠れましたか?」


 私が挨拶をすると、ヴィヴァーチェさんがいつもの明るい調子で手を挙げてくれる。

 向かいに座るアレクは、短く「ああ、おはよう」と応えて小さく微笑んでくれた。


 手を振り返しながら視線を落とすと、2人が座るテーブルの上には色鮮やかな朝食の皿が並んでいる。

 香ばしい焼き色の卵料理と鮮やかな色味のサラダ、それに甘い香りを漂わせている焼きたてのパンとスープ。

 シンプルだけど、とても美味しそう。



「うわぁ、美味しそうですね! この匂いでお腹が空いてきちゃいました」


 そう言いながら空いた椅子に座ると、すぐに朝食のトレイが運ばれてきた。

 宿屋の主人にお礼を告げてから、私は静かに目を閉じた。

 胸の前で両手を組んで、聖句を詠みあげる。



「――今日という一日と、この恵みの糧に感謝を。今日出会うすべての響きに寄り添えるよう、わたしの心を整えてください……」


 祈りの言葉とともに、弦の切れた私のハープから、少しだけ柔らかい音が食堂に響いた。

 ゆっくりと目を開けると、ヴィヴァーチェさんが少し目を丸くしてこちらを見ていた。



「おや、アリアさんは熱心な信徒さんだったんですね。道中ではあまり見かけなかったので、少し驚きました」


「あ、ええと……旅の間は余裕がなくて……でも、実家にいた頃は、毎朝のお祈りが当たり前だったんですよ」


 ちょっと照れ臭くなって頬を搔きながらはにかむ。



「それに、特別熱心ってわけでもなくて……ほら、今日はアレクさんの恩師の方に会うじゃないですか。だから――」


 アレクをちらりと見ると、いつもより丁寧に整えられた髪と襟元。

 隙のない佇まいと聴こえてくるチェロの響きに、彼の緊張と敬意を感じる。



「ちゃんと心を整えておきたかったんです。アレクさんの大切な人に、失礼がないように」


 アレクもさっきのヴィヴァーチェさんみたいに、目を丸くして私を見た。

 パンを口に運ぼうとした手を止めて、少し恥ずかしそうに視線を逸らす。



「――そうか、ありがとう。その心遣いはリタルダント卿にも届くだろうさ」


 そう言って、いつもより少し乱暴な仕草でパンを食べ始める。


 ――ふふっ、照れてる姿がちょっと可愛い。


 そう思っていると、ヴィヴァーチェさんがニヤニヤしながらアレクをからかいだした。



「照れてますね、アレクさん? いやはや、朝からご馳走様です。それで、そのリタルダントさんのお宅はどの辺りにあるんです?」


「照れてない! ……リタルダント卿の屋敷は、貴族街に程近い場所だ。門のこちら側だから、面倒な手続きは必要ない」


 貴族街? 門?

 私の知らない単語に首を傾げていると、気づいたヴィヴァーチェさんが説明してくれた。



「そうか、アリアさんには馴染みがないですもんね。この王都には、昨日通り抜けた城壁以外に、あと2つの壁で囲われた区画があるんです」


「コーダの街では、ピアニッシモ辺境伯がいた居城にも巨大な城壁と門があっただろう? 王都でいうと王城がそれにあたる」


 ――うんうん、コーダの領城に入るための門もすごく大きかった。

 王城にもそういった壁と門があるのは理解できる。



「もうひとつの門というのが、平民街と貴族街を隔てる壁と門なんだ」


 アレクが、少し眉をひそめながら教えてくれた。

 ヴィヴァーチェさんも、やれやれといった感じで言葉を継いでくれる。



「平民が不用意にお貴族様のテリトリーに入らないようにするための門ですよ」


 ヴィヴァーチェさんには珍しく、皮肉げな言い回しだった。

 私は意外に思いながらも聞いた内容を確認してみる。



「ここって平民街なんですよね? 貴族街に行くには、許可証とかが必要ってことですか?」


「そうだな。一般的には、治安や警備の観点から壁で仕切って街を2つに分けているんだが――」


 顎に手を当てて、言葉を選びながら教えてくれるアレク。

 その後ろに、スッと近づく人物がいた。



「やれやれ、どこの街でも権力者のやることは同じさ。彼らは、自分たちが『特別』だと思い込んでるからね」


 欠伸をしながらやって来たアルバートさんが、開口一番にそんなことを言う。



「遅いぞアルバート、さっさと座れ。それに、滅多なことを言うな……誰が聞いているかもわからないんだぞ」


 アレクが声を潜めて警告するように告げる。

 その言葉に、アルバートさんは肩を竦めた後に「おーい、僕にも朝食をくれないか?」と、宿の主人に声を掛けている。



「まあ、そこら辺はゆっくりと覚えていけばいいですよ。まだ着いたばかりなんですから」


 ヴィヴァーチェさんがニカッと笑いながら言う。

 こんど、そのあたりの事情も教えてもらおう。

 なにかあってからでは遅いからね。



「さて、ともあれ全員揃いましたね。それじゃあ、今日の予定を確認しましょうか――」


 ヴィヴァーチェさんが音頭を取って、今日の予定を確認していく。


 アレクの恩師に会う――

 そのことに緊張が増していくけれど、自分の目的を果たすためにもしっかりしなければ……

 そんなことを考えながら、パンに齧りついた。







「――あそこに見えるのが、平民街と貴族街を仕切る壁だ」


 少し前を歩くアレクが、正面を指差す。

 釣られて指差す方を見ると、少し遠くに2階建ての建物くらいの壁が聳え立っているのが見えた。


 宿を出発して、王都の中心に向かって歩いてきた私達。

 歩き進めるにつれて、通りの両端に建つ建物は洗練されていき、歩いている人達の装いも変わってきている。

 ヴィヴァーチェさんに、この辺りは高級住宅地にほど近いエリアだと教えてもらった。



「結構大きな壁なんですね――壁の上にも兵隊さんがたくさん……」


 手を翳して壁を見やると、結構な数の兵士の人たちが警備しているのが見えた。

 それと、ここ辺りには街路樹とは別に、見慣れないものが等間隔に建っている。



「あの、ヴィヴァーチェさん……あそこに建っている柱って、何のためのものなんですか? この辺りに来てから、結構な数がありますけど……」


 そう言って私が指差す方を確認したヴィヴァーチェさんは「ああ、アレですか」と言ってニコニコしながら教えてくれる。



「あれはランプですよ。松明代わりに使われていて、中に油を入れて燃やしているんです」


「へえ! ランプを外で使っているんですね。さすが王都だけあって、贅沢な使い方ですね」


 私がそう感心していると、苦笑いのヴィヴァーチェさんが「いえ、逆ですね」と指摘されてしまった。



「メロディア村だと松明の方が安いだろうが、王都は他の事で大量に薪を使うからな。薪の金額が農村よりかなり高い」


 アレクの講義が始まってしまった。

 うう……また難しい話なのかな……?



「代わりに、王都には油の流通も多いから、油の価格も低い。だから煙も煤も少ない油ランプが整備されているんだ」


「へえ、そうなんですね。でも、夜も明るいなんて、やっぱり王都は凄いですね!」


 ――よかった。私でもわかる話で安心していたけれど、アレクの講義はまだ終わっていなかった。



「平民街は油ランプが整備されているが、貴族街に行けば油ランプからガス灯に変わるぞ。そのうち、少しずつ平民街にも整備されていくんじゃないか?」


 ――ガス灯?

 初めて聞く言葉だ。



「ガス灯……ってなんです? 油とは違うんですか?」


「そうか、アリアはガス灯の事を知らないのか――そうだな……どう説明したものか……」


 アレクはそう言うと、ヴィヴァーチェさんをチラッと見たけど、ヴィヴァーチェさんは顔の前で両手でバツ印を作っている。

 頭を掻きながら「ええとだな……」と言いあぐねていると、意外な声が割り込んできた。



「ガス灯っていうのは、油の代わりに『燃える空気』を使うんだよ」


 意外なことに、アルバートさんがその知識を披露してくれた。



「街の外に大きな窯があって、石炭を焼く。すると燃える気体――空気が出るんだ。それを地面の中に埋めた管を通して街の中に送っているんだ」


 人差し指を立てながらアルバートさんの講義が続く。



「柱の中とかにその管が来てて、栓をひねるとその『燃える空気』が出てくる。それに火を点けると油を使わなくても灯りがつく仕組みなんだよ」


 にっこり笑顔で講義が終わった。

 まだいまいち理解できてはいないけど、なんとなくわかった気がする。



「へえ~! すごいですね、アルバートさん! てっきり、そういった事には疎いと思ってました」


「いろいろな街を旅しているからね、ボクも意外と知識は豊富なのさ」


 凄い凄いとはしゃいでいると、アレクが少し面白くなさそうにアルバートさんに声を掛けた。



「お前……適当そうな癖に意外と物知りなんだな。もしかして、知識階級の出身だったりするのか?」


 アレクが詮索するように質問するけれど、アルバートさんは掴みどころのない笑みでするりと逃げていく。



「はは、褒め言葉として受け取っておくよ。それに……ボクのことは、まあいいじゃないか。ほら、そろそろ目的地に着いたんじゃない?」


 そう言って通りの向こうを指差すアルバートさん。

 アレクはまだ何か言いたそうだったけれど、言葉を呑み込んでアルバートさんが指差す方へと顔を向けた。


 そこには、周囲の建物より一回りほど大きな屋敷があった。

 赤いレンガで造られた塀に、馬車が通れるくらいの木製の門が付いている。

 周りも大きな住宅ばかりで、静かな住宅街にその邸宅は佇んでいた。



「ああ――この屋敷だ。先触れは出してあるから、このまま入らせてもらおう」


 そう言うと、アレクは通用口らしい扉を開けて、中へと入って行く。

 慌てて私達もそれに続く――扉を潜ったその先には、手入れの行き届いた庭が広がっていた。



「アレクさん、置いていかないでくださいよ、もう」


 ひとりですたすたと進んでいくアレクを呼び止める。

 声に気付いたアレクは、私たちの存在を思い出したようにハッとした顔で振り向いた。



「――すまん。少し懐かしくてな……さあ、リタルダント卿は多分訓練場にいるだろうから、こっちに行ってみよう――」


 アレクから、追憶の響きが聴こえてくる。

 彼のチェロが、少し高い音で優しい音を紡いでいた。


 ――リタルダントさんに会えるのが嬉しいんだな……


 いつもより背筋が伸びているアレクの背を追いかけた。

 彼のチェロの音色に耳を傾けながら、広い庭を進んでいく。


 そして、いくつかの東屋を越えていった先に――ひとりの男性の姿。

 庭の中央で素振りをしている男性が、リタルダントさんだろうか……?


 迷いなくその男性に向けて歩みを進めるアレクを追っていると、進む先から、深く重いコントラバスの音色が響いてきた。


 ――――すごい。なんて深い音……


 聴こえてくる音の重厚さに驚いていると、素振りを止めた男性がこちらを振り向いた。


 白髪の短髪に、深い灰色の瞳。身長はかなり高くて、がっしりとした体格。

 年齢は50代後半だろうか。顔や腕には無数の傷跡があって、長い戦いの歴史を物語っているよう。


 リタルダント・ストーン。元近衛騎士団長。


 彼が剣を納めて、こちらに向き直った。



「よく来たな、アレク――」


 よく通る声が、コントラバスの響きを添えて、私の心の音を震わせた――

 

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