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ココロ・ノート〜心の音が聴こえる世界で、少女は伝説の調律師になる~  作者: 名雲
第2章「王都への旅」

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第41話 金色の二重奏

「わかった。なら、お前の騎士として、俺はお前を支えよう」


 立ち上がり、手を差し伸べてくれる。

 その瞳から冷徹な光は消えていないけれど、掴んだ手は温かかった。



「――ありがとう、アレクさん」


 視線を交わして、どちらともなく小さく笑う。

 振り返ると心配顔のヴィヴァーチェさんと、怪訝な顔の男性達がこちらを見ていた。



「驚かせてごめんなさい……もう一度、あなた達の心の音を聴かせて下さい」


 改めて彼らに向き直る。深く息を吸い込んで――先ほど閉じた心の蓋を、もう一度開いた。


 



 一瞬の静寂――


 直後に再び襲いかかってくる絶望の不協和音。



 泥沼に引きずり込まれるような感覚に、背中に冷や汗が流れて呼吸が荒くなる。


 ――っ! 引き摺り込まれちゃ駄目だ!


 猛烈な勢いに抗いながら、聴こえてくる微かな音楽を掴もうと手を伸ばす。

 けれど、そのたびに絶望の波に手が弾かれ、ハープの音色が泥濘に飲み込まれる。


 ――まだ……まだだ! そこにある音を掴めば――!


 必死にハープの音を重ねようとするけれど、ズルリとこぼれ落ちていく。


 ――頭が痛い……どんどん痛みが強くなってきてる……けど、まだ!


 視界の端で、ヴィヴァーチェさんが何かを言っているけど、耳鳴りが酷くてよく聞こえない……


 ――もっと、もっと集中しなきゃ!


 私を飲み込もうと、心に絡みついてくる絶望の音色が、私の恐怖心を掻き立てようとしてくる。

 痛みと恐怖で涙が出そうになるけれど、歯を食いしばって必死に堪える。


 ――今泣いたら、もうこの絶望に向き合えなくなる――!


 ふらつきそうな体に力を入れて抗うけれど、指が絶望の泥にまみれて、私の音を殺していく。

 頭から追い払おうとしても、私を飲み込んだあの日の濁流が、恐怖と共に脳裏に蘇ってくる。


 自分の呼吸音だけがやけに大きく聞こえる。

 手足も震えて、力が入らない……


 ――ダメ、これじゃ……飲み込まれる――!


 手の感覚が消えかけた、その時――アレクの掌が力強く私の手を掴んだ。


 ハッとして横を見ると、力強い眼差しで私を見ているアレクの姿。



「――俺が、側にいる。俺がお前を支えてやる。だから――負けるな」


 決して大きな声じゃなかった。

 けれど、その音は波となって私の心臓に届いた。


 そして、繋いだ手のひらから温かな音が流れ込んできて、私のハープに触れる。

 耳鳴りが止んで、少し呼吸が楽になった。

 へばりついた泥濘が――少しだけ剥がれた。


 ――これは……このチェロの音色は、アレクの……!?


 背中が軽くなって、霞んだ視界がハッキリしてきた。

 濁流が、少しずつ勢いを失っていく――


 ――なんで……アレクの音が、私を……?


 力強く響くチェロが、絡みつく泥濘を引きはがしていく。

 私を護るような旋律に押されて、徐々に押し除けられていく絶望の音。


 彼のチェロが、私の音を優しく包むように低く響くと、ハープとチェロが寄り添いながら螺旋を描き、互いを紡ぐように舞い踊る。


 ――これは、勝手に……? いえ、自然に溶け合っている……互いを助け合うような旋律になっていく――!?


 驚く私を尻目に、ハープとチェロが美しい二重奏(デュオ)を奏でだす。


 ――温かい


 冷え切った心に火が灯るようだった。

 繋いだ手の温もりから、音を伴って身体に広がっていく。


 横に立つアレクをちらりと伺うと、まっすぐに私を見ていた。

 逃げることも、ごまかすことも許さないような真剣な色味を帯びた目。

 その本気の目を頼もしく思えたから、感謝が口から滑り出た。


 

「アレクさん……ありがとう」


 僅かに見開いて揺れた瞳。

 突然告げられた感謝に困惑しているのに、揺るがないそのチェロの音色に安心感を覚えた。



「今、貴方の音が――私にチカラを貸してくれています」


 ――少しだけ驚いたような表情。

 そんなアレクに握られた手を、私からも強く握り返した。



「だから……このまま、私を支えていて下さい――!」





 そう告げた途端――2人の二重奏(デュオ)が輝きだした。





 空から降り注ぐような金色に輝く光の音が、柔らかく包み込むように暗がりに沈む夜の森に広がっていく。


 隣から息を呑む気配が伝わってきた。じわりと滲んだ汗を感じてアレクを見ると、繋いだ手をじっと見つめていた。



「これは……アリアは今、何かしているんだな? 俺にはよくわからないが、心を突き動かすような高揚感を感じる――」


 そう言って、私に確認するような仕草をする。

 それに頷いて返した私は、前に向き直って心を鎮めていく。


 光に照らされたせいか、徐々に勢いを失っていく絶望の音。

 もはや濁流とは言えないほどに緩やかな流れへと変わってきて、絶望の中に囚われていた彼らの音楽が、徐々に顔を出してくる。


 ――これなら!


 私はチカラを振り絞り、ハープを強く弾き鳴らした。

 絶望の泥濘に塗れたその音楽たちに、壊れ物のようにそっと触れる。


 ――やっと、あなた達の本当の音が聴こえた……


 素朴なオカリナに、落ち着いたファゴット――

 泥に塗れた楽器が、音を取り戻していく。


 ハープとチェロの音色で洗い流された泥が、一塊になって地面に染み込んでいく。

 金色の輝きに照らされた絶望の音色が、空へと溶けるように消えていく。


 柔らかく照らされた世界は、いつものように温かな調べに包まれていく――








 ――――はずだった。



 目の前に降り注ぐ金色の光――その一部が、黒く濁った。



「――え!? 」


 突然起こった光景に思考が止まる。

 耳鳴りがして、ぐらりと視界が揺れたような気がした。



「コレは……何? まだ嫌な感じが消えてない……」


 いつもと様子が違う感覚。

 その違和感を追って周囲に目をやると、溶けて消えた地面が、黒く脈打つように震えているのが見えた。


 ――()()は、何!?


 背筋が冷えて、鳥肌が立つような感覚に襲われる。何か、()()()()()()を見た気がして、心臓がまた激しく脈打つ。



 未だ降り注ぐ光の二重奏(デュオ)が踊る中で、黒い()()がどろりと地面から染み出した。



「――くぅっ!?」


 泥沼のような重く、昏い音。

 金色の光に溶けたはずの絶望が、勢いを取り戻して再び襲いかかってきた。


 ――また、絶望の音が……!? 消したはずなのに……!


 頭の中を掻き混ぜられるような痛みに顔をしかめながら耐えていると、黒い()()の周りに、地面に溶けたはずの泥濘が寄り集まっている。


 やがて人の大きさ程の塊になると、意志を持ったように大きく震えだす。


 鎌首をもたげるように、どろりと黒い()()が盛り上がった。





 ――ぞわりと肌が粟立つ。




 音が見える世界で、私の目に『()()』が映った。

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