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ココロ・ノート〜心の音が聴こえる世界で、少女は伝説の調律師になる~  作者: 名雲
第2章「王都への旅」

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第40話 騎士の誓い

「――お前は、その行為に責任を取れるのか?」


 温度の無い言葉が空気を冷やした。


 ――責任。

 この人達が、他の誰かを襲うかもしれない……


 振り向いた視界に映るのは、やせ細ってひどい顔色の男性達。



「――それは、わかりません」


 喉が震える。

 でも、自分を叱咤して言葉を継ぐ。



「けれど、彼らの心の音は泣いていたんです……この音を聴いてしまった以上、見捨てることは――」


 震える手を握りしめながら、アレクに訴える。



「――私には、できません」


 凍える視線で私を見据えていたアレクの瞳が、僅かに揺れた気がした。


 心の音が聴こえない彼に、伝わるだろうか。

 あの、濁った不協和音は――。




「俺は、辺境警備隊だ。当然、国民達への不利益を排除する義務がある」


 同じ口から出てきたとは思えないほど、硬く尖った声。



「――お前は、それを放棄しろと言うんだな?」


「――っ!」


 心臓が、もう一段跳ねた。


 そうだ、彼は警備隊だ。それを、私が――。

 これは、私の我儘なの……?





 ――――でも、それでも。



「はい、そう言っています」


 彼の瞳を、まっすぐに見つめ返す。


 アレクの目が細められて、僅かに身体に力が入ったのがわかる。

 しかし、その口から言葉が出ることはなく、焚き火の音だけが、夜の空気を震わせる。


 月明かりに照らされたアレクは、まるで彫像のように動かない。

 夜風が彼の髪を揺らすのも構わず、私を見つめ続けている。


 ――相変わらず、心の音は聴こえない。


 耳をすませば、聴こえるかもしれない。けれど――そうしたくなかった。

 後ろから、ごくりと息を呑む音が聞こえる。


 どのくらい時間が経っただろう。

 誰もが口を開くのを躊躇う中、アレクが口火を切った。



「――話を聞いて、どうするつもりだ?」


 低い声を響かせて、鋭い目を背後の彼らへと向けた。



「どうするかは……話を聞いてから決めます」


 一瞬、息が詰まる。けれども、目を逸らさずに言葉を継ぐ。



「まずは、何があったのかを知りたいんです」


 焚き火が、ぱちりと小さく爆ぜた。

 一瞬、彼の瞳が揺らぐ。


 息が詰まるような沈黙のあと、アレクが深く息を吐き出した。

 呆れたような、けれどどこか温度を感じる吐息。



「……わかった」


 少し俯いたまま、ゆっくりと剣を収めていく。



「――聞くだけだ。それ以上は認めない」


 カチリ、と金属が触れ合う音が、冷たく響く。

 だが、彼の手は柄を握りしめたまま。



「……ありがとうございます」


 納得していないのは、わかっている。

 それでも一歩、引いてくれた。


 私は、後ろを振り返って、痩せ細った男達を見る。

 彼らから、まだ微かに泥沼のような絶望の音が聴こえる。引き摺り込まれないように、もう一度息を吸い込んだ。



「――あなた達は、盗賊ではありませんよね。多分、小作農をしていたんじゃないですか?」


 私がそう言うと、息を呑む音が聞こえた。

 僅かに、絶望以外の音が聴こえた気がする。



「何があったのか、教えてください。何故、盗賊のような真似をしたのか……何故、貴方達は泣いているのか――」





 


 彼らは、途切れ途切れに語った。



「……三ヶ月前に、川が溢れた。洪水だ」


 大柄な男性が、言葉を絞り出す。


 俯き、かすれた声は沈むような音だった。

 無理やり引っ掻いたような、甲高い音が頭に響いてくる。



「畑が、全部……泥に沈んじまった。倉の麦も、腐って……」


 肩を震わせて、拳を強く握りしめている。



「災害の復興だと言って、領主は税を上げた。そんなの、払えるわけが無ぇ……」


「俺らは皆、土地を取り上げられちまった……」


 隣の男性が頭を抱えて震えている。

 重く、粘つくような恨みの音が、足元から這い上がってくる。

 ――っ、痛い……!



「……子供がな、腹が減ったと泣くんだ」


 暗く、低い声が震えている。

 肌が粟立つような湿り気を帯びた音が、背中にのしかかる。



「でも、食わせるもんが、ねぇ……何も」


 焚き火の向こうで、誰かが顔を伏せる。

 幾人かの子供も犠牲になっているという。



「――なんで、俺達なんだ? ただ、畑を耕してただけの俺達が、なんでこんな目に逢わなきゃならねぇんだ!?」


 助けて欲しいと……なんで俺達なんだと――

 狂ったように叫ぶ不協和音に、心が引き摺り込まれそうになる。



 ――――っ! 駄目っ!!


 思わず後ずさって、心に蓋をするように音を遮断する。


 心臓は激しく脈打って、冷や汗が流れ落ちる。

 背中が氷を当てたように冷たくて、震える手を止められない……


 ――私は、どうするべきだろう。

 どこまでも昏い音に――周りも巻き込んで引きずり込むような叫びに、心が折れそうになる。


 このまま解放したら、この人達は誰かを襲うのかもしれない。

 その時、返り討ちに遭うのか、知らない誰かが傷つくのか……


 ふと、アレクの方を見ようとして、止める。

 ここで彼に頼るのは……駄目だ。


 『責任を取れるのか』と聞かれたのは、私なのだから。

 考えろ、考えるんだ――!


 必死で考えるけれど、彼らから流れてくる濁った音が、頭を掻き回してくる。

 ズキズキと頭は痛むけれど、それでも考えるのを止めるわけにはいかない。


 顔を上げた時に、彼らの背後で短剣を構えているヴィヴァーチェさんが目に入った。

 ――酷く、心配そうに歪めた顔。

 その顔を見た時に、ふと、ひとつの案が頭に浮かんだ。



「――ヴィヴァーチェさん。この人達が、コーダの街まで行くには、いくらの路銀が必要ですか?」


「コ、コーダまで……ですか?」


 突然の質問に驚いた顔をして、オウム返しに聞いてくる。



「そうです。辺境伯様に頂いた報酬から、必要な分の路銀を渡して……コーダの街まで行ってもらいます」


「えぇ!?」


 ヴィヴァーチェさんが、目を見開いて驚きの声を上げた。



「この盗賊達にお金を渡すんですか!? 持ち逃げするに決まってるじゃありませんか!」


 信じられないとばかりに首を振っている。

 確かに、ヴィヴァーチェさんの反応が普通なんだろう。

 アレクも剣の柄を握ったまま、苦い顔だ。



「……いえ、大丈夫だと思います」


 私は一度、彼らを見回す。

 言葉を聞いた男性達は、ぽかんと口を開けて私を見ていた。


 這い上がって来る不快な音が、少し小さくなった。



「この人達が言っていた事に、嘘はありません。本当に川の氾濫で畑を失って、税のせいで土地も失って、子供を喪った人も……」


 先程聴こえた金切り音が脳裏をよぎる。

 悲しくて、失意と自分の無力を嘆く音――



「彼らの音は、誰かを傷つけようとはしていませんでした。……ただ、家族のために救いを求めていたんです」


 背中にのしかかる湿った音が、少し軽くなった。


 私は、ゆっくりと心の蓋を開く。

 途端に、私の中に入り込んでくる絶望。



「この判断が正しいのかは――わかりません」


 でも、その中に別の音が混ざっている。

 後悔、罪悪感、葛藤……そして、僅かな希望。



「でも、彼らの絶望を聴ける私は……私だけは――」


 ――彼らの音楽が、僅かに聴こえた。


 この音楽を調律すれば、少なくとも彼らの心を絶望から救えるはず――!



「目を逸らさずに、向き合いたいんです――!」


 濁流のような濁った不協和音から、心に届いた音楽を拾い上げようとする――が、上手く掴めない。



「――うっ! ぐぅ……!!」


 歯を食いしばって痛みに耐えるけれど、恨みと苦しみが容赦なく襲い掛かってくる。

 泥濘のような音が、ずるりと心に浸み込んでくる。


 だんだんと目の前が暗くなっていく……


 ……なんで、こんなに痛い思いをしているんだろう……? そんな弱音が頭によぎった。


 ……息が、できない。冷たくて、暗い――


 ――その時。

 絶望の音が、あの時の濁流に姿を変えた。



「――え? なんで……!?」


 頭の中に、濁流に呑まれた恐怖が明滅する。



「や、だ……怖い……嫌ぁ!!」


 体が硬直する。

 あの時の死の恐怖が頭を支配して、どうしていいのかわからない。


 ――誰か……誰か助けて……!!



「――アリア!」


 身体が弾かれたように強く引かれた。

 視界が反転して、硬い胸板に顔が押し付けられる。



「くそ! 無茶しやがって!」


 息が苦しくなるほど、太い腕が私の背中を力強く抱きしめていた。


 いつかのように、どくんどくんと力強く刻むアレクの鼓動が聴こえる。

 縋るように抱き着いて、その鼓動に耳を澄ましていく。



「アリア、お前がここまでする必要なんてない。自分を壊してまで、やる事じゃない!」


 いつもより低くて、震えているアレクの声。

 彼のチェロが私を護るように音を広げていた。


 ――ああ、アレクの音だ。とても落ち着く、大好きな音……


 しばらくその音に身を任せた。


 恐怖で凍り付いた心が、少しずつ溶けていく。

 頭の中の、あの日の死の恐怖は剥がれないし、頭は割れるように痛い――けど、耐えられる。



「ア、アレクさん……ありがとう」


 見上げた先に、心配そうに顔を歪めるアレクの顔。

 こんなに心配をかけたかった訳じゃない。でも――



「……私一人じゃ、怖いです。でも……逃げたくない」


 アレクの瞳が揺らいだ。

 痛々しいものを見るように眉を寄せている。けれども、その腕を緩めようとはしなかった。



「……支えて、もらえますか?」


 アレクの腕が、一度だけ強く締められた。

 チェロの音色は高く低く――彼の葛藤が流れ込んでくる。



「……それが、お前の意志なんだな? 奴らに同情しているだけではないんだな?」


 私は、彼の腕の中で頷いた。



「はい。このチカラを持った私の義務とか同情じゃなくて……私の意志で――私の、我儘です」


 同情なんかじゃない。私は、自分の意志で動いている。




「……そうか」


 アレクのチェロが、何かを決意するように固く、それでいて私を包むように鳴り響いた。



「わかった。なら、お前の騎士として、俺はお前を支えよう」


 立ち上がり、手を差し伸べてくれる。

 その瞳から冷徹な光は消えていない……けれど、掴んだ手は、温かかった。



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