第33話 街道沿いの町
メロディア村を出て、今日で三日目になる。
荷馬車の揺れにも、もうすっかり慣れてしまった。
空は高く、初夏の陽射しが眩しい。
頬をなでる風はあたたかくて、草と土が混じった匂いを運んでくる。
私は荷台の縁に腰を下ろし、指先で木の板をなぞりながら、流れていく景色を眺めていた。
「いい天気……」
眩い陽射しに目を細めながら、空に向けて呟いた。
街道の左手には深緑の森が、陽の光を吸い込んで濃い緑の影を落としている。
右手には、小麦畑がどこまでも広がっていた。
実り始めた穂が風に揺れるたび、さらさらと乾いた音が立つ。
その音は、まるで小川のせせらぎのようで、思わず目を閉じて聞き入ってしまう。
王都への旅路は順調そのもの。天候にも恵まれて、予定より早く進んでいた。
道中はやたらとヴィヴァーチェさんが張り切っていて――
「道中の町も行ったことありますから、ご案内しますよ! アレクさんは行ったことあります? あ、無いんですね。じゃあ僕に任せて下さい!」
「安くてサービスの良い宿も知ってますよ。手配は僕に任せて下さい!」
「付き合いのある商人たちもいますから、僕のネットワークで美味しいお店もすぐに見つけられますよ!」
ニコニコと笑顔でしゃべり続けているけど、アレクはうんざりした表情。
「お前、うるさいぞ」
アレクが文句を言っているけど、ヴィヴァーチェさんはきょとんとしている。
「えっ? そうですか? ほら、情報の共有は大切じゃないですか。僕が出来ることを知ってもらった方が効率がいいでしょ?」
「確かにそうだが……なにせ声がうるさい。しゃべり過ぎだ。あと、なぜか顔を見ると腹が立つ」
「最後のは酷くないですか!?」
二人のやり取りを見て、思わず笑ってしまう。
アレクとヴィヴァーチェさんの掛け合いは面白くて、道中は退屈しないで済んでいる。
「いやぁ、良い天気だ! いつもこのくらい天気がいいと、のんびり進む旅も楽しいですよね、アリアさん!」
立ち直ったヴィヴァーチェさんが、空を見上げながら、陽気に話してくる。
「そうですね、ちょうどいい感じに風も吹いてて気持ちいいです」
「そういえば、ヴィヴァーチェさんは一人で行商して回っていたんですよね? 道中は何をして暇つぶししてたんですか?」
女性のひとり旅なんて出来ないけど、どんな感じなのか気になって聞いてみた。
でも、聞いたとたんにヴィヴァーチェさんのトランペットが、萎れたような音になる。
「いや〜、ひとりで町から町へ移動している間は、暇でしょうがないですよ。しかも、盗賊とか害獣とかが出てきたら一大事ですから、緊張しっぱなしでヘトヘトです」
そうか、旅をしていると盗賊なんかにも出くわすことがあるんだ。アレクがいてくれているから心強いけど、ひとり旅だと大変なんだろうなぁ……。
「今はアレクさんもいますし、安心感が違いますね! それに、ひとりじゃないから楽しいですよ。こうやっておしゃべりしながら、のんびりする事も出来ますしね」
話を聞きつけたのか、アレクが馬を寄せてきた。
「俺はアリアの騎士であって、お前のじゃないぞ。あまりうるさいと、盗賊の前に放り出してやる」
「ひどい!? アリアさん、この人ひどくないですか!? でも、そんなにうるさいですかね、僕?」
「さっきから大声で喋り過ぎだ、お前」
アレクがイライラした様子で言うけれど、相変わらず二人の心の音は調和している。
「え? でも、黙ってると退屈じゃないですか。せっかく仲間との旅なんですから、賑やかな方が楽しいですよ!それに……」
一度言葉を区切って、笑顔で振り返る。その顔は満面の笑みで――。
「こうして誰かと一緒に旅をするのは、久しぶりなんですよ。だから、嬉しくてはしゃいじゃいました」
嬉しそうなヴィヴァーチェさんを見て、「そうか」と返すアレク。
釣られて小さく笑う彼のチェロも、リラックスした音を奏でていた。
夕方に差し掛かる頃、私たちは街道沿いの町にたどり着いた。
ヴィヴァーチェさんが宿の手配をしてくれて、少し体を休める。
小さいけど清潔で、快適そうな宿だ。ヴィヴァーチェさんが店主と知り合いらしい。
「どうです、いい宿でしょ?」
「そうだな、悪くない」
アレクが素っ気なく言うけど、満更でもなさそう。
「さっき店主から聞いたんですけど、この村に吟遊詩人が来てるらしいですよ」
「えっ? 吟遊詩人!?」
吟遊詩人なんて珍しい。
メロディア村で見たのはもう何年も前の話だけど、とても素敵だったのを覚えている。
リュートの旋律と一緒に語られた物語。
あの時の、胸が熱くなるようなワクワクした感情を思い出す。
せっかくなら見てみたい!
「アレクさん、ヴィヴァーチェさん、その吟遊詩人を見に行きましょうよ!」
明日になったら旅立ってしまうかもしれない。
それに、私達も明日の朝に出発する予定だから、タイミングは今しかない。
「吟遊詩人を見たいんですか? ええと――」
ヴィヴァーチェさんが口ごもり、アレクの方に一瞬だけ視線を送った。
――連れて行って大丈夫か?
そう目で問いかけているのがわかる。
その視線を受けたアレクは、少しだけ考える素振りを見せた後に、小さく頷いた。
「アリアだって子供じゃない。酒場に行くくらい大丈夫だろうさ」
そうか、この時間に吟遊詩人がいる場所といったら、酒場になるのか。だからヴィヴァーチェさんが躊躇ったんだ。
「そうですよ。私だって子供じゃないんだから大丈夫です。さあ、行きましょう!」
「ちょっ、押さないで下さいよ、アリアさん! わかりましたから!」
ヴィヴァーチェさんをぐいぐい押しながら宿を出る。
宿の扉を押し開けた瞬間、夕暮れの空気が頬に触れた。
胸の奥で、懐かしい旋律が鳴り始めていた。
――あの歌に、また会えるかもしれない。
そう思うだけで、思わず笑みがこぼれて足取りも軽くなる。
「早く行きましょう! どんな歌が聞けるか楽しみですね!」
振り返ってそう言うと二人は顔を見合わせて、仕方がないというように肩をすくめた。
「落ち着け、どこの酒場にいるかを店主に聞いてくるから、ちょっと待ってろ」
アレクが少し呆れ顔でため息を吐いて、宿屋の店主の方へ向かっていった。
残された私は、少しだけ気まずくなって立ち止まる。するとヴィヴァーチェさんが楽しそうに目を細めた。
「ははっ、アリアさんはいつもは大人びているのに、今日は随分と素直ですね」
「そ、そんなこと……」
言いかけて言葉に詰まる。
否定しきれないのが自分でもわかってしまって。
「いえ、悪い意味じゃありませんよ」
にこにこと笑いながら、穏やかに続ける。
「年相応なところもあって、少し安心しました」
「……安心って」
思わず視線を逸らしてしまう。頬が熱くなるのがわかって、余計に恥ずかしくなってくる。
子供扱いされたようで――でも、嫌じゃないのが余計に困る。
その時、アレクが向こうから歩いてくるのが目に入った。
「場所を聞いてきたぞ。向こうの方に酒場が集まってるらしい」
「え、ええ、行きましょう!」
そう言って、恥ずかしさを誤魔化しながら夕暮れの街並みへと足を踏み出した。




