第31話 新しい仲間
「先ほど、アリアさんから王都に行くと聞きました。王都の人口を考えれば、お客さんはいくらでもいます。稼ぎ放題とは言いませんけど、僕が普通に商売するのと、アリアさんの相談で稼げればやっていけると思うんです!」
ヴィヴァーチェさんが、すごい勢いで詰め寄ってくる。
……王都で、一緒に。
彼の提案は、正直に言えば悪くないと思った。
でも、私はヴィヴァーチェさんのことをまだよく知らない。借金のことも、仲間を想う気持ちも聞いたけれど――それだけで、一緒に商売をする相手として信じていいのかな。
ヴィヴァーチェさんの目が、期待に輝いている。
彼のトランペットは、軽快で、でもどこか必死で――そして、どこまでも前向きな音を奏でていた。
「そんなに上手くいくかなぁ……?そもそも、私は困っている人を助けたいって考えているだけで、お金をもらおうなんて考えていなかったんですよ」
「それは駄目です!下手をしたらそれが一番タチが悪いんですよ。純粋な善意は、簡単に悪意にひっくり返るんです!きちんと対価を貰ってた方が、相手も安心するんです」
そ、そうなの?お金をもらった方が、相手が安心する?
「おい、いい加減なことを言うな。善意が悪意に変わるわけないだろう」
アレクが反論するけど、ヴィヴァーチェさんは揺るがない。
「いいえ、そんなことないです。”無料より怖いものは無い”なんて言いますけど、無償で与えたものを当然として受け取って、さらに文句まで言う人間なんてザラにいますよ。アリアさんに解決してもらっても、他のことでまた悩みだしたりすると、それをアリアさんのせいにして勝手に恨むような人間なんかもいるでしょうね」
「そ、そんな人がいるんですか?」
ちょっと想像がつかないけれど、アレクも「確かに……」なんて呟いている。
「僕は王都でも商売をしたことがありますし、商人独自のネットワークもあります。王都までの道中も、王都に着いてからも、宿の手配でも人探しでもなんでも任せてください!」
ヴィヴァーチェさんが、ここぞとばかりに自分を売り込んでくる。
「僕と一緒に居ると、何かと便利ですよ。決して、アリアさんに損はさせません!」
ヴィヴァーチェさんは、両手を握りしめて、テーブルから身を乗り出しながら力一杯にアピールしてくる。
「私は、困っている人に手を差し伸べたいだけです。それに、チカラを使うと疲労感と頭痛があるから、一日に何回もはできません。だから、本当にヴィヴァーチェさんが思うようにはいかないと思います。……それでも、一緒に来たいですか?」
「もちろんです!確かに50ソルの借金を返すのは大事なんですけど、お金を稼ぐだけじゃなくて、人に喜ばれる事をしたいんですよ。喜んでもらって、感謝されるのが嬉しいから、商人をしてるんです」
彼のトランペットは本気の音色。目を見ても、真剣な想いが伝わってくる。
「ですから、どうか僕も仲間に入れて下さい。お願いします!」
ヴィヴァーチェさんが、テーブルに頭がつきそうなほど深く頭を下げて懇願してくる。
彼から聴こえてくる音色は、相変わらず誠実で、何一つ嘘はない。
私はチラッとアレクの方を見る。アレクは腕を組んで目を閉じていた。
自分で決めろということなんだろうね。アレクのチェロも、いつの間にか穏やかな音になっていた。
「お父さん、アレクさん。この人は悪い人じゃないし、人を騙して楽に稼ごうなんて考えていないと思う。私は、この人を信用してもいいと思う」
反対されるかもしれないけど、自分の考えを二人に伝えた。二人とも腕を組んで黙ったままだ。
私は、少し考えてから続けた。
「それに、私たちは王都へ行くから、案内人がいた方が助かると思う。アレクさんは王都に住んでいたことがあるみたいだけど、私は初めてのことばかりだし、仲間がいた方が安心できる……かな」
最後はちょっと尻すぼみになっちゃったけど、自分の考えを伝えてみた。
コーダの街でも大きくて大変だったのに、さらに大きい王都なんて……不安だよね。
二人の反応を伺っていると、アレクがフッと笑った。
「アリアがそう言うのなら、俺から言うことは無い。そいつが良い奴か悪い奴かは、アリアを見ていればわかるさ」
アレクが組んでいた腕をほどいて、ヴィヴァーチェさんの方を見た。
「いいんですか?アレクさんからも色々と聞きたいことがあるんじゃ……」
「いや、俺はアリアのチカラを信じている。お前がそいつと話して、心の音を聴いた結果なら大丈夫だろう。俺は、お前が単なる同情心だったり、強引に頼まれて断り切れずに了承しないか、心配で見張っていただけだ」
そう言って笑いかけるその笑顔に、胸がキュンとなる。
ああ、アレクの笑顔って好きだなぁ。とても優しい顔になるのが素敵なんだよね。
意識してしまってドキドキしていると、頭の上に大きな手が乗せられた。振り返ると、父が厳つい顔で優しく微笑んでこっちを見ていた。
「俺も、しっかりと考えて決めたのなら反対はしない。アリアがしたいようにすれば良い」
父の心から信頼の音が聴こえてきた。
いつの間にか、子供扱いから変わったみたい。一人の人間として、決断を尊重しようとしているのがわかる。
私の考えていることが顔に出ていたのか、父は苦笑いしながら「お前もいつまでも子供じゃないからな」と言って、指で頬を掻いている。
一人前だと認められたみたいで嬉しい。でも、もう子供じゃいられないって気持ちも湧き上がってきて、ちょっと複雑。
ヴィヴァーチェさんがこっちの返事を待っている。
答えなくては。
「ヴィヴァーチェさん」
彼の目を、真っ直ぐに見た。
「一緒に、王都まで行ってもらえますか?」
その言葉を聞いて、彼の目がキラキラと輝きだした。
勢いよく椅子から立ち上がると、芝居がかった仕草も放り出して、興奮気味にまくしたててくる。
「も、もちろんです!王都と言わず、何処へだって――」
「ただし!」
私は勢いよく右手を前に突き出して、彼の言葉を遮った。
「私のチカラは、困っている人のためのものです。決して、悪いことには使わせないでください」
自分の声にハープの音を乗せて、ヴィヴァーチェさんに宣言した。
私の想いが音になって伝わったようで、ヴィヴァーチェさんの目が真剣なものに変わった。
「もちろんです。僕の名誉に賭けて誓います!金貨を賭けたっていいですよ」
そう言って、舞台俳優のような大げさな仕草で恭しく頭を下げるヴィヴァーチェさん。でも、私に向き直った後に「王都でたくさん稼ぎましょうね!」とウインクしてきた。
まだ出会ったばかりだけど、彼らしい台詞に思わず笑ってしまう。
「ふふっ、お願いしますね、ヴィヴァーチェさん」
お互い笑い合っていると、ヴィヴァーチェさんの肩にアレクの手がぽんと置かれた。
――あれ?アレクの心の音が……
「話はまとまったようだが、俺からも一言言わせてくれ」
笑顔のままのアレクだけど、なんか圧が凄い。ヴィヴァーチェさんも何か感じ取っているみたいで、振り返った顔が引きつっている。
アレクに掴まれている肩が、ミシミシと鳴ってるんですけど……。
「いいか?今は疚しいことは考えていないようだが、もしこの先、欲に駆られて怪しい動きをしたら――」
アレクは剣の柄をポンと叩いた。
「斬る」
「ひぃぃ!?わ、わかりました!わかりましたから!!」
ヴィヴァーチェさんは壊れた人形みたいにコクコクと何度も首を縦に振っている。
脅かし過ぎじゃないかと心配になるけど、二人の音が妙に合っている。
それならこのままでいいのかな、と思って放っておくと、父がため息をついて話しかけてきた。
「まあ、こうなるだろうと思っていたよ。母さんも、こういう性格だったしな」
「ごめんね、お父さん。心配かけちゃって……」
「いや、お前が決めたことならそれでいい。それに、アレク殿がいるなら大丈夫だろう」
そう言ってアレクを見る父。
私も、まだぎゃあぎゃあと騒いでいる二人を見る。
思ったより相性が良さそうな二人との旅路は、きっと賑やかで楽しくなりそうだ。




