第27話 ヴィヴァーチェ・リコ
コーダから帰宅した次の日の朝。
王都行きを認めてもらったこと、アレクに伝えなきゃ。
今日は早めに会いに行こうかな……なんて考えながら鏡の前で髪を結えていると――玄関のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
ドアの向こう側に向かって返事をするけど、今は髪を結っている最中。
仕方なく「どなたですかー?」と声を張り上げた。
「俺だ!グスタフだ!」
「グスタフさん!?」
訪問者はグスタフさんだった。
こんな時間に訪ねてくるなんて珍しいな。いつもなら、鍛冶場の火起こしで忙しいはずなのに。
「ちょっと待っててくださいね!」
声を張り上げた後、できる限り手早く髪を結えていく。
ああっ、ちょっとほつれちゃった!でも仕方ない、このままでいいか。
鏡をちらっと見て、小走りでドアに駆け寄る。
「おはようございます!どうしたんですか?こんな時間に来るなんて珍しいですね?」
「ああ、出掛けるとこだったのか?準備の邪魔して悪いな。お前を訪ねてきた奴がいてな、紹介する約束をしたから連れてきたんだ。時間がないなら出直すぜ?」
どうやら、また私を訪ねてきた人がいるみたい。
アレクのところには、この話を聞いてから行こうかな。
「大丈夫ですよ。時間が決まってる訳じゃないんで。依頼をしたい人が来たんですか?」
グスタフさんは体が大きいから、後ろに居るであろう人物の姿を隠してしまっている。
またお貴族様の遣いの方だったらどうしよう……?
「いや、お前の噂を聞いて、話を聞いてみたいってヤツなんだ。おう、アリアが大丈夫だってよ」
グスタフさんが振り返って、背後にいる人物に前に来るように促している。
入れ替わりで私の前に現れたのは、30歳くらいの男性。
軽くウェーブのかかった茶色の髪。
ペリドットのようなオリーブグリーンの瞳が、好奇心でキラキラと輝いている。
服装はなんだか派手なんだけど……清潔感があって、嫌な感じはしないし、どこか憎めないような雰囲気だ。
人懐っこい笑みを浮かべて、舞台俳優のように腰を折って挨拶をしてくる。
「初めまして、アリアさん。僕は、ヴィヴァーチェ・リコといいまして、東方商業都市国家から来たしがない商人です」
にこにこと、まるで邪気のない笑顔で自己紹介をしてくれる。
でも――彼の心の音を聴いてみると、困惑してしまった。
軽快なトランペットの音。
即興的で、予測不可能。
明るいメロディの裏に、何か別の音が潜んでいるような……
掴みどころがなくて、どんな人物なのか判断しにくい。
でも、このまま黙っている訳にもいかない。まずは挨拶を返さなきゃ。
「初めまして。私はアリア・カンタービレです。私の噂を聞いてきたって言いましたけど、どんな噂を聞かれたんですか?」
私が挨拶を返すと、ヴィヴァーチェさんは我が意を得たりとばかりにズイっと前に出て話し出す。
「ここの周辺の村で色々と伺いました。いがみ合っていたり、関係が拗れたりした人達を仲直りさせて回ったって。不思議なチカラで、心の問題を解決しているらしいですね!」
「あの……はい、そうですね。ただ、大袈裟な話になってないといいですけど……。ええと、お話を聞きたいんでしたね、上手く話せるかわかりませんけど、家の中にどうぞ」
心の音は複雑だけど、私に害意があるわけじゃなさそう。大丈夫……だよね?
こんな感じに話を聞かれるなんて初めてだし、ちょっと緊張しちゃうな。
「よかった。アリアに色々と聞いたらいいさ。じゃあ、俺は鍛冶場に戻るぜ」
役目は終えたとばかりに、グスタフさんは帰ろうとする。ついでに頼み事をしておこう。
「グスタフさん、帰り道でアレクさんに会ったら、家に来てもらうように言ってもらえますか?」
「おう、お安いご用だぜ。じゃあな!」
来た時と同じように、騒がしくパタパタと帰っていく。
グスタフさんって良い人なんだけど……騒がしいんだよねぇ。
私は、ヴィヴァーチェさんを家の中に招き入れて、居間に座ってもらう。
「お茶を淹れますから、ちょっと待ってて下さいね」
そう言い残して、キッチンでお茶の準備をする。
たしか、辺境伯様から頂いたお礼の品の中に、紅茶の茶葉があったはず。
領城でお世話になったメイドさん達のようにはいかないけれど、それなりに飲める味にはなっている……と思う。
「お待たせしました。紅茶を淹れるのに慣れてなくて……。渋かったらごめんなさい」
「ありがとうございます。押しかけたのにお茶までいただいてしまって……」
ヴィヴァーチェさんが笑顔でカップを受け取って、香りを確かめるように鼻を近づける。
「おお、良い香りですね。これはかなり良い茶葉じゃないですか?」
一口飲んで――驚いたように目を見張った。
「この間、辺境伯様から頂いた茶葉なんです。なんでも、王都でも人気のある茶葉だと聞いていますけど、とっても香りがいいですよね」
私もこの紅茶の香りが好きなので、嬉しくなってしまう。
でも――彼の心の音が、また変わった。
さらに複雑で即興的な調子。トランペットの音色の奥に、一定のリズムを刻み続けるスネアドラムの音が重なっている。
情熱的な感情と、計算高くて冷静な心……?
でも、私に好意的な気持ちも伝わってくるんだよね。
うーん、わかりにくいな。
「それは凄い!辺境伯様に呼ばれて、コーダの街まで行っていたと聞きましたよ。辺境伯様のところでもご活躍されたんでしょうね。そうそう、この村の人達からも聞きましたけど、アリアさんは、人の心の音を聴くことが出来るとか……?」
「そうですね。聴こえるようになったのは最近のことなんですけど……」
それから、チカラに目覚めた経緯や、周辺の村で解決した問題を聞かれて、ひとつひとつ説明していった。
ヴィヴァーチェさんはお話が上手で、ついつい色々話してしまう。王都に行くことも、調律師のことも。
楽しくお喋りしていると――ふと、ヴィヴァーチェさんのトランペットが鳴りを潜めた。
おや?どうしたんだろう??
彼は少しだけ考えるような素振りを見せたあとに、なにかに挑むような音を出しながら、こちらを見て口を開いた。
「アリアさん。王都に行くときは――」
「アリア、いま帰ったぞ!」
ヴィヴァーチェさんが何かを言おうとしたタイミングで、父が帰って来た。
ヴィヴァーチェさんに「ごめんなさい」と断りをいれて、玄関へと向かう。
父の横にはもう一人――アレクがいつもの様子で立っていた。
「あ、アレクさん、おはようございます。来てくれたんですね。お父さんもお帰りなさい。今お客さんが来てるから、買い物した荷物はお願いしてもいいかな?」
「来客?また依頼したい人が来たのか?」
父が複雑な表情を浮かべる。
王都行きの話をしたばかりだから、またどこかに行くのか気になるんだろうな。
「ううん、依頼じゃないんだ。なんでも、私の噂を聞いて、話を聞くためにわざわざここまで来たんだって」
「話を聞きに来た?どんな奴だ?」
アレクが鋭い目つきで聞いてくる。彼のチェロの音色も、警戒するような低い音で響いていて、ちょっと穏やかじゃない。
父も同じ気持ちのようで、無言で圧をかけてくる。
「ヴィヴァーチェさんって人で、東方商業都市国家から来た商人さんなんだって。ここら辺で行商している時に噂を聞いたって言ってたよ」
「おい待て――そいつは男なのか?」
アレクの声が、一段階低くなった。
警戒心が、さらに強まっている。
父も同じで、いつの間にか顔つきが険しくなってる。
「男の人だけど……。一応、心の音も確認して、私に悪意が無いのがわかったから家に招いたの。もう、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「そうは言っても、何があるかわからん。特に知らない男と二人きりになるなんて、警戒心が足りないぞ」
アレクがお説教モードに入っちゃったみたい……。始まると結構長いんだよなぁ。
「そ、それよりも、ヴィヴァーチェさんを待たせているから戻らなきゃ。あ、そうだ!アレクさんも一緒に話しましょうよ」
「なんで俺が見ず知らずの奴と話さなきゃならないんだよ。……いや、待て。そいつの思惑を知りたい。やっぱり俺も一緒に行くぞ」
普通にお話しているだけなんだけどなぁ……。アレクは心配性なんだよね。
「アリア、荷物を仕舞った後に俺も顔を出す。お茶を用意をしてくれ」
そう言って、父は倉庫の方へと荷物を抱えて行ってしまう。
アレクと一緒に居間へ移動すると、にこやかな笑顔で座っているヴィヴァーチェさん。
「ヴィヴァーチェさん、お待たせしました」
席を外したことをお詫びする。
「いえいえ、全然問題ありません。ところでアリアさん、隣にいらっしゃる方は?」
「この人は、アレクさんです。ええと……」
「お前……アリアに何の用だ?」
私の言葉を遮って、アレクがヴィヴァーチェさんに一歩近づく。
剣の柄に手をかけて、鋭い目付きで睨んでいる。彼の心から、低く重いチェロの音――警戒心と、私を守ろうとする強い意志。
空気が、張り詰めた。
「誰の差金でここへ来た……?」
アレクの声は、氷のように冷たい。
ヴィヴァーチェさんが顔を引きつらせた――。




