第13話 領都コーダ
ピアニッシモ辺境伯様からの招待を受けてから三日後。
アンダンテ月の最終日。
私はアレクの馬に乗って、領都コーダへ向かう。
メロディア村から領都までは、およそ三日の旅。
長い道のりだけど、アレクが一緒だから大丈夫。そう思いながら旅立った。
アレクと一緒に回った村に寄りながら、できるだけ早く領都を目指す。
間違っても約束の日に遅れるわけにはいかない。だから気持ちばかりが焦っちゃうけど、旅慣れたアレクは悠々としていて――
「焦っても早く着くわけじゃない」
なんて言いながら、私をからかってくる。
私の心配とは裏腹に、街道は平和だった。
鳥たちは唄うように高らかに囀り、近くを流れる川の音が涼し気に響く。街道の脇に咲く花たちも、歩く人たちの目を楽しませてくれた。
天候にも恵まれて、順調に街道を進むこと三日。
ついに、領都コーダが見えてきた!
――――すごい大きい。
まだかなりの距離があるのに、その大きさに圧倒される。
三階建ての建物よりも高い城壁。等間隔に櫓があって、警備隊が規律正しく巡回している。
近づくほど、威圧感が増してくる。
……これが、難攻不落の城塞なんだ。
領都に入るには、巨大な門をくぐる必要があって、そこには長蛇の列が出来ている。
時間がかかることを見越して、みな思い思いに寛いでいる。
お茶を飲んでいる人なんかもいて、けっこう自由な感じだ。
私たちは、エドワードさんから特別な通行証を預かっているから、隣にある小さな門の方へ向かう。
……ちょっと、ズルしてる気分。列で待っている人たち、ごめんなさい。
こちらは、貴族や身分の高い平民などが使う門で、並ぶ必要がないから、すぐにコーダの街に入れる。
「通行証を拝見します」
門を守る衛兵の男性に、通行証を渡す。
彼の心から、正確なリズムを刻むマリンバが聴こえる。柔らかな音の奥に、真面目さと職務への誇りを感じる。
「通行証を確認しました。どうぞお通り下さい」
許可をもらって、門をくぐる。
コーダの街を囲む城壁はとても厚くて、通り抜ける通路は薄暗い。
視線の先に出口が見えるけど、逆光で光っていて、その先がどうなっているのか全く見えない。
……ドキドキする。
城壁を抜けた先には、想像以上に大きくて、賑やかで、人で溢れた街並みが広がっていた。
……すごい。
わかってはいたけど、メロディア村とは比べ物にならない。
私にとって、メロディア村とアレクと回った村々が、世界の全てだった。
でもたぶん、あの村々を全部合わせても、まだ足りないくらいに大きい。
馬車が四台はすれ違えそうな、幅の広い石畳のメインストリートには、様々な店が軒を連ねていて、熱心に客の呼び込みをしている。
見たことがないほどの、人の数。
その熱量に圧倒されていると、それは突然襲いかかってきた。
「う……ぐぅ」
頭が――割れそう――!!
痛い!痛い!痛い――!!
音の洪水。
これだけの人たちが一斉に発する音が、洪水みたいに私の中に流れ込んでくる。
耳のすぐ隣で、大音量のオーケストラを聴かされているみたいだ。
痛い、痛い、痛い……!
耐えられない……!!
「アリア!どうした!?」
私の様子に気付いたアレクが、慌てて聞いてくる。
でも、答える余裕がない。
痛い……!
頭が割れそう……!!
思わず頭を抱えて、音の洪水から身を守るように体を丸める。
でも、効果は無い。
耳で聞いているんじゃない。心で聴いているんだ。耳を塞いでも意味がなかった。
ズキンズキンと、経験したことがないほどの痛みが、絶えず襲ってくる。
どうしたらいいのかわからなくて、泣きそうになる。
「くそ!しっかりしろ!」
アレクが慌てて、馬の背から私を下ろす。
そして、ぎゅっと力強く抱きしめてくれた。
頭が割れそうなほどの音の洪水。
だけど、不思議とアレクの心臓の鼓動だけはハッキリと聴こえた。
どくん、どくんと力強く刻むリズム。
それに意識を向けると、周りの音がだんだんと静かになっていく……?
私は、アレクの胸に耳を当てた。
心臓の鼓動をもっと強く感じたくて、子供みたいに縋りついてしまう。
――どれだけの時間が経ったんだろう。
何時間にも感じたけど、実際はそれほど経っていないと思う。
アレクに抱きしめられながら、呼吸を整えていく。
まだ心臓はバクバクと強く脈打っているけど、割れそうな頭の痛みも、音の洪水も引いていった。
私の体の力が抜けていくのがわかったのか、アレクが抱きしめる力を緩めて私の顔を覗き込んできた。
「アリア、大丈夫か?」
心配そうな顔で聞いてくれて――ふと、気づいた。
……あ。
今、私――アレクに抱きしめられてる。
しかも、人がたくさんいる中で。
「あ、あわわ……」
顔が真っ赤になる。
アレクの腕から抜け出そうとするけど――びくともしない!?
ちょっと!?恥ずかしいから離してください!!
「どうした!?顔が赤いぞ、熱が出てきたのか?」
アレクが、私のおでこに手を当ててくる。
首筋にも――
ちょっ?やめて!?
「ちょっ……ア、アレクさん、も、もも、もう大丈夫ですから!」
これ以上は、心臓が保たない。
力いっぱいアレクの胸板を押して、大丈夫だとアピールする。
私の態度に安心したのか、ほっと息を吐いて腕を離してくれた。
「良かった……いきなり苦しみだすから驚いたぞ。頭を押さえていたが、突然頭が痛んだのか?」
「……そうなんです」
はあはあと荒い息を吐きながら、まだ少し残る頭痛に顔を顰めて説明する。
「これだけの人の多さに驚いていたら、急に大勢の人の音が……洪水みたいにぶつかってきて、頭が割れそうに痛んだんです」
先ほどより全然ましとはいえ、ずっとこの頭痛が続くなら、かなりしんどい。……憂鬱になるなぁ。
「そうか、お前は人の心の音を聴くからな。これだけの音の量を処理しきれなかったんだろう。しかし、どうして今は平気なんだ?」
「それは……」
アレクの胸に抱かれて、鼓動を聞いていたら良くなっちゃった♪
……なんて言えない。さすがに恥ずかしい。
心配してくれているアレクさんには申し訳ないけど、誤魔化してしまおう。
「じ、自分の心の音に集中したら、ほかの音が遠ざかっていったんです。だから、今はもうほとんど大丈夫ですよ」
「そうか、それならよかった。しかし、お前の持つチカラは素晴らしいが、そんな問題もあったなんてな」
私の内心に気づかず笑いかけてくれるから、ちょっと罪悪感を感じてしまう。
「けど、考えてみたら可能性としてはあり得たか。何か心構えがあっただけでも違っていたかもしれない。気付かないで悪かったな」
さらに、そんなことを言ってくるから、ますます顔を見れなくなっちゃう。
「い、いえ。謝らないでください。アレクさんのせいなんかじゃないですよ」
まともに顔を見れないまま、そう返す。
自分でも顔が赤くなっているのがわかるから、ますます顔を見れない。
これは良くない。冷静になろうと、自分のハープの音に耳を傾けて集中する。
――すると、まだ続いていた頭痛が完全に引いていった。
耳から聞こえる音はいつも通りに聞こえているけど、心の音は聴こえてこない。
いや、自分の音だけ聴こえている。
これは……アレクに適当に言ったことが、正解だったみたい。
うん。これなら大丈夫そうだ。まだちょっと不安はあるけど、このまま自分の音に集中していよう。
「アレクさん、まだ少し残っていた頭痛も良くなりました。もう出発しても大丈夫ですよ」
「そうか、だがまた頭痛がしたり、人混みで具合が悪くなったりしてたら、すぐに言ってくれ」
そう言うと、アレクは私が馬に跨るのを手伝ってくれて、鐙にしっかりと足が乗っているかを確認してくれる。そうした後に、自分は手綱を持ちながら歩きだす。
馬上からゆっくりと、周りを見渡す。
どこまでも続くように並ぶ商店に工房、宿屋やよくわからない建物なんかもある。
広い道のおかげで人同士がぶつかったりはしていないけど、メロディア村のお祭りの時より密集した人混みも、途切れる気配がない。
ピアニッシモ辺境伯様の要件はわからないけど、この領都コーダに何日か居ることになるんだろうな。
その間に、またさっきみたいな頭痛に襲われてたら、とてもじゃないけど身が持たない。
そこで、ちょっと試してみよう。
今は自分の心の音に集中しているから、他の音はほとんど聴こえていない。
でも、これをやめてみたらどうなるか……。
集中を解いてみる。
――
――――
――――……痛たたたた!!
やっぱり痛い!
さっきよりましだけど、やっぱり音の洪水が襲ってきて、頭が割れそうに痛い!
慌てて自分の心の音に集中すると、波が引くように痛みも引いていく。
これは間違いない。一度に聴ける心の音には、限界があるんだ。
アレクと一緒に回った村で、感謝の宴会を開いてくれた村もあったけど、その時は二十人くらい集まっていたはず。
その時に頭痛なんて感じなかった。そのくらいなら大丈夫なんだ。
でも今は、ざっと見ても百人以上いる。
何人までが限界なのかはわからないけど、人混みに居る時は、常に自分の心の音に集中していよう。
いきなり都会の洗礼を受けた気分だけど、こんなチカラを持ってしまった以上は仕方ないか。
私は小さく息を吐いて、前を向いた。
道中、アレクからこの領の歴史なんかを教えてもらった。
ピアニッシモ辺境伯領は、隣国との国境に沿って領界を持っていて、過去幾度も外敵を跳ね返してリディア王国を守ってきたそうだ。
その立役者が、代々領主を務める辺境伯家と、領都コーダの城塞。
精悍な騎馬隊と強力な弓部隊が特徴で、伝統的に武芸に秀でた者を称える気風があるらしい。
領地に住みながらも、全然知らなかったよ。
私が生まれてから、隣国との戦争や小競り合いも無くて、平和そのものだったからかもしれない。
お隣の国って言われても、メロディア村に来る商人の人くらいしか見ることもないし……。
この平和が長く続いているのも、今の国王様の融和外交の方針や、外交使節団の努力のおかげだとアレクが教えてくれる。
外国どころか、アレクと出会うまでは、ほとんどメロディア村から出たこともないからね。
まったく想像がつかないし、国王様と言われても現実感がなくて――ただただ偉い人、というイメージしかない。
そんな事をアレクに言うと「怖いもの知らずめ……」と顔を引きつらせていた。
「頼むから間違っても他所で言うなよ」
……え?なにか、まずいこと言っちゃった?
アレクの顔が真剣だ……気をつけよう。




