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プロローグ2「天才は笑わない」

 俺の名はゼイドラク・ディ・ヴェルミュール。通称Dr. ゼイドと呼ばれている。

 医者、科学者、発明家──天才とは、一つの肩書きでは語れない存在のことを言う。

 そして、天才とは孤独なものだ。


 この世界は、愚か者で満ちている。能力も知性も備えていないくせに、妙にプライドだけは高い。滑稽なことに、自分の愚かさにすら気づいていないのだ。


 俺は準男爵。形式上は貴族だが、身分としては最底辺。いわば"半貴族"と呼ばれる者たちだ。中途半端な血筋、中途半端な立場。それはつまり、下からは妬まれ、上からは嘲られるということだ。

 天才である俺が、愚か者どもに見下され、嘲られてきた。そのたびに、無知な連中が放つ薄ら笑いが、脳裏に焼き付いて離れない。


 貴族社交界での屈辱は数え切れない。公爵家の晩餐会で、俺が新しい医学理論について語ったときのことだ。「準男爵ごときが生意気な」「身の程を知れ」「お前の理論など戯言だ」──そんな嘲笑の渦に晒された。彼らには理解する知性がないくせに、血筋だけで俺を見下すのだ。


 学会でも同じだった。画期的な治療法を発表しても、「若造の妄想」「非現実的」「既存の理論の焼き直し」と一蹴される。嫉妬に狂った老いぼれ学者たちが、俺の才能を認めたくないだけなのだ。

 笑止千万にも程がある。


 当然、怒りが湧いた。殺意すら浮かぶこともあった。感情のままにその馬鹿共を殺すのも容易い。だが、そんな原始的な方法には興味がなかった。


 身分差など関係ない。己の手を汚さずとも、他人を使えばよい。馬鹿共を駆逐する手段など、幾通りも思いつく。だが、結局──それは対処療法に過ぎない。

 馬鹿は、いくらでもいるのだ。きりがない。


 ならば、この世に、天才の俺が生きる意味はあるのか?

 俺は探し始めた。この世界に、俺の知性を満たす何かがあるのかを。


 論語、孫子、五経──有名どころの書物はすべて一日で読破した。時には賢者と称えられた老学者に弟子入りしたこともあった。

 だが、すぐに分かった。どれも浅い。評判先行で、底の浅い連中ばかりだった。

 哲学者アリストテレス・ザ・ワイズと呼ばれた男は、三日で俺の質問に答えられなくなった。「君の思考は深すぎる」などと逃げ口上を並べるだけだった。数学者クローディウス・ナンバーズは、俺が提示した新しい公式の証明に一週間もかかった挙句、間違った答えを出してきた。

 彼らの矛盾点を指摘すると、決まってこう言うのだ。


「君は賢すぎる。それが欠点だ」


 ──それが欠点?

 ならば、お前たちの凡庸さは何と呼べばいい?


 面白くない。つまらない。知的好奇心は急速に衰えていった。

 ああ、誰も俺を理解しない。この世の仕組みを全て理解してしまった。新たな知見を得ることはないとわかったときの絶望は、計り知れなかった。

 このまま無為に生きるくらいなら、いっそこの世を地獄に変えて死んでやろうか──そんな衝動に駆られることも、何度もあった。


 だが、天才とは滅びるために生まれてきたのではない。凡人には理解されずとも、歴史を塗り替えるために存在するのだ。

 ふふ、若かったな。

 その頃の俺はまだ、世界の"奥底"を知らなかったのだ。



☆★



 俺は、とあるお方との出会いによって、救われた。

 そのお方の名は、黒巌・ディ・ヴェルミュール。俺のお祖父様だ。

 本物の天才。


 俺は独りではない。この世に天才は二人いた。いや、俺とはスケールが違う真の天才だ。お祖父様と比べれば、まだまだ俺は半人前、道半ばの修行者である。


 初めて祖父と対面したのは、俺が十歳の時だった。父は早くに亡くなり、母も病弱で、俺は半ば孤独に育っていた。そんな折、突然現れた祖父は、まさに俺が求めていた存在だった。


 祖父の書斎は、まるで別世界だった。天井まで届く本棚には、この世のあらゆる学問の書物が並んでいる。しかし、それだけではない。俺が見たこともない図表、複雑な数式、不可解な機械の設計図──それらすべてが、祖父の手によるものだった。


「ゼイド、お前は本物の探求者の目をしているな」


 祖父の最初の言葉だった。その瞬間、俺の心に稲妻が走った。ついに、俺を理解してくれる人に出会えたのだ。

 生涯学ぶべき師に出会ったのだ。俺の価値観は崩壊した。これまでの常識がひっくり返った。この世はこれほどまでに神秘的で探求心を刺激するものだったのだ。


 賢しい子供だった俺に親身に接してくださった。一世紀も二世紀も進んだ知識を教えてくださった。

 とめどなくあふれる知識の泉。

 俺がいくら質問しても終わらない。一を聞き百を知ると言われた俺が、掘っても掘っても掘りつくされない。無限の鉱床。それどころか疑問があふれるほどだった。


「電気とは何か?」「蒸気の力を利用する方法は?」「光とは波なのか粒子なのか?」──俺の質問に、祖父は常に明確な答えを返してくれた。それも、この世界の誰も知らないような高度な理論と共に。


 楽しかった。学ぶとはこれほどまでに楽しく感動するものだったのだ。

 あぁ、偉大なるお祖父様のおかげだ。


 お祖父様は言った。


「人は才能によって評価されるべきだ。断じてたまたま生まれついた身分で決まるべきではない」


 天は人の上に人を造らず,人の下に人を造らず

 音韻もよいし含蓄もある。未来の人々が感銘を受け続ける偉人の言葉だ。他にも薫陶すべき言葉は幾千にも上るが、ここでは割愛する。


「学問に励め、ゼイド。知識こそが真の力だ。血筋や地位など、所詮は虚飾に過ぎない」


「この世界を変えるのは、真の知性を持つ者だけだ」


 祖父の言葉一つ一つが、俺の魂に深く刻まれた。


 そんな偉大なお祖父様だが、世間の評価は悪い。いや、その名誉は、地に堕ちていると言ってよい。

 まったく唾棄すべき事だ。

 お祖父様の偉大な功績を、愚物共に奪われたのだ。あまつさえ、奴らは祖父様を嘘つき呼ばわりするのだ。盗人猛々しいにも程がある。


 電灯をはじめ蒸気機関車、活版印刷機等々、人類の英知は全て祖父様の発明のおかげである。

 だが、祖父が発表した理論は「非現実的」「実現不可能」と嘲笑された。王立科学院の重鎮たちは、「黒巌の妄想」と呼んで一蹴したのだ。そして数年後、同じ理論を別の発明家が「発見」し、栄光を手にした。祖父の名前は歴史から消され、詐欺師や法螺吹きのレッテルを貼られた。


 許せん。絶対に許すわけにはいかん。


 祖父様は、失意のうちにお亡くなりになられた。あまりにも無念であっただろう。最期の日、祖父は俺にこう言った。


「ゼイド、いつか必ず……この世界に真実を知らしめよ」


 その言葉が、俺の使命となった。

 祖父様の無念は、このゼイドが必ず晴らす。あの方の名を汚した連中──全員、骨の髄まで後悔させてやる。お前らの"罪"は、俺が定義する。


 復讐の手段はある。


 禁断の研究【精神共鳴装置】

 青晶核セリアルを媒介に、他者の精神を完全に掌握する──俺が完成させた究極の技術だ。

 この理論が実証されれば、一人の意思で数千、数万の人間を意のままに動かせる。

 つまり、完全なる支配だ。


 王も、皇帝も、教皇も、すべて俺の意のままに踊らせることができる。彼らが持つ権力、財力、軍事力──それらすべてが俺のものとなる。

 これで高位貴族はおろか国王、ひいては皇帝までも意のままに操り、この世界の覇権を握る。


 そして、この世界の生きとし生ける者全てに知らしめてやる。

 お祖父様を罵り法螺吹き扱いしたこと、それがどれだけ愚かでどれだけ罪深い行為だったか、骨の髄までわからせてやる!


 俺は既に最初の実験体を確保している。完璧な条件を満たした被検体を。

 復讐は、もう始まっているのだ。

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