攻略対象たち
ジーニアス魔法学園生徒会執行部。
学園の自治や運営に一定の裁量権が与えられた、いわば権力の縮図。
生徒会は家柄や成績を考慮して、メンバーが選出されるらしい。
当然、乙女ゲーの主人公がなんやかんや所属する組織である。
なぜなら! 攻略対象一同! 一か所に集められて都合が良いからね!
「うぅ~、緊張します」
廊下を隣で歩くルミナがそわそわしていた。
オリエンテーションが完了して、二日。
もう落ち着いた頃だろうと、現生徒会長・レオンからお呼びがかかった次第。
――ルミナが。
アンジェリカ? 彼女はその、家柄は申し分ないけど成績悪いし、何より性格がアレで制御するのが手間……落選。
原作<マジカル・オブリュージュ>において、その屈辱こそヒロインイジメが加速する発端だった気がする。王子さぁ、名目上婚約者でしょ。しかと御しなさいって。
「アンジェリカ様。わざわざ付き添ってくださり、ありがとうございます」
「構いませんの。あなたがやっていけるかどうか、見定めさせてもらうだけですもの」
「はいっ。期待に応えられるよう、わたし頑張ります!」
冷たくあしらったつもりが、なぜかやる気に満ち溢れていたヒロイン。
持ち前の明るさってやつね。庶民魂燃やして、いいとこの坊ちゃんたちを落とそう。
「やあ、待っていたよ。生徒会へようこそ」
生徒会室にお邪魔した。高級ラウンジのような内装ですごくリッチな気分。
「お、おおおお邪魔します。本日は大変お日柄もよくっ」
「はは、かしこまらなくていいよ。呼びつけたのはこちらだからね」
黒塗りのテーブル席から手を挙げた、レオン。
「本当はメンバー全員紹介したかったんだけど、あいにく二年生は別件で出払っていてね。今日は一年生同士の顔合わせといこう」
ソファの方へ目を向けると、先客が二人いた。
「アシュフォード・ジェントレス。この度、生徒会の一員に選出された。一応、よろしくと言っておこう」
黒髪黒目の真面目くさった風貌の男子が、黒縁メガネをくいっとかけ直す。
「ルミナ・イノセンスです。あのジェントレスって」
「あぁ、彼女の義弟に当たる。僕は元々、分家出身だからな」
「はあ、なるほど」
「……」
アシュフォードはフンと腕を組むや、目をつぶってしまう。
アンジェリカとアシュフォードは本家と分家、価値観の違いなどが原因で友好的じゃない。その辺の事情は個別ルートで明かされたっぽいけど、もちろんあたしは倍速&スキップ。
憎いっ、ローグライク目的で恋愛パートを疎かにしたあたしが憎い! 悪役令嬢が生き抜く貴重な情報だったのに。
ルミナの視線を感じるが、とくに語るべき言葉なし。あたしも初対面レベルです。
「アハッ。俺の出番かなぁ~? ガルバイン・フォルテ。俺が生徒会に呼ばれたのってさ、キミに出会うためだったようだね」
ガルバインがウインクを飛ばした。ヒロインへ。
青髪のロン毛、耳ピアス、着崩した改造制服。全体的に軽薄そうな雰囲気。
古き時代の平成渋谷にいそうな、ザ・チャラ男だった。
「しくよろ~、天使ちゃ~ん。てか、時間ある? これからお茶行かね?」
「天使ちゃん!? わたしですか?」
「当り前っしょ。つーか、庶民でも全然可愛いじゃん。今日の収穫、ハンパねー」
これが気品と伝統を重んじる学園の生徒会とやら?
理念なんて結局、建前である。他に優先事項があれば、早々に破棄される程度ポリシー。
ガルバインは一応、優秀な魔法力を認められて侯爵家へ養子入りしたらしい。彼の心理や詳しい背景もまた個別ルートで語られよう。チャラ男キャラ、ね。へー、面白ぇ男っ!
アンジェリカも乙女ゲーから悪役令嬢キャラを強制されたゆえ、お互い大変だよね。
ガルバインは大げさに立ち上がるや。
「天使ちゃん。髪に葉っぱ付いてるじゃん」
「え、どこで、きゃっ」
ルミナが動くより速く、チャラ男の手がヒロインの頭に触れた。
「う~ん、髪もサラサラして俺好みっしょ」
「あの……取れましたか?」
「う~ん、これが意外と繊細な手つきじゃないとなかなかさぁ~」
こいつ、常とう手段だな。昔、あたしの友達を三股で引っかけてたバンドマンと仕草が完全一致。野郎の頭でドラム叩いてやったのが懐かしい。
ルミナがお貴族様のご機嫌を損ねないよう、なすがままにされていた。
こういう時こそ、わたくしの出番ですわ。不埒な軟派者、再教育ですの。
……おい、マナー魔法? どうした?
初対面の女性の髪に馴れ馴れしく触るなんて、マナー違反の極致でしょ!
刹那、専用スキルに対して解像度が向上していく。
謎マナーはマナーにあらず。ガチマナー違反へ注意はセルフサービス仕様。
はー、つっかえ! 一応、転生ボーナスじゃないの? チート欲しいとか贅沢言わないからさ、せめて困ってる人を助けられる魔法だったらなあ!
仕方がなく、手動でアンジェリカ(動詞)することに。
「ガルバインさん。お戯れが過ぎましてよ? レディへの配慮が欠けていませんこと?」
あたしがチャラ男の腕を振り払うつもりで掴めば、
「アンジェリカちゃん、放置プレイでごめんねぇ~。もち、美人は大歓迎」
「あら、お上手ね。わたくし、感動のあまり顔の周りが熱くなりました。オホホホッ!」
相手の前で、扇子を広げてあおぐのは何とやら。
「公爵家ご令嬢、流石に気が強いじゃん。ま、今日は挨拶だけで満足するっしょ」
ソファに戻りやれやれと肩をすくめた、ガルバイン。
貴族の喧嘩は否応なく家名が関わってくる。くだらない衝突は嫌だろう。
「アンジェリカ様、助かりましたぁ~」
ヒロインが悪役令嬢の背中に隠れる珍しい光景。
可愛い奴め、あたしが男だったら惚れてるところだったぜ。
「早速打ち解けたようだね。上手くやっていけそうで安心したよ」
レオンが楽しそうに笑っていた。
他人事だと面白そう。頼むよ、リーダー。これからちゃんとまとめなさい。
悪役令嬢が一睨み送らせていただくと、王子は腕を口元で組んだ。
「さて、単刀直入に言おう。ルミナ・イノセンス。君を生徒会へスカウトしたい」
「え!? わたしが、ですか?」
「無論。成績優秀で大変貴重な魔法を持ち、今最も話題な新入生。私も注目せざるを得ない逸材だよ」
ルミナは、パチパチとまばたきした。呆けたお口を閉じなさい。
「で、でも! わたしはその、悪目立ちしてるだけで……迷惑になるのではっ」
「心配いらない。私はこれでも評判がいい生徒会長で通ってるからね。風当たりの強さも、じきに収まるよう手配しよう」
レオンの特別扱いが、悪役令嬢ポイントに拍車をかけることになるんだけどね。
配慮の仕方こそ、配慮しなければならない。マナー講師こそ礼節が求められるごとく。
「アンジェリカ様……」
逡巡する主人公に助言を求められ、あたしは率直に。
「自分でお決めなさい。理由がどうあれ、虎穴へ踏み入ったのはあなたの意志でなくって?」
パチンと扇子を閉じた、アンジェリカ。
「ルミナさんが何かを変えたいと願うならば、このコネクションは有用ですわ。なにせ、将来一国の有力者たちが集まっていますもの。したたかさを持って、叶えなさい」
ルミナがこくりと頷いた。
「わたし、入りますっ! 生徒会に!」
「そうか。良い返事を貰えて助かった」
「これからご指導のほどよろしくお願いします」
顔を上げると、やる気に満ち溢れていたルミナ。
マナー研修でお辞儀が美しくない! 心が綺麗じゃないから、姿勢が汚い!
って散々怒鳴られたの懐かしい。鬼ババア許すまじ。
「では第一回ミーティングを開こう。皆、こちらへ集まってくれ」
ルミナが生徒会に入るのは既定路線。だって、乙女ゲーの主人公だもん。
たとえ悪役令嬢が全力で反対しても、王子が上手く場を収めただろう。そもそも、原作ではこの場にアンジェリカ不在だったけど。
もう疲れたし、寮に戻っておハーブティー嗜みますわぁ~。
お貴族の放課後は優雅たれでしてよ! くるりとステップを披露すれば。
「どこへ行くつもりだい、アンジェリカ? 全員揃わないと始められないじゃないか」
「……あん?」
失礼。素のリアクションがポロリしちゃった。
急いで心奥に放り投げたアンジェリカを引っ張り出す。
「嫌ですわ、王子。わたくしはルミナさんに無理やり付いてきた部外者。会議の内容を盗み聞きする趣味などありませんの。どうぞごゆっくり」
「そんなっ、違います! 不慣れなわたしを心配してくれて、アンジェリカ様は貴重な時間を割いて――」
「淑女の引き際に水を差すのはマナー違反でしてよ。どうせなら、したたらせてみなさい」
要約・定時上がりさせてよ! 残業嫌っ! 長時間労働が偉い風潮、マジしんどい!
「予定では、アンジェリカへ生徒会加入の打診するつもりはなかった」
知ってる。
「しかし、ここ数日の様子を見て考えを改めたよ。昔の君からは階級に強いこだわりを感じていたけど。彼女――平民の子を随分と気にかけている様子じゃないか。これなら大丈夫だと安心したわけだ」
レオンが評価を下すと、ルミナはうんうんと頷くばかり。
「まさか、公爵家令嬢が期待に応えられない道理はあるまい? アンジェリカも、ジェントレス家の権威と責務を背負う者なのだから」
半ば強要されていた。
ハンサムスマイルの下に深謀あり。食えない王子だなあ。
ルミナが目からキラキラビームを出していた。光魔法やめて。
思い出した。原作では、悪役令嬢は生徒会室を出た後に絡むのだ。
展開が違う? 破滅フラグ回避した? やったぁー!
待て、そんな簡単に運命は変わらないよね。もっと主人公に貢献しなきゃ、追放免除を頂けないだろう。
「強引ですが承りました。わたくしも微力ながら、生徒たちのために尽力しますわ」
「そうか。感謝するよ、アンジェリカ」
完璧なプリンセススマイル。逆説的にうさんくさい。
「フン、気まぐれで終わらなければの話だな」
アシュフォードがメガネをくいっと直した。それ、すぐズレるけど大丈夫?
義弟的には、仲の悪い義姉が突然割り込んできて鬱陶しいはず。ごめん、邪魔する気はない。ヒロインがパートナーに選んだ場合、その限りでございません。
「ご指導のほどよろしくお願いします! わたしもサポートに回れるよう、早く仕事を覚えますね!」
やる気に満ちた主人公、大いに結構。
しかし。
「明後日の方向へ努力するのはマナー違反ですの……」
悪役令嬢の仮面が外れかけるや、あたしは天井を見上げるのであった。