食い意地の象徴
あぁぁあああああああっっ!
やってしまった。早速、乙女ゲーのヒロインと接触してしまった。
初登校の校門でファーストインプレッション。原作再現すな、悪役令嬢の鑑かあたしは。
本来、アンジェリカが真っ先にルミナを貶める場面。泣かせなかったし、ギリセーフね。
こっそり様子を窺うつもりだったのに、マナー魔法が抑えられなかった。
……あたしの謎マナーが疼きやがるぜッ。
謎マナーとは、マナー講師が生み出した屁理屈難癖言いがかりその他諸々。
人は無意識に安心を欲する生物ゆえ、時に厳格なルールを求めてしまう。たとえそれが矛盾に満ちていても、自ら謎マナーへ縛られようとする。
「マナー魔法、勝手に発動するのが厄介ですわね……」
調べたら、マナー・クリエイションはパッシブスキルみたい。
白名井真奈は、鬼マナー講師の研修を耐え抜いた新人マナー講師。あたしでもこじつけられそうなシチュエーションのみ、論理をすり替え、詭弁を弄してしまう。
マナーのためなら、常識を捨てよ! 礼儀の前にデリカシーなど不要ら!
「とほほ、わたくし、ローグライクを嗜みたいだけですのに」
背中を丸めたつもりが、実際は姿勢よく歩を進めていく。
悪役でも公爵令嬢。ご立派な佇まいに、周囲から称賛の声が漏れてきた。
「あの方がアンジェリカ様? 高貴なる血統! 眩しすぎじゃなくって?」
「憂いに満ちた横顔。きっと、この国の行く末を案じておりますのね」
ぐぅ~。
はぁ、マックのポテト食べたい。貴族の食卓はお上品ばかりで、塩分が足りないよ。お菓子も悪くないけど、砂糖が足りないね。胡椒とか、銀貨一枚の価値だっけ?
中世ヨーロッパベースでも、転生した日本人に都合が良いはずでは? なんか裏切られた気分、変なとこでリアリティー出されちゃ困るなぁ~。
今から現代知識で衣食住無双する話にシフトできないか、本気で考え始めるや。
「アンジェリカ様。ごきげんよう、です」
「ごきげんよう、ルミナさん」
挨拶をされれば、瞬時にスカートの裾をつまんで一礼。
まるで、淑女の仕草。中身がダメでも、身体が記憶した動作かも。
学生寮へ続く小道。木々の間に置かれたベンチに、ヒロインが腰かけていた。
「あなた、何をなさっているの?」
「ちょっと疲れてしまって、休憩していました」
「お隣、よろしくて?」
「どうぞ」
無干渉を貫く計画が早々に失敗したので、印象を良くする作戦へ変更。
わたくし、アンジェリカ。ダイジョウブ、ヘイミン、イジメナイヨ。
「わたし、風当たりが強くたって持ち前の根性で頑張る予定だったんですけど」
「出鼻をくじかれて先が思いやられる気分ですの?」
「……はい」
ルミナは薄い笑みで小さく頷いた。
「身分格差、根深い問題ですわ。貴族はプライドを過分に着飾り、下々の努力や権利を認めないのが社会の現状。どれほど魔法で国の発展に貢献しようとも、見上げるに値しない傲慢さは嘆かわしいものね」
階級社会に一筋の光明を差したるこそ、ヒロイン。
ルミナが攻略対象と結ばれることで、ちょっとだけ乙女ゲーの世界が明るくなるっぽい。あたしはその辺スキップ&倍速しちゃって後日譚知らないけどさ、アハハ!
「まあ、既得権益の象徴たる公爵家の人間が言っても説得力がありませんか」
「そんなことっ。アンジェリカ様はわたしに手を差し伸べてくれました!」
ルミナがばっと立ち上がった。
「周りの人は皆、遠巻きに面白がっていただけで。そんな中、アンジェリカ様は颯爽と駆けつけて一瞬で場を収めた手腕! これが本物の貴族って感動したんですから!」
瞳をキラキラさせた、主人公さん。
ま、眩しぃ~。これが、光属性の魔力か。違うかぁ~。
「あまりに見ていられなくて。ついね」
謎マナーが発動しちゃったよ。
公爵家のご威光でどうにか誤魔化した。ある意味、わたくしも光属性かしら?
異世界でも、人は権力や肩書に騙される生物だと思いました。
あたしが学生寮へ戻ろうとしたタイミング。
くるくるぽー。
ハトが数羽、ベンチの周りに降りてきた。
言わずもがな、なんちゃってヨーロッパ風ファンタジック世界観。
ハトがいればカワセミもいるし、ガルーダやコカトリスだって存在している。一般通過グリフォンとかめっちゃビビるけどさ。
「あっ、シラコバト。可愛いな、もしかして村から付いてきちゃったの?」
「いや、その理屈はおかしい」
埼玉県東部に生息する天然記念物をお出しするな。乙女ゲーのイメージを守れ。
ルミナの頭や肩にハトが乗っていた様子を見て、なるほどと独り言ちる。
動物に好かれるシーンを挟むことで、この子はヒロインで優しい子だよ~とアピールしたのか! 昔、アニメ映画の監督が言ってた気もする。
彼女がポケットから包みを取り出すと、入っていたのは小さなパン。
「わたしの実家、パン屋なんです。売り物にならない失敗作とか切れ端を、裏庭に集まった子によくおすそ分けしてたんです」
ちぎった欠片を放り投げれば、ハトたちが我先にと食らいついていく。池のコイや養殖のウナギが餌を奪い合う光景そっくりだ。平和の象徴? 飯時は常在戦場ッポ!
前途多難の幕開けにて、ルミナが鳥さんと戯れたつかの間の憩い。
ゲームで言うと、プロローグ終了間近。
あ たし――いえ、わたくしのアレがざわめき始めた。
「ルミナさん、あなたの餌付け美しくないですわっ」
「え?」
え?
↑あたしの反応。そりゃ、きょとんだよね。
「ジーニアス魔法学園に入学した以上、あなたにも貴族の作法が求められます。平民出身だから、そんな言い訳は通りませんことよ」
「は、はいっ」
「また意地の悪い子らに付け入れられる隙を与えるのは、面白くないでしょう? わたくしは困っていようが、何度も手を貸すようなお人好しではありません」
「そんなことっ、アンジェリカ様は高潔なお方。わたしの膝が汚れていないのが証拠です」
首を横に振ったヒロインを、アンジェリカがひと睨み。悪役ハラスメント!
先方は渋々、首を縦に振った。
「よろしい。振りかかった火の粉を優雅に振り払うのは、貴族の嗜みでしてよ」
パンを受け取って、あたしはちねりと小さく丸めていく。
「くる」
もっと寄こせといやしんぼが口を開いた瞬間、小麦の弾丸を指で弾いた。
「ぽー!?」
一口サイズのパンを丸呑みし、ついでに目も丸くするばかり。
はい、次! シュンシュンシュンッ!
「「くるっぽー!?」」
並んで開いた大口へ、次々と弾丸を狙い撃った。
見事狙撃されたハトたちが仰向けに倒れていく。
「アンジェリカ様、今のは一体……?」
「鳩の餌やりは、豆鉄砲くらったような顔をさせる――ささやかな糧与えたもうたことへの感謝忘れることなかれ。これがマナーですわ!」
困惑するヒロインに、わたくしもまた堂々と大口を叩きましてよ。
「……」
……
↑あたしの反応。そりゃ、きょとんだよね(二回目)。
「なるほど……っ! これが貴族のマナー。流石、アンジェリカ様。勉強になりますっ」
やめて、瞳をキラキラさせないで。インチキ謎マナーが光魔法で浄化されちゃう。
乙女ゲーの主人公が純粋無垢で、悪役令嬢つらいですわぁ~。
真に豆鉄砲くらったような顔になったのは、あたしだったかもしれない。