謎マナーVS叡智
いやいや待て待てとりあえずおハーブティーを嗜んで落ち着くですわよ!?
アンジェリカの精神でも狼狽えざるを得ない。たまげることこの上なし。
マジオブにて、ドラゴンと戦う機会は最速でも二年後期に解放される迷宮だったはず。
一年前期の実力では全く倒せるビジョンが浮かばないね。前半のボスより終盤のエリート・エネミーの方がシンプルに強いでしょ。
いや、あたしは転生者! 強くてニューゲームならば、後れは取らんぞっ。原作クリア済みの特典ボーナスで全てのスキルカードを持って――ないです。デッキ構築型ローグライク再現されて――ないです。
はい解散っ。お疲れさまです。
あたしはイマジナリーコントローラを放り投げる勢いだ。
「すごく、強そうです……」
ごくりと喉を鳴らした、ルミナ。
すごく、強いんじゃ……小娘なんぞ、爪でひとなぎぞ。
あたしも主人公単騎縛りで何度も乙ったぜ。あいつ、こっちがソロだと全体攻撃のブレスをキャンセルして連続攻撃してくるんよ。賢いな、流石ドラゴン賢い。
ルミナがふぅと息を吐いた。
「アシュフォード様が匙を投げたのも納得です。しかし、アンジェリカ様なら! たとえアンジェリカ様の行く手を阻む者がドラゴンでも、おそるるに足りませんっ」
足りすぎだよ! 余りすぎでおすそ分け。
「あなたは下がっているように。わたくしの手本を真似るところから始めなさい」
「勉強させていただきますっ」
おい、わたくしっ。オメーも自信過剰だなあ!? どうにかすんの、あたしでしょ!
やっぱ、この悪役令嬢痛い目見なきゃダメだと思いました。
光魔法の全スキルを使えるならば十分勝機あり。ないものねだりだけどさ。
うだうだ言ようが、やることは変わらない。あたしにはアレしかないゆえ。
ボスフロアの中央付近まで、あたしは単身で突き進んでいく。
ドラゴンは立派な肢体を横たえて、何かを食していた。
奥手に、モンスターの骨が山積みに転がっている。
こちらの視線に気づくや、顔を上げて長い舌をペロリと舐める。
「――人の子よ。何用だ?」
ツーン、と。脳内に直接語りかけられた、気がする。
知性の高い上級モンスターは人語を理解する。魔力で意思伝達など容易い。
「わたくしはアンジェリカ・ジェントレス。このダンジョンを踏破する者でしてよ」
「然るに、不遜にも我を討伐する目論見か? くく……クハハ! 蛮勇だな、娘ッ」
取るに足らんと一笑に付した、ドラゴン。
実力差は明白。ゴホゴホとむせ、火炎の息を漏らすくらいおかしいようだ。
「名乗られた以上、こちらも返答せねばなるまい。我が名は、ウィズダムッ! 叡智を司りし火竜なり!」
恐ろしきプレッシャーが空間を震わせた。
モンスターの中でもネームド――真名を持つやつはオンリーワンの証。
「え、ええええっちなんですか?」
背後をチラリズムすれば、ヒロインが赤面していた。そういうお約束いいから。
「食事中の運動も一興か。暇潰しの糧となるがいい」
知恵のドラゴンとはいえ、戦闘力は理不尽極まりなし。
てか、終盤最強クラスがなんで中間テストのボスやってんだよ。おかしいでしょ!
ランダムダンジョンの調整ミスじゃすまないやらかし具合。本物の一流シーカーでさえ、生死をかけた一大決戦になるぞ。
大丈夫じゃないけど平気さ、初めからまともに戦う気など毛頭ない。
あたしは――いえ、わたくしはブランクカードに魔力を込めていく。
「ほう、叡智の火竜と魔法で競うか。その微々たる魔力では、我に傷一つ付けること叶わん。どれ、先手は譲ってやろう」
「では、お言葉に甘えますの!」
スキル発動待機状態の白紙がドラゴンの首元へ突き刺さった。
「む。デュエルを挑むだと? 愚かな、我が鱗はあらゆる魔法耐性を備えておる。どんな状態変化状態異常のデバフも弾いてしまうのだ」
「ウィズダムさんに小手先の技が通用しないのは想定内ですわ」
「背後に控えた光魔法の使い手を擁しても、レベルが低くて脅威になり得んぞ」
ステータス看破。流石、エッチ竜。
曇りなき邪な眼で、悪役令嬢なんかより美少女をガン見していた。叡智の無駄遣いじゃん。
しかし、その賢さが仇となるのだ。
「――ウィズダムさん、あなたの食事作法全く美しくありませんの」
「何?」
「汝、幻想種なれば生物の頂点として誇りあれ! 寝そべりながらご飯にがっつく姿ほど行儀の悪さが極致! あなた――マナー違反ですわ!」
「ぐおおおおっ!」
圧倒的魔力を誇るウィズダムが、ちっぽけなマナー魔法に怯んだ。
「食文化を愛すべし。お皿を使って、献立を目で楽しんでくださいませ。顔を突っ込んで貪る蛮勇――あなた、マナー違反でしてよ!」
「ぐぉおおおおっ――!? だ、だが! こんな場所にプレートなどっ」
「<マナー・クリエイション>ッ!」
レベル2、マナーに必要な道具を呼び出せる。
地面が盛り上がり、食器セットごとテーブル飛び出した。クロスは驚きの白さ。
大型モンスター対応なXXXLサイズである。
「う、うむ。当然、我も不格好だと思っていたぞ。ミノタウロスのウェルダンステーキがより美味そうに見えるな」
ウィズダムが口を一度引っ込め、お皿へ爪を伸ばしたタイミング。
「ナイフとフォークを使ってくださいまし。その立派な両手は飾りではないでしょう? あなた――マナー違反ですの!」
「前足だけどぉ~っ!?」
正論は無力。こちら、謎マナーである。
「最強のドラゴンが大食い……実に結構。さりとて、食卓こそ威厳あれ。まず噛み砕くべきは骨でなく、食事マナーッ! あなた――マナー違反ですわっ!」
「ぐぉぉおおおオオオーーっ!?」
怒涛の謎マナーラッシュ。知力に自信があるゆえ、刺さる攻撃。
ウィズダムは悶え苦しむや、天井に頭をぶつけ、転倒するのであった。
「舌で口の周りをペロペロするのは上品でなくってよ。ナプキンを使ってくださいませ」
最後にガチマナーを添えて。
あたしの対ドラゴン戦は可能な限り穏便に終結するのであった。




