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一学年前期実技試験

 実技試験当日。


「今回のテスト、修練場レベル中級で設定してあります。今までのダンジョン演習で学んだことを実践すれば、クリアできる範疇でしょう。それでは皆さん、日頃の研鑽を自信に変えて貴族の誇りを示してください! 試験開始ッ」


 シュバルツ先生の号令と共に、第一陣のペアが鉄門扉をくぐった。


「フン、多少の歯応えは期待してますよ。僕のウォーミングアップになるくらいには」


 偉そうにメガネをくいっとしたので、アシュフォードだ。


「マイプリンセス、俺がナイトるから安心して付いてくるっしょ。放課後、若い女の子に激アツなマリトッツォシェアしちゃおっか」


 鳥肌が立つほど口の軽さが聞こえたので、ガルバインか。

 昔、ほんとに一瞬だけ流行したよねマリトッツォ。懐かしい。

 ダンジョンの入口に並んだ列から緊張感など感じられず、穏やかなムードが続いた。


 いわゆる中間テスト。成績の順番は付けられるものの、Aクラスなら余裕だろう。仮に彼らが苦戦した場合、Bクラス以下は軒並み全滅だ。

 自慢じゃないけど、わたくし本来の実力はFクラス! シンプルに力不足ですわ。

 本当に自慢じゃない点を評価してくださいましと謙虚な横柄を発揮したところ。


「うぅ~、緊張してきました」

「ルミナさん、試験とはいかに平常心を発揮できるかの場。これは社交の場に通じましてよ」


 お前はもっと焦りなさい。極論、権力で解決じゃん。アンジェリカ、厚顔令嬢だった?


「なるほど、いついかなる場面でも高貴たれが公爵家のマナー……勉強になります」


 ルミナは賢くて努力家なのだが、最近ちょっとアレだなと思いました。

 まあ、本人が楽しそうなので見守っておこう。あたし、後方腕組み令嬢だよん。

 さて、高度に発展した科学は魔法と区別がつかないらしい。

 逆に、高度に発展した魔法も科学と区別がつかないだろう。


 ジーニアス魔法学園が所有するトレーニング専用ダンジョンには、ランダム生成機能が搭載されている。難易度が同じでも入る度、地形が違うやつ。

 実技試験では不公平をなくすために、マップ固定化を設定。すごく便利!

 多分、そのおかげで実力不足でも……


「おい大変だ! Aクラスのエリートくんが早速やられたぞ!?」


 あたしが何も考えないを考えるという哲学的アプローチへ成功寸前。


「クッ、バカな!? この僕が突破できない、だと……?」


 メガネがパリンッした義弟。吹き飛ばされた格好で、地に伏していた。

 学園のダンジョン内で、たとえモンスターにコロコロされても死なない。鉄門扉をくぐった瞬間、チャレンジャーにあらゆる事故を想定した補助魔法がかけられる。


 迷宮に関しても訓練目的の安全装置が施されているゆえ。学校のカリキュラムで貴族の跡取り死んじゃいましたー。なんて大問題になるしね。


「ハニィイイッ、待っておくれよ! 今のは油断しただけっしょ!? 今度は必ずキミをヌルヌル触手から守るからぁ~っ!」


 上級魔法の使い手チャラ男もはじき出され、情けない姿を晒していた。

 お前はどうでもいい。触手について、詳しく。あたしのデュオが美少女だからさっ。


「おい、嘘だろ? Aクラスの実力者が連続で失敗したぞ」

「やる前から終わりじゃん。Dクラスじゃどだい無理じゃん」

「話ちげーだろ! 最初のテストなんて、散歩気分でクリア余裕じゃねえのかよっ」

「マジサイテー」


 今まで楽観的だった参加者の間に不穏な空気が流れていく。


「アンジェリカ様、一体どういうことでしょうか?」

「これは一種の試金石。すでに試されていましてよ」


 腕を組み、思わせぶりなわたくし。ちなみに、全然分かっていないあたし。


「……っ! 表面上の見栄を削り、本当の実力を計っている。流石です、アンジェリカ様」


 才能の原石とは磨かなければ光らないってこと?

 へー、でも悪役令嬢の人。そんな難しいこと考えてないと思うよ。


「奢りを捨てなきゃ、輝けないってわけか」

「公爵家令嬢の言う通りだぜ。俺たち、どこか慢心が過ぎてたもんな」

「上に立つジェントレス家ほど驕らない――なんて優雅な佇まいなのかしら」


 周囲から妙な視線に晒された。

 どうせ、また変な噂が流れてるな。もはや今更ゆえ、完全スルーしちゃうけど。


「こちら、ダンジョン管理委員会のディグ・アホールっす! お知らせがあるっす」


 控室に設置された拡声器から、聞き覚えのある声が発せられた。


「先ほど、Aクラスの方からダンジョンの難易度に対して異議申し立てがありました。推奨レベルと逸脱したモンスターが出現していると」


 アシュフォードの顔が浮かんだ。彼、すこぶるプライド高いもん。


「調査したところ、一学年後期期末試験用のパラメータが入力されていたことが判明。こちら、完全に我々のミスっす! 申し訳ございませんっ」

「フン、当然だ。僕の手に余るレベルでは誰もクリアできるはずがないのだから」


 クール系厄介クレーマー、留飲が下がったみたい。制服ボロボロじゃん。


「ったく、おかしいと思ったぜ」

「エリートが無理なら、あたいら一生落第コースだもん」

「中止だ中止! 試験なんてかったるいしなあ」


 周囲から不平不満のオンパレード。気持ちは分かる。あたしもテストなんていつも嫌だったし、無くなってくれるならそれに越したことは……


「え~、レベルの再設定に時間を要するっす! なので、午後に変更を」

「――美しくありませんわ」


 わたくしはキッパリと、アナウンスを遮った。


「難しいから嫌? 面倒だから嫌? 否、そのような醜態を晒してはわたくしの目指すべき礼儀とは程遠いじゃない」


 逃げるは負け。アンジェリカの流儀が心に薪をくべていた。


「皆さん、前を失礼」


 公爵家令嬢が一礼するや、他の生徒たちは一斉に長蛇の列を開いた。


「順番を譲っていただいても?」

「はぃ~っ、どどどどうぞ!」


 先頭にいたAクラスの女子が慌てた様子で飛び退いた。


「あなたには無理です。まぐれでガルバインに一度勝ったくらい、高が知れている! 僕の知らない珍しいスキルを持っているようだが、所詮Cクラスの力量ではッ」

「アシュフォード様! どうしていつも目の敵にするんですか! アンジェリカ様は魔法の才能一つで侮られるようなお方ではありません」


「イノセンスは知らないから、そんなことが言える。彼女はジェントレスを背負えるほどの大器じゃない。どれだけ立派なフリをしようとも、過去の所業は変わらないさ」


 あたしが記憶を思い出す前、メチャクチャわがままだったのは事実。散々身勝手の限りを尽くし、まさに性悪令嬢だった。それは覆らないよね。

 何度も被害を被ったアシュフォードは、わたくしを糾弾する権利がある。

 とはいえ、しつこい男は嫌いだぜ。次言ったら、グーだかんな!


「品格とは口先に宿らず行動で示すべし。淑女の嗜みでしてよ」

「荒っぽい言い方をして、ごめんなさい」

「アシュフォード。証明して差し上げますの。わたくしが突き進む正道を」

「フン、僕の目に適うか見届けてやろう」


 おメガネには適わなそう。パリンパリンに割れてるじゃん。


「ディグさん! レベル調整は不要でしてよ!」

「アンジェリカさん? 困ったなぁ~、けど初級最速クリアしたっすもんね。まあ、心配なさそうっすか」


 いつの間に!? ルミナとアシュフォードが顔を合わせて驚いていた。

 ダンジョンの入口。そびえたるは仰々しい鉄門扉。

 日常と非日常を隔たる境界線。


「背中はルミナさんに預けますわ。あなたから信頼を受け取ってもよろしくて?」

「どこまでもお供しますっ。アンジェリカ様の従者として!」

「やめて。主人公はそっちでしょ」


 正直な感想がポロリした。

 もちろん、光の乙女は眩しい笑顔を照らすばかりであった。

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