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かけ違い

 乙女ゲーの主人公が攻略対象と結ばれないとどうなるの?

 ――はい、バッドエンド確定です。


 具体的に言えば、世界を混沌の渦に飲み込もうと企てたラスボスが勝利します。人の欲望を増大する暗黒パワーが発動し、平民の貴族に対する不満が爆発、庶民革命で特権階級は血と炎の災厄に襲われます。その代表例、公爵家令嬢・アンジェリカは捕縛されます。全年齢作品なので割愛しますが――酷い目にあった後、断頭台へ送られました。でも仕方がありません。貴族の象徴として、散々威張り散らし贅沢の限りを尽くしていたのですから。


 だから、ヒロインとヒーローをくっ付けておく必要があったんですね。


「……ルミナの恋路を邪魔しても応援しても、結局破滅フラグあるんかーい」


 それがプロ悪役令嬢の流儀なり。ふざけんなっ。

 まあ、今すぐ刺されるわけじゃない。どう足搔こうとも、わたくしはイバラの道を闊歩するのみ。足ツボは自信ありますわよ!


 できるだけ、金髪美少女の要望に寄り添うスタンスで。つまり、今まで通りじゃん。


 何も進展しない議論だったけど、一仕事やった感じでヨシ。ダメ会社のパターン。

 気づけば、モダンレンガが敷かれた中庭まで足を延ばしていた。噴水と植物に囲まれ、小鳥やウサギの憩いの場に――


「オレもお前らみたいな飯のことしか考えないアニマルになりてぇモンよ」


 もう一匹、中型の動物が噴水の縁で横たわっていた。


「公爵レディもそう思わないですかい?」

「あいにくと、珍妙なアニマルの知り合いなどおりませんの」

「素通り!? お茶会に誘ってくれた仲じゃねぇかっ」

「あの子、どこへ行ったのかしら?」


 タリウス・ブルのリアクションを無視するや、周囲を見渡したあたし。

 生徒会室、中庭、食堂、教室、いつものベンチ。

 ルミナ出没スポットを一周したものの、影も形も見当たらず。


 主人公だし、新イベントが発生中? もしくは、寮に引っ込んじゃったかも。

 できればすぐに、彼女は誰とペアを組むつもりか把握したかったけど……


「なぁんだ、平民レディの居所が知りたいってか? オレ、心当たりあるぜい」

「まさか、タリウスさんに見所があろうとは。わたくしの狭量さを謝罪いたしますわ」

「シンプルにひでぇなオイ!? 本気で申し訳なさそうな顔しないでくれよお!」


 タリウスがぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる。

 攻略対象の中で一番覚えてないキャラだもん。あなたのルート、如何ほどかしら?

 ――待て。思い出した、ぞっ!

 刹那、インスピレーションが湧き上がっていく。


 なぜ、タリウスに関して興味関心が薄いのか? 白名井真奈の事前知識より、アンジェリカの事情が色濃く反映されたらしい。


 つまり、悪役令嬢はそもそもこやつと全然絡まなかった。先方のルートで、わたくしは恋路を邪魔する最大の障害になり得ませんの。興を削がれて、途中でフェイドアウトですわ。


 悪役令嬢が追放と断罪まで至らないシナリオ! 破滅フラグを回避したストーリー!

 あぁ、素晴らしきかな。いるじゃん、可能性の男っ。よく見ればいい感じだよ。

 お世辞をまあまあ盛ったところで、あたしは高揚した気持ちを抑えつつ。


「あなた、来週のテストのペアは決まっていまして?」

「なんでぇ、藪から棒に。オレは風来坊さ、特定の誰かとつるむ気はないモンよ」

「お友達がいなくて、誰からも誘われず寂しいと。ちょうどいい人材じゃない」

「風・来・坊! アンジェリカさんよお~、誤解を招く表現は勘弁被るじゃないかッ」


 妙に焦って早口だった、タリウス。


「わたくし、ちょうどパートナーを募集していましてよ。実技試験、来るべきダンジョン攻略がアンジェリカ・ジェントレスの命運を決めると言っても過言ではないですもの」

「な~るっ、そこで優秀かつ掘り出しモンなオレに目を付けたわけか! 公爵家のお嬢さんの将来がため、恩を売っておくのも悪か」

「――もちろん、ルミナさんの相手。この眼で直に吟味しなければなりませんわ」

「あーん?」


 あんぐりと大口を開いた、タリウス。アホ面やめて。噴き出しちゃうから。


「話がちっとも飲み込めねぇ……とりま、あの跳ねっ返りを呼べばええ?」

「ええですわ」


 あたしがこくりと頷けば、タリウスはやれやれと肩をすくめた。

 彼が懐から取り出したるは、二つのクルミ。


「アンソニー! アフターヌーンナッツの時間だぜいっ!」


 カチカチとクルミ同士を叩き、何度も音を鳴らした頃合い。


「おうおう、オレの真の相棒が腹を空かせて即参上ってな」


 中庭の入口付近、怒涛の勢いで押し迫る小動物あり。


「まってぇ~! リスさぁ~ん、待って~」


 ついでとばかりに、情けない声を漏らしながらくだんの乙女あり。


「簡単に釣れましたわね」

「アンソニーはマブだからよお。オレが呼べば、一目散ってわけ」


 シマリスがタリウスの肩に飛び乗って、勢いそのままジャンプ。クルミを奪い取るや体操選手よろしく着地。主人に目もくれず、カリカリカリと一心不乱にかじっていた。


「本能とは時に残酷なものですの」


 タリウスは、その光景を悲しそうに眺めるばかり。ハンカチーフ貸そうか。


「わたくし、あなたをずっと探していましてよ」

「そうなんですか? わたしも、アンジェリカ様を探していました。教室、図書館、生徒会室を回っても全然会えなくて……」

「入れ違いというわけですのね。合点がいきましたわ」


 シマリスが頬袋をいっぱいにして満足したのか、ルミナの身体をよじ登っていく。胸ポケットに収まった。こいつ、完全にルミナの使い魔じゃん。

 あたしだって、ふてぶてしい野郎より美少女のマスコットやりたいけどさ。


「ルミナさんに聞きたいことがありますの」

「わたしもありますっ。生徒会の皆さんに教えてもらったのですが」

「「来週のテスト」」


 お互い、呼吸を合わせたかのように。


「タリウスさんをペアにするのはいかがかしら?」

「このルミナがペアになるのはどうでしょうか?」

「「え!?」」


 想定していた二人組がズレるのであった。

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